「…………ぐす」
アラクネ――
今では蜘蛛の下半身を持つモンスターとして認識されているが、その始祖は普通の女性だった。
織物が得意な女性――アラクネはその腕を誇り、神すら私の織物の前に屈すると豪語した。事実、それを誇ってもいいだけの腕前はもっており、また豪語こそすれど慢心せず、常に上昇意識を持ち続けていた。
「む。神が屈すると聞いちゃぁ黙ってられないわね。そこの女、勝負よ!」
戦の女神の一人はその言葉に怒りを感じ、勝負を挑んだ。天界において最も強く、血気盛んで負けず嫌いな女神だ。
勝負内容はどちらの織物が人の関心を得られたか。勝者は敗者のいう事をかなえる。その勝負をアラクネは受け、半年の期間を経てできた織物を公開する。
「女神を称える人達の織物よ!」
最初に披露したのは女神の方だった。神々しい女神を中心にそれを称える人達が描かれたタペストリー。糸は時の女神達が編んだもので劣化するととはなく、女神を中心にした構図は芸術神が生み出した黄金比。
文字通り、神がかった一枚だ。これを前に、だれしもアラクネの敗北を想像しただろう。
だが、アラクネの織物が披露された時、その空気は一気に吹き飛んだ。
「こちらは時の女神と芸術神をこき使う戦女神様の織物でございます」
そこには、椅子に座ってふんぞり返る戦女神と、その元で汗を流しながら働かされる時の女神と芸術の神が描かれていた。どこかコミカルで、それでいて三角比を忘れない構図となっていた。まるで今描かれた女神のタペストリーが、このように作られたのだといわんがばかりに。
半年前に勝負を受けた時に、アラクネは相手の作り方を想像していたのだろう。そうでなければ、このような織物を作るはずがない。
集まった人たちはアラクネの先見に感心し、そして大いに笑った。芸術的な意味合いでは女神に分が上がったかもしれないが、どちらがより関心を得られたかは明白だったといえよう。
「こ、これは女神に対する侮辱よ! 蜘蛛となって子々孫々侮辱されなさい!」
だが、女神はそう言ってアラクネのタペストリーを破り、呪いをかけて天界に返っていった。
呪いをかけられたアラクネは下半身が蜘蛛になり、皆から恐怖される。人里離れたアラクネがどのような晩年を迎えたかは、何処にも記されていない。
だがそれ以降、迷宮には上半身女性で下半身が蜘蛛のモンスターが出没することになる。人々はそれをアラクネと呼び、討伐と恐怖の対象とした。
さて、迷宮で登場するアラクネには一つの特徴があった。
『アラクネは群れない。必ず一匹で現れる』
それは巣を張って獲物を待つ蜘蛛の特性上、納得の理由だった。縦横無尽に仕掛けた糸を十全に生かすには、獲物以外の存在は少ないに越したことはない。余計な存在が歩いて糸に触れれば巣の隠密性がなくなってしまうからだ。
だがそれとは別の理由で、アラクネは他のモンスターと群れることなく活動している。
『アラクネか……。戦の女神に呪われた種族だぜ』
『あいつがいると、戦の女神の怒りを買うんだよなぁ……』
『迷宮内に巣を張る? 帰れ帰れ!』
『蜘蛛だと! 気持ち悪いわ!』
曰く、女神の呪い。
曰く、邪魔だから。
曰く、蜘蛛だから。
そう言った理由でアラクネ種は他のモンスターから忌み嫌われていた。それは理由としては成立しているが、それを増強する
<女神の呪い:嫌悪増幅>
少しでも忌み嫌う理由があれば、それを増幅する戦女神の呪い。本来は敵国に仕掛け、四面楚歌を狙うためのものだ。それを蜘蛛になる呪いと共にアラクネの子孫全てにかけたのだ。
そして、その子孫であるクーもまた様々な場所で嫌われていた。
『おお、いい胸してるじゃねぇか。ちょっとこっち来いよ』
『な、なんだぁ!? アラクネだったのかよ! くそ、こっち来るな!』
『俺のダンジョンは強ければ何でもありだ。呪い持ちでも歓迎だぜ』
『お前がいると女神の呪いでヤクが落ちるんだよ!』
『魔物使いとしてA-モンスターはゲットしたいよね! グフフフフ……!』
『キ、キミがいると他のモンスターが怯えちゃうんだ……。か、使役解放!』
『異世界転生勇者のオレ様はどんな女でも受け入れるぜ!』
『あー……お前がいると神が怒ってチート能力取っ払うって言ってるんだ。悪いけど、死んでくれや』
何度も何度も何度も何度も。
正体を隠しても、正体を知ったうえで受け入れられても、何をやっても最終的には向こうから嫌われてしまう。クーが軽率たっだときもあった。あるいは慎重を重ねた時もあった。媚びる事もあった。相手の懐の広さを知るまで信用しない事もあった。それでも、それでも――
(どこにいっても嫌われる。アラクネだから、しょうがないよね)
故にアラクネは人を喰らう。信じたが故の憎しみで。心に受けた傷を埋める様に人を喰らい、そしてその結果でさらに心の傷が広がって。そしてその傷を埋めるように、誰かの温もりを求めてしまう。
それが永遠にかなわないと分かっていても――
「…………ぐす」
堪えていた嗚咽が小さく漏れる。
クーを掴む触手の汚染は、少しずつクーのエーテルを蝕んでいた。
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