「それでエリック様。本日のご用件は?」
オータムの街にある冒険者ギルドは規模としてはそれなりに大きい。
この街自体が王都ファーダムと港町ミミルダとの中継地点であり、商業が活性化している。人が多く集まることもあってトラブルも多く、また行商人を狙う賊もそれなりに増えている。
また、山岳部は未だモンスターの領域であり、ゴブリンを始めとした人間に敵対的な怪物が生息している。幸運なことに彼らは同族で群れを成すが、互いにいがみ合う為に人間の街にちょっかいを出すことは少ない。
だが、山岳を超えなければならない行商人の護衛や、特定モンスターの素材狩り、そして山に生えるキノコの伐採などそちらの方でも冒険者の需要は高い。
「……まあ、僕みたいな不出来な冒険者もいるわけだけど」
ため息と共にエリックはポーチの中を見る。ハクショクカラカサが12個。依頼の指定数である15個には及ばない数だ。
「ま、しゃーないわよ。あんなことあったんだしさ」
「まあ、そうなんだけど……」
クーの励ましに、濁すように答えるエリック。
『今まで失敗続きで、また皆に嫌味を言われるんだろうなぁ……』
Eランクの仕事すらできないムシ野郎。そんな罵倒を想像し、陰鬱な気分になるエリック。だが報告しないわけにもいかない。
陰鬱な気持ちのまま、冒険者ギルドの扉を開けるエリック。軽く木が擦れる音と共に、扉は内側に開いていく。
「……あれ?」
エリックはギルド内のあまりの閑散さに驚いた。
最大50人ほど座れる飲食スペースには誰も座っておらず、カウンターに受付の人が一人座っているだけだ。
朝方とはいえ、誰もいないというのは今まで見たことがない。いつもなら数名の冒険者チームが朝食をとっているとか、朝まで飲んだ酔っ払いがテーブルに突っ伏しているとか。そういう光景があるのだが。
「おはようございます。ホワイトさん」
「あの……今日は静かですね。何かあったんですか?」
「ええ。実は昨夜、緊急依頼が発令しまして。南門方向から迫る巨大モンスターを迎撃してほしいというものです」
「それは……大変でしたね」
エリックは全く他人事のように答える。まさか自分の意識がその怪物と同化していたのだが、そんなことは知る由もない。
「はい。ギルド内でも多くの負傷者が出て、皆様療養中です。
そしてバレット様がこれを迎撃。凱旋という事で夜中まで飲んでいたのですが、河岸を変えると別の店に向かったようです」
「へー……。カインが……。さすが
受付嬢の言葉に素直に納得するエリック。
「それでエリック様。本日のご用件は?」
「あ……僕の受けた依頼だけど……すみません、期日内にハクショクカラカサを集めることが出来ませんでした」
「――わかりました」
いつもと変わらぬ口調で、受付嬢はエリックに言葉を返す。
『また、失敗したって思われたかな……』
失敗には慣れているつもりだが、それでもこの瞬間は胸が重くなる。
「では今集めた分をこちらで引き取ります。差額分だけ報酬から引きましょう」
「え?」
「12個ですね。では報酬の8割を」
「え? いいの!? 今までそんなことなかったのに?」
受付の対応に驚くエリック。
基本的に依頼は成功か失敗かの二択だ。既定の数をこなせないなら失敗。魔物討伐にせよ、薬草採取にせよ、それは同じだ。
「今回は例外処置です。
昨夜の襲撃で怪我人も多く薬草関係が不足しています。それ故の処置です」
「それじゃあ……」
「依頼成功――とまでは言いませんが、ギリギリで失敗回避、と言った所でしょうか」
よかったぁ、と胸をなでおろすエリック。これで今月の生活費は何とかなりそうだ。
「ちょーっと! なんで成功じゃないのよ!」
と、安堵するエリックの後ろから大声をあげる者がいた。
クーが指を受付嬢に向けて、近づいていく。
「エリっちは頑張ってキノコ採ってきたのよ。ゴブリンとか色々相手しながら! しかもそっちはそれが必要なんでしょう!
だったら勿体つけないで成功にしてあげてもいーじゃないの!」
「ホワイト様、こちらの方は?」
「あ、フリーの
クーの言葉を受け流す受付嬢。その問いにエリックは前もって決めていた答えを返した。
冒険者ギルドに属さないフリーの冒険者、というのは珍しくない。組織力や情報面などのバックアップはないが、ギルドの規定に縛られないという側面もある。基本的には不安定なため、それなりの実力がないと難しいのだが。
ともあれ、クーにもギルドに入る前に裏口を合わせるように言ってある。
「成程。今回の協力者、と言った所ですか。我がギルドの構成員をお助けいただき、ありがとうございます」
「ありがたいと思うのなら、成功にしてあげなさいよ!」
「残念ですが、決定は覆りません。むしろ部分的に報酬を渡しただけ、温情かと」
「それだってそっちの都合コミコミなんでしょうが!」
熱く言い立てるクー。それを受け流す受付嬢。そのやり取りが数度続き、
「もー、激おこぷんぷん丸だわ! あーし帰る!」
根負けしたのはクーだった。怒ったように頬を膨らませ、扉を開けてギルドを出ていく。
「待ってよクー。……それじゃあ、僕もこれで」
「お仕事お疲れ様です。――ああ、それと」
報酬を受け取り、クーの後を追おうとするエリック。その背中に受付嬢の声がかかる。
「ホワイト様、呪われているようなのですぐに神殿に向かう事をお勧めします。解呪できずとも、呪いの種類だけでもわかれば僥倖かと」
「……ああ、そういうのってわかるんですか?」
「ギルド受付は<鑑定>スキルが必須ですので」
エリックは一礼して、クーを負うためにギルドの扉を開ける。
誰もいなくなったギルド内で受付嬢は顎に手を当て思案した。
『あのアラクネに魅了系の呪いをかけられて操られている、と思ったのですが……本人の意識はしっかりしているようですね。
ともあれ、これは調査案件として報告しておきましょう』
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