「こ、こんな状況で寝れるわけない……!」

 Eランク冒険者。エリック・ホワイト。彼が冒険者ギルドから借りている部屋は狭い。

 それは実力者が様々な特典を得ることで、ランク上昇のモチベーションを高める冒険者ギルドの方針だ。勿論、格差をつけることでやる気をなくすものもあらわれるが、メリットとデメリットを考慮した結果メリットの方が大きいのが現状だ。

 宿屋の部屋をさらに二つに分けたような広さ。寝具と荷物を置くスペースしかないそんな広さ。本来一人用の部屋である。

 さて、そんな部屋に三人が寝ることになればどうなるだろうか?


(…………ね、寝れない…………)


 エリックは根なれた自分の部屋で、眠れずにずっと天井を見ていた。新台の中央に真っ直ぐ立つ棒のような格好で眠気以上の緊張に眠れずにいた。

 原因は二つある。正確には二人いる。

 狭い寝台の上から落ちないように、エリックに寄り添うように寝ているクーとネイラだ。


「ん……ん、ふぅ……」


 先ず一人目。自分の右側で寝ているクーだ。薄桃色の寝巻に身を包み、エリックの腕に抱き着くようにして眠っている。僅かに着崩した寝巻はずれ、茶色い肌が所々露出している。特に胸元はもう少しずれれば大変な所が見えそうになっている。

 腕に抱き着くことで胸元もエリックの腕に押し当てられる。水のように柔らかく、それでいて弾力のある存在。普段隠すことなく見せている胸の感触を意識してしまう。

 同時にクーの脚はエリックの右足に絡みついていた。寝巻越しに伝わるクーの太ももの感触。そして体温。落ちないようにとクーが位置を変えるごとに、エリックの太ももとクーの太ももが絡みつく。


「すー。すー」


 次に二人目。規則正しい吐息を繰り返すネイラだ。水色の運動着(本人曰く、エルフ族に伝わる「ジャージ」なる運動着らしい)を纏い、同じくエリックの左腕に抱き着くように眠っている。肌こそ見えないが服の下にあるエルフのプロポーションを主張するかのように抱き着いていた。

 徒手空拳に鍛え抜かれた力を適切に配分して抱き着き、エリックの腕すべてにネイラの身体が触れている。整えられた形の胸。そこからお腹へと続くライン。ネイラの心臓の音さえ感じるほどの密着。

 意識的なのか無意識なのか、ネイラの手はエリックの手首をつかみ、指先をお腹に押し当てる様にしていた。少し指を動かせばネイラのお腹を、そしてその先まで触れることが出来るかもしれない位置で固定している。


(こ、こんな状況で寝れるわけない…!

 右手に暴力的な柔らかさのダブルコンボ! 上はぽよよんしてて、下は絡みついてきて! そう言えばクーって蜘蛛だったよね。絡めとるのって得意技? 吐息もすごく艶っぽくて耳に息がかかりそうなところがまた!

 左側のネイラもクーとは違った刺激ががが! 日々の鍛錬で生み出された肉体が僕の腕を完全ロック! 二の腕は胸に、一の腕はお腹に超密着。動かしたくてもしっかり決められた関節技が更なる蟻地獄へと誘っていく!

 クーが天然の肉体なら、ネイラは鍛えられた技術の結晶! 二人の肌の色と同じく真逆。だけど同質の桃色舞台! 今どっちかの寝顔を見たら、それだけで蕩ける事確実!)


 思考を止めるな、という冒険者の教えに従いエリックは必死に思考を続ける。いや、そういう意味じゃないだろうと自分でもわかってはいるが、今は何かを考えておかないと自分が保てなくなるのだ。エリックもまだ若い男なわけで。


(これは部屋が狭いからこうなっているのであって、クーやネイラは僕が何もしないと信頼しているからこうしているわけで! その信頼を裏切るのは良くない事かと!)


 マグマのように滾る欲望を、理性で必死に押さえ込む。現状、原因はエリックの部屋が狭いことで、それは自分のせいなのだからと自分を苛むことで理性を保っている。


(…………ヤバい、これ)


 そしてクーもまた、エリックの隣で眠れずに居た。寝たふりをしながら、エリックの腕をぎゅっと掴む。


(あのエルフが一緒に寝る、とかいうから思わず『あーしも!』って言ったけど……!)

(予想以上にエリっちに超密着! エリっちの匂いがモロに!)


 散々エリックをからかうようにしていたクーだが、主導権を自分が握っているからこそ余裕があった。

 だがネイラが『子作りをする』と言い出したため、その余裕があっさり消え去ってしまった。ネイラの予想以上にあっけらかんとしたペースに自分のペースを乱されてしまう形となってしまった。

 鼻先にエリックの腕。呼吸の度に男性の匂いが鼻腔をくすぐる。鼓動が乱れ、腕を掴む手に力がこもる。熱くなる顔を隠すようにシーツに顔を向けるが、そこに染みついた匂いに更に鼓動が増していく。


(うー! こんにゃの色々耐えらんにゃい! クセになっちゃいそう!)


 色々限界突破しそうなクー。蜘蛛になって離れればいいのに、という冷静な発想が出来ないでいた。


「すー。すー」


 そしてネイラは――本当にエリックを信用して寝入っていた。あるいはエリックなら襲われてもいいという別の信頼か。


(寝れない……)

(うー、うー)

「すー。すー」


 こうして今日も、三人の何もない夜は過ぎていく。

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