D+ランク依頼 『アシッドスパイダーを退治せよ!』

「だから毒吐かないから、あーし!」

『下水にすむ毒蜘蛛退治!』


 エリックとクーは冒険者ギルドの掲示板に張られてある依頼票を見て、しばらく言葉を失っていた。


「…………くー」

「知らない知らない! あーしが下水とか行くわけないじゃん!」


 だよね。分かってる。エリックもそれはないと思っていた。

 何とはなしに、二人は依頼票の続きに目を通す。


『依頼ランク:D+

 オータム南部区域の下水に巨大なクモが発生しました。数は一匹。鉄を溶かす腐食系の毒を放つことが分かっています。また性格は獰猛で、人を見ると糸を放って動きを封じ、巣に連れ帰るようです』


「だから毒吐かないから、あーし!」

「うん。疑ってないから」


 涙目で必死に否定するクー。その様子にエリックは少し面白いと思ったが、それを口に出さない程度の心の余裕はあった。クーが下水に行くはずもないし、そこで人を襲うわけもない。

 そこまで思って、自分の心境の変化に気付く。


(少し前はアラクネが人を襲うかもってすごく警戒していたけど、何だろう。僕も甘いのかな?)


 改めてクーを見るエリック。肩まで伸ばした茶髪。綺麗に焼けた褐色の肌。白い上着にチェック模様のスカート。こうしてみると同世代の女性にしか見えない。とても人を襲う魔物が人間に変身しているようには見えない。

 それは正体を知っているエリックでも、だ。いいや、一緒に暮らしているとなおその印象は薄れる。よく笑い、よく怒り、そして時々泣く。そんな女の子。


「……どしたのエリっち、ぼーっとして」

「え? ああ、その……鉄を溶かすとか凄い毒だなぁ、と」


 クーに見とれてた、と言いかけて口ごもる。代わりにどうでもいいことを呟いた。

 実際、エリックには縁のない依頼である。EランクであるエリックはD+ランクの依頼を受けることはできない。この前のカマキリ事件はギルド事務員の判断だったが、流石に似たようなことは続けて二度も――


「ホワイト様」


 二度も――


「誠に申し訳ありませんが、そちらの討伐依頼をお任せしたく。蟲使いですので能力的相性はよろしいかと」

「…………二度目はない、って思ってたのに……」


 ギルド事務員の言葉にがっくりとうなだれるエリック。


「あの僕はEランク冒険者で……討伐系依頼とかは正直自身がないというか……。この前のカマキリ退治も結局失敗したし」

「っていうか、館に居たのはカマキリだけじゃなかったじゃない! 詐欺イクナイ!」


 一方的な事務員の態度に怒りを感じたのか、攻撃的に言葉を放つクー。

 前回の依頼で、エンプーサの件は冒険者ギルドに報告はしている。だが――


「はい。前回の報告を受けてファーガスト氏に真偽調査の為に館を調べる許可を求めたのですが、頑として受け入れてくれず。館も解体することにしたそうです」


 依頼主は館の調査に非協力的な態度をとっている。この依頼そのものを闇に葬りたいようで、現場を調べられない以上は冒険者ギルドも真偽判断はできなかった。

 結局エンプーサの件はうやむやになり、館を破壊したから報酬は渡さない、と言う事実のみが押し通された形だ。

 そんな状態でまた同じような依頼がやってきたのだ。怒りの一つも感じよう。


「今回は間違いなく蜘蛛のみです」

「なんでそーいいきれるのよ?」

「過去に二回、この依頼に挑んだパーティがいるからです。『アックスブラザーズ』と『タンクタンク』。

 その際に蜘蛛以外の存在は見られなかったと。精々が下水にすむネズミ程度だそうです」


 事務員が告げた冒険者パーティに覚えがあったのか、エリックは手をあげて問いかける。


「……あの、『アックスブラザーズ』と『タンクタンク』って両方ともC-ランク冒険者パーティだよね? 斧使いの重戦士三人組と、騎士鎧の双子姉妹。その二組でも勝てなかったの?」

「毒で武器と鎧が溶かされて、泣く泣く帰還したようです」

「…………あー」


 鉄を溶かす毒相手に、金属武器と鎧がメインのパーティでは相性が悪い。


「え? 鉄を溶かすって鎧丸ごと溶かすの?」

「はい。糸にも腐食毒を浸していて、糸に引っかかっても溶けたそうです」

「ふーん。ま、どっちにしてもあーしやエリっちには関係ないもんねー」


 これ以上話すことはない、と言いたげに手を振るクー。


「今回はアホエルフの酒代とか関係ないし。エリっちが受けたくない依頼を無理に受ける必要はないもんね」

「お酒を飲んでたのはクーもなんだけど……。とりあえず申し訳ないけど、依頼は他の人に――」

「そうですね。無理強いはできません。他の方を探すとしましょう。

 その間に、例えば川の近くで遊んでいた子供が下水から顔を出した蜘蛛に捕らわれることがあるかもしれませんが、それはだれの責任でもありませんし」


 事も無げに言い放つ事務員の言葉に、足を止めるエリック。あちゃー、と額に手を当てるクー。


「その蜘蛛は人を襲うんだっけ?」

「はい。オータムではない街でも同種の蜘蛛がそのような事件を起こしています」

「わかりました。その依頼、受けます。あの……クー。そのすごく言いづらいんだけど」

「分かってるわよ。下水はヤだけどついてくわ」


 そうなると思ってた、とばかりにクーは肩をすくめた。誰かが傷つくと聞かされればエリックは苦しみながらでも助けようとする。そしてクーが行きたくない、って言ったら一人でいくに決まってる。

 クーは事務員の方に振り向き、エリックに聞こえないほど小さな声で、しかしはっきりと言った。


「この

「怒るとが取れてが見えそうになりますよ」


 クーの激情と事務員の怜悧が絡み合い、同時に目を離す。一秒にも満たない交差だった。

 かくして、エリックとクーは蜘蛛退治の為に下水に向かうことになった。

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