「……あの、顔色が紫ですけど」

 マツカゼと名乗った男は、一言で言えば怪しい。

 全身を黒い布で構成された衣服を着て、顔だけ出している状態だ。忍者シノビというジョブに特有の格好らしいが、その辺りを知らないエリックとクーからすれば首をひねる。

 武器や鎧らしいものを持ってはいないが、それはエリックやクーも同じであるので気にはならない。相手が鉄を溶かす毒を持つ以上、鉄製の装備を避けているのは正しい判断だ。

 それはまあ『なしありのあり(byクー)』だった。そういう事もあるかもしれない。

 ただ、格好以前の部分で怪しかった。主に相手の体調が。


「……あの、顔色が紫ですけど」

「大事ござらぬ。ただ拙者現在猛毒状態でな。時間ごとに体力ががりがり削られておるのだ」

「メチャ大事じゃん!」

「心配ご無用。これも修行の一環。毒を喰らって体に慣れさせた状態での戦闘行為。この極限状態こそが、神経を過剰に張り巡らせるコツでゴフゥア!」

「「倒れたー!?」」


 見るからに異常な状態の風丸。エリックとクーは慌てて駆け寄ると――


「おおっと、涅槃が見えたでござる。いやいやまだまだ大丈夫」

「全然大丈夫じゃないし! 早く神殿で毒を解除して――」

「毒だけではござらんぞ。盲目、衰弱、呪い、沈黙の五点セットでござる」

「何があったの、それ……?」

「むしろなんでそんな状態でここに来たの……?」


 呆れるような恐れるようなそんな表情で問いかけるエリックとクー。概ね碌でもないんだろうなぁ、という事を予想していると、


「無論、修行の為でござる。

 戦場に置いて、ベストコンディションで戦いに挑めることなど稀。ならば不利な状況の中でも戦えるように心がけていくのが生き残るうえで肝要なのでござる」


 一理あると言えなくもない。東方のジョブ使いは『死中に活を見出す』と言う謎の思想を持っている。そう考え方という事なのだろ――


「それになぁ。常に体力を削られる毒状態はスリル満点で興奮ものでござる。あともう少し、あともう少しというギリギリ感が常に味わえるのでござるよ。盲目も見えぬ状態での戦いという危機案があり、衰弱は修行時に戻ったかのような新鮮さがある。呪いは数多怨霊の恨み言を聞き精神的に強くなり、沈黙は忍術という戦闘における選択肢の一つを封じられたことで生まれる焦燥感がまたたまらなくて!」


 ごめん、ただの危ない人だわ。エリックとクーは顔を見合わせ、同時に頷いた。


「えーと……バッドステータスマニア?」

「どんなマニアよ、エリっち」

「マニアではござらん! 変調収集家バステコレクターと言ってほしいでござる! ありとあらゆる魔物の状態異常攻撃をあえて受け、それを詳細に書き示すのが拙者の生きがいでござる!」

「……人間てわけわかんないわー」


 同じ人間の僕でも理解できません、と首を振るエリック。ともあれ、マツカゼへの返信は決まっていた。


「ええと……同行はお断りしたいです」

「なんと!? 何故でござるか!」

「その……貴方の修行の邪魔になりそうなんで。僕らはバッドステータスとか喰らいたくないから、貴方の要望には答えられないというか」

「要望……おぬし、なかなか慧眼でござるな。拙者がアシッドスパイダーの毒と糸を喰らってみたいという目的を看破するとは」

「いやわかるでしょ」


 分かりたくないけどわかるわよ、と言いたげにクーがツッコんだ。この流れで普通に倒しましょう、となるわけがない。

 ここで別れるのが一番だ。一緒に居て足を引っ張られかねない……というよりは毒とか呪いで苦しまれながら戦うとか、見ててあまり気持ちよくない。


「むむむ。残念無念。この街にはアラクネレベルのクモがいるらしいのでござるが……その可能性がある相手に単身挑むのは無謀でござる。一旦引き返すか」

「…………あらくね?」


 だが、マツカゼの呟きにエリックとクーの脚は止まった。


「うむ。A-じゅんしんわクラスの魔物、アラクネ。その拘束はまさに神話レベル。それがこの町で行われたと風の噂で聞いたのでござる。ここのクモがそうかと思っていたのだが……」

「すみません。もう少し詳しく」

「む? 妙に食いついてくるでござるが何か?」

「そりゃ、倒そうと思ってた相手が毒よりも拘束が怖いって聞いたら、ねえ、クー! その噂ってどういうのか教えてもらえると嬉しいです!」

「うんうんうんうん! そうそうそう!」


 がっつり食いついてくるエリックとクーに、マツカゼは押され気味になりながら説明を続ける。


「確かにこれから戦う敵の情報を得ようとするのは道理でござるな。しかし信憑性は薄いと思ってほしいでござる。

 この街で活動していたとある諜報員が消息を絶ち、『死語デス・メッセージ』スキルで仲間に情報を渡したらしい……と言った感じでござる」

「その内容が……アラクネ?」

「うむ、『アラクネの糸に拘束された』とかなんとか。最初は何かの暗号かと思ったのでござるが」

「……確かに信憑性は薄い、っていうかただの噂ですね」


 言葉を選びながらエリックは言葉を放つ。すみませんそれ真実なんです。そうと分かってはいるが、ここでアラクネの存在を肯定するつもりはなかった。

 どうあれマツカゼにクーの正体をばらすわけにはいかない。その為にも、目を離すわけにはいかなかった。


「あの、やっぱり同行しませんか? アラクネ並の糸を使う可能性があるなら、知識のある人がいる方が安全ですし」

「なんと! 拙者の言葉で不安にさせてしまったか。ならば同行させてもらおう……ゴブハァ!」

「毒死!?」

「いや、今のは呪いで」

「どっちにしても大丈夫ですかー!?」


 ――かくして、変調収集家マツカゼが同行することとなった。

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