「で、蜘蛛を倒せば終わりでおけ?」

「少しやりすぎじゃないかな」


 エリックとクーが出ていった冒険者ギルド。そのギルド長の部屋。

 報告書の摘まれた机のを挟んで相対するギルド長とその事務員。だがその関係は始祖期の上下関係とは異なっていた。


「彼はEランク冒険者で、ランクを超える依頼を渡すのは命の危険が――」

「はい、理解しています。ですがスキル相性と同行しているアラクネを考慮すれば、危険性は低いかと」

「他の人への示しというのがあるんだけどね」

「人間関係を調整するのが長の努めです。私は私の範囲内で最大限ギルドに貢献するだけです」

「全く、ドライだね。ヴィネ」


 ギルド事務員――ヴィネと呼ばれた者はギルド長の言葉にそうですね、と短く頷いた。

 ギルド長は諦めたようにカップに手を付け、冷めているコーヒーを口にする。その後に、トーンを少し落としてヴィネに尋ねた。


「……子供が襲われる件は間違いないんだね?」

「はい。二日後に子供二人が襲われる『未来』が見えました」

「<時間眼カサンドラ>が見たのなら、確かなのだろうね。距離も時間も近いわけだし」


時間眼カサンドラ>……過去、現代、未来を見ることが出来るという感知系スキルの究極系スキルである。。現在からどれだけ時間が離れているかで見る事の出来る情報の正確さは変化し、また望遠系スキルも兼ねているため離れた距離の過去や未来も見ることが出来る。

 人間に会得できるものではなく、神もしくは高い地位の悪魔のみが持つことが出来るスキルだ。


 悪魔の伯爵、ヴィネ。そしてそれを召喚し、使役する召喚術者。

 ここにいるのは、そういう存在だ。


「しかし、ああいう煽るようなことはもう二度としないでほしい。君の信頼に関わるから」

「私の信頼など、未来に失われる命に比べれば無きに等しいです」

「損得勘定ではなく、関係性の問題なんだけどね」

「生憎と、人間ではありませんので。――ですが」


 冷たく言い放った後、一泊置いてヴィネは言葉を続ける。


「主は私の信頼が失われると悲しいですか?」

「悲しいね。君の能力云々じゃなく、信頼されないという事が悲しい」

「――そうですか。では考慮します」


 ギルド長の言葉にわずかに口元をほころばせ、ヴィネはそう頷いた。


「宜しく頼むよ。エンプーサの件もある。君がいないと大変だからね」

「あの悪魔は今のところ動きを見せません。とはいえ、<時間眼カサンドラ>を誤魔化す相手ですので、油断はできません」

「『疑似的な平行世界を作り盾にして、、調査系スキルを誤魔化す』……か。千里眼クラスをも誤魔化せるのだから、大したものだ」

「高い能力を有し、そしてその能力を過信しない。それがあの悪魔エンプーサの厄介な所です。欲望に忠実な色欲神由来の悪魔の中でも、智謀に長けています」

「嫉妬神に色欲神、その眷属達か。人間同士仲違いしている余裕はないのにね」


 ため息をつくギルド長。迂闊に動けない地位がもどかしい。だがこの地位を捨てれば、冒険者たちを守ることが出なくなる。


「まあ、今は一歩ずつだ。焦らず行こう」


◆     ◇     ◆


「ねー、酔いどれエルフは帰ってきた?」

「ネイラの事なら、まだみたいだよ」


 あの後、荷物を取りに自分達の部屋に戻ってきたエリックとクー。そろそろ帰ってくるはずの同居人はまだ帰ってきてなかった。


あの痴女エンプーサのことをエルフの里に報告に行ったんだっけ?」

「悪魔が出た、っていうのは聖人にとってかなりの事らしいだからね」

「ふーん。せーじんって大変ね」


 帰ってきてたら盾にしてやったのに、と言うクーの言葉を笑って受け流すエリック。ともあれ、下水道には二人で向かわなくてはいけないようだ。防水用の装備を持ち、現場に向かうエリック達。


「で、蜘蛛を倒せば終わりでおけ?」

「うん。アシッドスパイダー。大きさ1mほどの鉄を溶かす酸を吐く蜘蛛だね。溶かした鉄で巣を強化するんだ。元々は洞窟に住んでるんだけど、その性質から鉄の多い都市部などに巣を張って、獲物を待つとか。

 ……まあ、まだ誰も襲われてないみたいだけど」

「ま、あの女がそういうのなら、襲われるんでしょう」

「そういえば、さっき何か会話してたみたいだけど……もしかして事務員さんとお知り合い? 悪魔とか言いすぎだと思うけど」

「事実だしー。見るしかできないエラソーな女の事なんてどーでもいいじゃん」


 そんな会話をしながら現場に向かっていくエリックとクー。

 アシッドスパイダーが出ると思われる下水区域は解っており、そこへの最短ルートは教えてもらっている。行って退治するだけの、本当に討伐するだけの依頼である。

 下水の入り口に向かう階段を下りるエリックとクー。既に腐臭が漂ってきている。


「うわ。凄い匂い……。ねえ、エリっち。こーいうのって魔法使いの炎でどばばーって焼くとかできないの?」

「流石に街の下水で大火力はマズいから。あとアシッドスパイダー退治の証拠に毒袋を回収して来いって言われてるんで駄目」

「人間てめんどくさなー。……およ? 誰かいる?」


 クーの目には入り口付近で怪しげな儀式をしている一人の男性がいた。怪しげな布で体を包み、指先で何かを描いている。魔術師とも思えるが、体つきはむしろスピード型近接系。暗殺者アサシンのようでもあった。


「むむ。その出で立ち、さてはここに住むアシッドスパイダーを退治するためにやってきた冒険者でござるな。

 拙者、名をマツカゼ。ジョブは忍者シノビ。ここであったのも何かの縁、御同行願いたいのだが如何か?」

 

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