「ああ、その程度なんですね」
「しんでん?」
「えーと、天空神様を祭ってる場所で」
「ああ。あのヒゲ親父ね。りょ」
冒険者ギルドから出たエリックはクーと合流し、オータム中央にある神殿を目指していた。
「ヒゲ親父って……」
「女好きで妻に隠れてナンパしてる変態親父でしょ。早く
「はは……」
怒りの態度を崩さないクーに苦笑するエリック。
天空神が女好きで地上の女性に手を出している、という逸話は有名だ。女性の独り歩きを禁じるために『天空神様に連れてかれるよ!』と親に言われることがあるとかないとか。
「とりあえず呪いを見てもらわないと。もしかしたら呪いが活性化する条件があるかもしれないし」
「あーね。で、ヤバめな奴だったら除去る?」
「……まあ、解呪してもらうのにはそれなりのお金がいるから難しいけど」
「ふーん。よく慈悲とか愛とか言うくせに、代価はしっかり請求するんだ。さすが神様」
「クーは神様に辛辣だね。なにかあったの?」
「ひ・み・つ!」
エリックの質問に、唇を尖らせて口を紡ぐクー。これ以上の追及は禁止、とばかりに人差し指二つでバツ印を作る。
(まあ、魔物だから神様にはいい思い出はないんだろうな。神様側の癒しは受けれないみたいだし)
エリックもそう自分を納得させて、この会話を打ち切る。
もっとも会話を打ち切った理由はそれだけではない。目的地である天空神の神殿にたどり着いたからだ。
天空神のイメージカラーである白い石を用いた神殿。大陸最大の信者を誇ることもあり、人の行きかいは多い。
神殿に来るもののほとんどが、天空神に祈りを捧げに来ることである。後は神殿で働く僧侶達で、エリックのように呪われてやってくるケースは稀だ。
中に入ろうと階段を一歩昇ったところで、背後からの視線を感じるエリック。見ればクーが不快感をあらわにしてこちらを睨んでいた。
「あの、クー?」
「むー、なんかわからんちんな空気がするからあーし入らない」
「空気って……じゃあ、そこで待っててね」
クー自身分からない何かのせいで、神殿に入る気はないようだ。街や冒険者ギルドは遠慮なく入ってきたのに。
(神殿の空気……というか結界みたいなものかな?)
魔物だしあり得るかも、と結論付けてエリックは歩を進めていく。クーを一人にさせる不安はあったが、たぶん大丈夫だろうと自分を納得させた。
受付で手続きをして、神殿の奥に通されるエリック。そこにいた眼鏡をかけた学者風の僧侶に腕の紋様を見せる。
「んーん……呪われてるねー。もうバッチリ呪われてるねー。どれぐらいバッチリかって、そりゃもうどうしようもないほどに。手遅れだねー、これ。腕斬っても無意味だわ」
ずけずけと酷い事を言う僧侶。
「それはそれとして。ねえ君、腕切られたくない?」
「意味、ないんですよね? 呪いが解けるとかそういう事は」
「無いね。それはそれとして腕、切られたくない? 大丈夫。ただで<
「遠慮します」
「えええ……痛みは一瞬だよ? 処刑用の斧は研いだばかりだから、時間もかからないし」
「遠慮します」
「そう……」
怖い僧侶だなぁ。ドン引きするエリックに僧侶は残念そうにため息をついて説明を続ける。
「君、これ嫉妬神の呪いだね。七罪系の邪神。この印が邪神の種類を示していて、これが名称。あ、人間の言葉で発言できないし聞き取れないから。仮に言えたとしても読み上げに三時間ぐらいかかるし」
「はあ……」
エリックの紋様を一つずつ指で這わせながら説明する僧侶。
「紋様の色は呪いの進行度だね。この色はもう呪いが完全に進行した感じ。紋様の場所は呪いの種類。色欲系邪神の淫魔なんかは、お腹のあたりに刻んでくるからね。うん、あれはストレートだ。その紋様が完全に朱に染まると――」
「あの……! 嫉妬神で腕だとどうなるんです?」
話が大きく脱線しそうなので、エリックは大声で軌道修正する。
「ん? 言ってなかったっけ?」
「言ってません」
「手や腕は行動をしめしてね。剣を握ったり、何かを作ったり。そんな創造や行動することを表すんだ。そこが呪われるということは、キミが行動した後の結果が歪む。
君が行動して成し得た結果は、全て嫉妬される。正当な評価は得られず、歪んだ心で判断されるだろう」
「…………え?」
「相手の精神に作用する呪いだね。キミ自身には影響を及ぼさず、相手の心に作用する。
人を助けても礼は言われず、偉業を為しても、疎ましく思われる。そんな呪いだ」
エリックは僧侶の言葉を聞いて、唾を飲む。
それは――
「ああ、その程度なんですね」
それは、蟲使いであると罵られる今と何の変わりもない。
エリック・ホワイトが礼を言われることはない。今まで通り、ずっと疎ましく思われるだけだ。
「解呪するならそれなりの時間とお金が必要になるけど、どうする?」
だからそんな僧侶の問いに、静かに首を振って断わった。
そんなお金を出す余裕はないし、解呪しても何も変わらないのだから。
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