戦えない蟲使いだけど冒険者やってます ~ゴブリンも倒せない最弱で嫌われジョブだけど、黒ギャルなアラクネがパーティイン。翻弄されながら頑張ってます!
「なんで悩むのよー。あーしがきゃわいくないって事?」
「なんで悩むのよー。あーしがきゃわいくないって事?」
「んー。あまあまー」
果実を絞った飲み物を口にして、クーはご満悦と言う表情を浮かべた。氷魔法で生み出した小さな氷で、その鮮度を保っているのが肝なのだとか。
「女神に召喚された奴らは嫌いだけど、こういうアイデアを持ってきてくれるのはマジ感謝。おかわりー」
「はは、ほどほどにね」
エリックとクーは町の軽食屋に来ていた。
軽食、と言ってもメインは飲み物だ。果実を絞って冷やした飲み物や、豆を煎じて濾過した飲み物を出す奇妙な店だ。奇異な商品を売るがその味は人々を魅了し、オータムの街でも一番売れていた。
なんでもどこか遠くの国で作られた飲み物を再現したとか。その国の名前を聞いても教えてもらえず、『そういうパフォーマンスなんだな』という事で落ち着いていた。
「で、話なんだけど……」
「ほいほい。お金出してってこと? カ・ラ・ダ・で」
「違うから! ……ええと、クー。君は……その、人の街に軽々しく入っていい存在じゃない。それは、わかるよね?」
エリックは可能な限り言葉を選んで話を開始する。テーブルとテーブルの間はそれなりに距離は開いているが、誰かに聞かれたい話ではないのは確かだ。
「ういうい。だから街に入る時は、蜘蛛になって袋に入ってたし」
クーは……というかアラクネは三つの形状に変化できるという。
一つは今の人間の状態。<
二番目は上半身女性下半身蜘蛛の魔物状態。全てのスキルが解放された、いわば戦闘モードだ。その分エーテル消費も激しいとか。
その真逆が蜘蛛状態。消耗を押さえる為に大きさ30cmほどの蜘蛛になり、周囲のエーテルを少しずつ取り込んで回復する形態だ。
門番の目を誤魔化すために、クーは蜘蛛状態になってエリックの道具袋の中に入っていたのだ。そのままエリックは部屋に帰り、倒れるように眠り込んだ。
「うん。じゃあ聞くけど……なんで街に入ろうと思ったの?」
「? だってエリっち街に帰るんでしょ? だったら街に入らないと」
「えーと……クーが街に入った理由は……?」
「だから、エリっちについていくためだって。傷、治してもらわないといけないし」
唇を尖らせて応えるクー。そんなこと当たり前じゃん、と無言で怒っていた。
「傷? そうだよ。傷ならすぐに治すから」
「やーよ。言ったでしょう? エリっちが依頼成功するまではいいって。あ、でもお腹すいた分ぐらいは欲しいかな」
「お腹? ええと、空腹と回復と関係あるの?」
「うんうん。あーし……っていうか魔物は基本的にエーテルで生きてるから」
それはエリックも知っている魔物の生態だ。
万物にはエーテルが宿る。人間は肉体と精神と
そして回復魔法は魔力を肉体や
「エリっちの治癒をちょろっと貰えればいい感じ? それだけで人を襲わなくていけそうかも」
「襲……!?」
「だってエーテルないとお腹すいて死んじゃうしー。エリっちがいれば人襲わなくて済むよ?」
「そ、それは……」
脅迫めいた言葉だが、エリックはクーが脅しているようには思えなかった。もしここで『やらない』と言えば『りょ。じゃあ町出るねー』と手を振ってどこかに行ってしまうだろう。そんな気がした。
「あーしはエリっちに癒されて、エリっちはあーしのようなきゃわわな子と一緒にいれて。ほらぁ、ウィンウィンじゃん?」
「う、うーん……?」
「なんで悩むのよー。あーしがきゃわいくないって事?」
「いや、そうじゃなくて! その……人を襲わないのなら、いい……のかな?」
自分に問いかけるようにエリックは疑問を口にする。
クーが街に居てはいけない理由は、アラクネが人を襲う魔物だからだ。
だがエリックが治癒する限り、クーは人を襲わない。つまり懸念はそれでなくなるのだ。
(でもそれは――本当に、クーの言葉が正しければ、だ)
エリックが癒すことで日々の空腹が満たされることと、クーが人外の能力をもって人間を狩ることが出来る事は別の問題だ。端的に言えば、クーはエリックに気付かれないように街の人間を殺すことが出来る。
エリックは今この瞬間、町の騎士団を呼ぶこともできる。魔物の存在を通報し、人間の街の平和を守るために行動する。それは人族として正しい行動だ。
エリックは気が付けば乾いていたのどを潤すために、水を口に含む。冷たい水が体に染み入って、冷静な心を呼び起こす。
「そーそー。だからよろしくね、エリっち!」
そんなエリックにクーは言って手を差し出す。朗らかに笑みを浮かべ、目の前の人間に何の警戒心を抱いていない柔らかい物腰。
「うぇ!? あ、うん。……よろしく」
「わーい。それじゃ、次は何処行こうか?」
冷静だった心は、クーの笑顔を見た瞬間に崩れ去った。跳ね上がった心臓が心の壁を崩し、気が付けばクーの手を握り返していた。
(これでいい……のかな?)
不思議と不安はない。クーの能力が危険な事は理解しても、クーがそんなことをするとは思えなかった。
根拠なんてないけど、それでもそう信じたかった。
「あー、とりあえずギルドに行こう。
その……依頼の失敗を報告しないと……」
「……あー」
エリックの言葉に、クーはご愁傷さまとばかりに目を逸らした。
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