蟲使いと蜘蛛ギャルとヤンキーエルフ
幕間Ⅲ 不等辺三角関係な日々
「だって……僕は『蟲使い』だから」
その日、私は子供の浮浪者とであった。
明らかに栄養が足りていない顔色で、ふらふらと下を見ながら歩いている。その先には川があった。絶望の表情で止まる様子もなく進み、そのまま――
「っと、大丈夫かい? 君」
思わずその腕を掴んでいた。そりゃ目の前で自殺されれば寝覚めは悪い。そんな程度の理由だ。
「身体機能著しく低下しています。空腹と、そして極度の精神疲労が見られます」
「こういう時に君の<
私の傍らに立つのはヴィネ。召喚し、契約した存在だ。人間の姿に変化しているが、本性は獅子の姿をしている。<
「どうやらストリートチルドレンのようだな。かといって『キャットサーカス』のように徒党を組んでいるわけでもなさそうだ」
「おそらく有用なジョブではないと勧誘されなかったクチでしょう」
「となると彼らに預けるのも危険か。さてどうしたものか」
「放置でよろしいかと。助けるメリットもデメリットもありません」
「君はそういう所はドライだね」
ヴィネの言葉に肩をすくめ、私はいつものセリフを口にする。
「誰かを助けるのが、冒険者だからね」
いつものことですがよくわかりません、というヴィネの言葉を聞き流して、私は少年を運ぶ。
少年に施したのは、一人で生きていける手段だ。近くの山で採れる山菜や川で取れる小魚。その調理法などのサバイバル術。それが終われば生きる為の考え方だ。
「いいかい、思考を止めちゃダメだ」
「しこう?」
「考える事。全てはここから始まる。自分に何が出来て、何が出来ないか。それを知ったうえで、考え、行動するんだ」
「でも、ぼくあたまわるいから」
「違うよ。頭の良さは関係ない。思考し続ける事。これが大事なんだ。その結果、逃げてもいい。謝ってもいい。戦わなくても、結果を掴めればいいんだ」
そんな事を一か月ほど少年に教え込み、一人で生きていけるのを確認した後に少年に別れを告げた。
「もう一人でできるだろう。ここからはキミ一人で頑張るんだ」
これ以上の助けは私に依存することになる。親に捨てられた子供に薄情かもしれないが、私についてくれば面倒事に巻き込まれかねない。ここで離れるのが一番だ。
「……うん、ありがとう」
「おやおや、お礼を言われるのは意外だったな。『捨てないで』とか『連れて行って』とか言われるとおもったのだが」
言われても突き放すつもりだったのは事実だ。最悪、私の記憶を消してでも、だ。
「だって……僕は『蟲使い』だから。
捨てられるのが当然だから。だから、優しく教えてくれて、ありがとう。こんな蟲使いに、いろんなことを教えてくれて、ありがとう」
……ああ、そうか。この少年は捨てられて、何も憎まなかったのか。
ジョブにより疎まれ、捨てられて。それを受け入れてしまったのだ。悪いのは自分だと。だから今惨めなのは当たり前なのだと。
少年は自分では一歩も前に進まないだろう。『蟲使い』という鎖が少年を縛っている。教えた事は実践できても、自分の幸せを求めようとはしない。一生不幸で当たり前だと思っている。
少年を救えるとしたら、少年を縛る鎖ごと愛せる者。
私にはそれが出来なかったが、もしそんなものが現れれば、少年は未来に踏み出せるだろう。
そして私は少年と別れを告げる。
その後、私は数々の冒険を乗り越えてオータム冒険者ギルドを統括する立場まで出世する――
◆ ◇ ◆
「ドーマン氏から違約金請求書と抗議文が届いております」
「違約金の処理は任せたよ。抗議文に関しては目を通し、謝罪文を書いておこう」
過日発生した商隊護衛失敗の処理をしながら、私は頭を掻く。ギルド長就任からずっと、机の上でペンを走らせている記憶しかない。召喚した使い魔に事務を任せることはできるが、人間的な言葉のやり取りは自分でするしかない。
「しかしまあ、ポーション開発の為に森からフェアリーを乱獲したのだから自業自得なのだけどね。襲撃者の情報もこちらに伝えてなかったわけだし」
「事実、商人ギルド内ではドーマン氏の立場は失墜しているようです。妖精誘拐という倫理面ではなく、ポーション生産数不足による契約違反としてですが」
「あそこはお金の為なら他はどうでもいい考えだからね。国防騎士も黙認している節はあるし」
「結果、経済は潤います。街としてもそれは喜ばしく、騎士もそのおこぼれを貰えるといった所でしょうか」
「その分働いてくれれば文句は言わないさ。……さて、どうしたものか」
瞳を閉じ、思考に耽る。
商人ギルド、国防騎士団。そういった組織同士の権力争いに紛れる様に街に侵入する存在。偉くなればそういった問題に向き合わなければならなくなる。
剣や魔法では解決できない難敵。これにどう挑むか……。
「『誰かを助けるのが、冒険者』……さて、誰かこの街や私を助けてくれる『冒険者』が現れないものかな」
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