「続ける」
あの後、トラバサミからネコを救出し、簡素な治療を施した。ネコの治療知識はないので、傷口を洗って包帯を巻いた程度だ。
エリックとクーは空き地から移動し、路地裏の一角で壁にもたれていた。クーはネコを腕に抱きながら、心配そうにその背中を撫でている。
「この子、大丈夫かな?」
「呼吸はしているから、大丈夫……と思う」
クーが抱いているネコを見ながら、エリックは自信なさげに頷いた。弱々しく呼吸をしており体温も冷たい。予断を許さない状況なのは確かだ。
エミリーを家に帰してよかった、とエリックはため息をつく。
身体の模様から、個のネコが探していたミーコではない事は分かった。だがネコを飼っているエミリーがもしあの光景を見ていたら、ショックで泣き叫んでいただろう。あるいは心に傷を負ってしまうかもしれない。
「エリっち、さっき言ってたことだけどさ」
「うん?」
「誰かがこの子を捕まえる為にあの罠を仕掛けたって話」
ああ、その話か。エリックは気合を入れるように軽く頬を叩いてクーに向き直る。
「ネコ……かどうかはともかく、何かを捕まえる為に誰かがあそこに置いたのは確かだね。罠は自然に生まれるものじゃないし、トラバサミだって一度動いたら誰かが外さないといけないから」
「それって誰か悪いのがいて、この子はその犠牲になったって事よね?」
「そうだね。誰がなんで罠を仕掛けたかはわからないけど」
「……どーするの? ってことはさ。あの子のネコも同じ目にあってるかもかもよ? 続けるの?」
クーが言っていることは、エリックも懸念していることだった。
誰かが罠を仕掛け、ネコかそれに類する動物を捕らえている。つまり猫を探すに際して人為的な『敵』がいるのだ。その『敵』の目的は不明だが、ミーコ捜索という目的と相対するならどうにかしないといけない。
(できれば話し合いですめばいいけどなぁ……)
あんな罠を仕掛ける相手に、話し合いが通じるは思えない。
誰かに助けを乞おうにも、ネコ一匹の為に動く者はいない。
このオータムの街……というかこの国ではネコを傷つける程度はさしたる罪には問われない。人が飼っている動物の命をどうこうした所で騎士団が動くことはない。そういった組織に助けを求める事はできないのだ。
つまり、ミーコをこれ以上探すと言うのなら『トラバサミを仕掛けるような相手』に邪魔されることを想定しないといけないのだ。あるいは、ミーコは既にその相手に捕らわれているかもしれない。エミリーの話から、最低でも三日以上は経っているのだから。
割に合わない。そう考えるのが普通だ。
依頼人はさっき初めて会った子供。しかも正式な契約ではない依頼。ここで放棄してもエミリーがエリックを探し当てることはできないだろう。仮に見つけられたとしても、とぼけてしまえばそれで終わりだ。相手は子供。強く出れば何もできない非力な存在だから。
だからエリックは――
「続ける」
エミリーがあの時神殿で叫んだ声。悲し気にミーコを思うあの嘆き。
「誰かを助けるのが、冒険者だから」
ミーコを見つけてという声を、笑顔に変えたい思ったのだ。
「ふーん」
クーはそんなエリックの顔をまじまじと見ていた。
「……って何? そんなじろじろ見て」
「エリっちてそんな顔もするんだ、って思って。ちょーかっこいいよ」
「か、かっこ……!? あ。この言葉は僕の言葉じゃなくて、その受け売りで」
「えへへー。てれてるてれてるー。てれれー」
エリックを人差し指でつつきながらクーがからかうように笑う。
(うん。ちょーイケてる。マジ男の子って感じ)
脳内メモリにエリックの顔を納めるクー。
「でもさ。だったら少しでも動いた方がよくない? こんな所で隠れてても何も見つからないっていうか」
「うん。もしかしたらミーコが罠を仕掛けた相手から逃れて、その辺りをうろついている可能性もあるけど、最悪の可能性……すでにミーコは罠にかかったっていう可能性もあるから」
「うん?
「だからトラバサミを仕掛けた相手を探して、ミーコのことを聞く必要があるんだ。もし知っていたら、それでおしまいだし。知らないっていうならその後でミーコを探さないと。
で、罠を仕掛けたからには必ず回収に来るんだと思う。今、虫と感覚を共有してあの空き地を見張ってるんだ。誰かが来たらその相手を」
「あーしが捕まえてゲロらせる?」
クーの言葉に首を横に振るエリック。
「それはマズい。捕まえても嘘をつかれる可能性があるし、何よりクーの正体がばれるかも。
跡をつけて、証拠を掴まないと。ミーコ……というか、何をどんな目的で捕まえようとしているかを」
目的。
言ってからエリックはその存在について考える。トラバサミを仕掛けてネコを捕まえる相手の目的を。ネコが憎いのか。ネコを捕まえたいのか。ネコを殺したいのか。
憎いのなら、何とか話し合いはできるかもしれない。少なくともミーコだけは何とかと言い張ることが出来る。
捕まえたいのなら、どうにかして解放する必要がある。些か非合法になるかもしれないけど。
殺したいのなら……せめて遺体だけでも回収したい。エミリーは泣くだろうし、悲しみや怒りをぶつけてくるかもしれない。それを受け止めるぐらいはしよう。
そこまで考えていた時に、感覚を共有している虫の視界に何者かが映る。トラバサミがある位置に近づき、舌打ちして帰っていく男の姿だ。
エリックはクーが抱いているネコをタオルで包み、地面に置く。これぐらいしかできないが、それでもこのままおいていくよりはマシなはずだ。
「行こう、クー」
「おけまる!」
男が消えていった道に向かって、エリックとクーは歩き出す。
タオルに包まられたネコは激励を送るように弱々しく鳴いた。
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