「じゃあ、どうやって探すの?」

 ネコ――

 一般的にはネコ科の中で人間の生活に根付いたイエネコ類を指す。最初は穀物の倉庫を荒らしたりするネズミを退治する目的での共生だったが、飼育の容易さと社交性などから愛玩動物ペットとして飼育されることも多くなってきた。

 野生のネコなどは肉食であることもあり攻撃性は高い。それは町にいるネコも例外ではなく、保革の際に激しい抵抗を受ければ出血やそこから病気の感染もありうるのだ。


「ふーん。それでそんな格好?」


 クーは道すがらエリックが購入した虫を捕獲する網と厚手の上着を見る。エリックには少し大きめな上着を引っ張りながら感心したような表情を浮かべていた。


「っていうかエリっち、手慣れてるね」

「こういう事は初めてじゃないから」

「ふーん。冒険者って迷宮に潜ったり山で剣振ってるイメージがあるから。以外以外」

「……うん。どちらかというと、こういうのに慣れている方が希少レアなんだと思う」


 クーの言葉に苦笑するエリック。普通の冒険者として抱いているイメージはクーの方が正しい。エリックがこういうことに慣れているのは、偏に『普通』ではないからだ。


「それでそれで? エリっち、なんでこの子の家まで来たの?」

「えーと……ネコは住んでいた家からそんなに離れない習性を持ってるんで、探すなら家の近くからなんだ。

 家の隙間とか屋根の上とか、そういった人じゃ入れない場所にいることが多いんだよ」

「エミリーの家はあそこだよ」


 指さすエミリー。そこにあるのは一般的な集合住宅アパートメントだ。貴族でもない限り、一軒家を持つという事はありえない。


「うん。それじゃあ探そうか」

「ねーねー。あーしが糸で探すっていうのは?」


 しゅた、と手をあげて提案するクー。

 エリックはゴブリンとの戦いでクーの糸使いスレッド・マスターとしての実力を見ている。山の中に入るゴブリンの群れを一気に無力化した精密性の高さは知っている。


「それ、エミリーのネコだけピンポイントで捕えられる?」

「んー……無理? ネコっぽい重さと格好のは全部イケるけど」

「うん。やめよう」


 街一区画中のネコが全部糸に捕らわれて動かなくなったら、それはそれで大事件だ。最悪、クーの正体がバレかねない。

 精密性の高さと、捜索の正確さは別のようだ。


「じゃあ、どうやって探すの?」

「あー……それは」


 言いながらエリックは精神を自分の内側に向ける。そのまま自分のエーテルに語りかけるようにして、スキルを発動させた。


感覚共有シェアセンス(虫限定)>


 近くにを飛んでいたハエと感覚を共有する。その感覚を利用して、ある物を探していた。ハエがタンパク源として利用する――動物のフンである。

 フンと言うのは生物学的に重要な項目で、その動物の食性や健康状態によりその形や色などが異なる。考古学者などは糞便の化石からすでに絶滅した動物や幻想種の生活を推測と言われている。


(これは大きさ的にネズミのフン。これはイヌ。あ、これはネコのだ)


 エリックはハエの感覚を通じて、糞便の識別を行っていた。その場所を脳内に記憶して、スキルを解除する。


「こっちに行こう」

「なんで?」

「詳しくはいえないけど、こっちにネコがいるんで」


 疑問符を浮かべるクーとエミリー。


(うん。女性には言えないよね、フンを探していたなんて)

 

 一度問い詰められてどうやって探したかを説明したことがあるが、その反応が『これだから蟲使いは』とか『蟲使い気持ち悪い』などであった。その時の顔と視線は忘れられない。

 そして路地裏に入り、家と家の隙間に居るネコの集まりコミューンを見つける。5匹ぐらいのネコが警戒するようにエリック達にうなりをあげていた。


「なによぅ。やる気?」

「ミーコいなーい」

「クーも喧嘩売らないで。あ、ごめんね。邪魔するつもりはなかったんだ」


 エミリーの言っていた特徴のネコがいない事を確認し、ゆっくりと下がっていくエリック。

 エリックのハエによる探索は『ネコがいる』だろう場所を探すに過ぎない。それが目的のネコであるかどうかは別なのだ。


「それじゃあ次行こう。えーと……」


 言ってまたスキルを使い、ネコの糞を探してその周辺を探る。それを繰り返すエリック。

 30分ほどかけて、エミリーが住んでいる家の区画を探し尽くしたエリック。これは驚異的な速度ではあるが、


「たーいーくーつー」


 クーからすればやることもなく気だるい時間だった。


「だから退屈だ、って言ったじゃない」

「言ったけどー。でもあーしが退屈なのは退屈だし」

「ねーねー。ミーコまだー?」


 二人からすれば、突如(スキルを使用して)棒立ちして、突如動き出すエリックの捜索方法は際立って目立つこともないので面白みがないようだ。

 エリックがどうやってネコの場所を探っているのかの分からないのが、退屈さに拍車をかけていた。正確ではあるのだが、その理由が説明されない以上はただ淡々と作業をしているだけだ。


「だってエリっち、ぼーっとしてすぐに動き出して。その繰り返しだもん。

 どーやって探してるのか教えて、って聞いてもスルーだし」

「トークが下手な人はモテない、って先生も言ってたー」

「まあ、それは、ね」


 女子二名の言葉に乾いた笑いを返すエリック。

 二人もエリックを攻めているわけではない。どちらかというと、退屈を紛らすために絡んでいるだけだ。


「でもまあ、こういうのは地道な作業だから。一つ一つ探って、っ!」

「? どしたのエリっち?」

「えーと……エミリーちゃんはそろそろ家に帰った方がいいかも。お母さんが心配するし」

「んー。そうかも」


 傾きかけた太陽を見て、エミリーが頷く。


「それじゃあ、ミーコが見つかったら連絡するから。家で待っててね」

「うん。よろしくねー」


 手を振るエミリーを見送った後に、エリックはため息をついて歩き出す。その後を追いながら、クーはエリックの背中に話しかける。


「ちょっとエリっち!? マジ分かんないんだけど!」

「あの子には見せたくなかったんだ」

「だから何を――」


 クーの嗅覚が、鉄分を含んだ臭いをかぎ取った。

 通りを抜け、広い空き地に出る。野ざらしになった空間には雑草が生え、足元の視界を塞いでいる。エリックは迷うことなく雑草をかき分け、目的のモノを見つける。


「……酷い」


 そこにあるのは鉄製のトラバサミ。そしてそこに引っかかった一匹のネコ。まだ息はあるが、出血と激痛で死にかけていた。

 こんなものが偶然落ちているわけがない。


「誰かが、ネコを捕まえているんだ」

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