「蟲使いな自分が、許せない」
「はぁ……はぁ……!」
エリックは息絶え絶えになりながら山を進んでいた。
全力で走っていたから――ではない。そもそも全力で走る理由はない。50匹のゴブリンはすべて死に、影の触手は自分を襲う事はない。今エリックを襲う危機は皆無だ。
「はぁ……はぁ……!」
滝のような汗を流しながらゆっくりとエリックは山を進んでいた。街へと向かう道ではなく、僅かに生まれた獣道。その広さから、小柄なゴブリンが行き来して生まれた道だ。
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エリックは蟲使いのスキルを発動させ、近くを飛ぶ虫と感覚を共有していた。
一匹や二匹ではない。認識できた虫を片っ端から全てである。
先ず近くを飛ぶ蝶と感覚を共有する。その蝶の視界から見える映像を脳内で整理し、そこから見えた虫と感覚を結ぶ。
虫には人間に見えない光を感知することが出来る者もいる。人間には聞こえない波長の音を聞く者も、人間には匂わない臭いを感じ取れる者もいる。エリックは感覚共有を行うと同時に、その感覚を感じ取り、周囲を探索していた。
光が、音が、匂いが。この近く居るであろう虫の感覚を総動員して。その全てをエリックの脳内で処理していた。
「はぁ……はぁ……!」
複数の情報が一気に脳内に流れ込み、混乱する。それらを整理しながらスキルを維持し、そしてそこを基点に発動する。
情報処理、スキル維持、スキル発動。これらの処理を虫を見つけるごとに繰り返す。一秒に十数の情報が流れてきて、そこから新たな情報を得るためにどうすればいいかを思考し、そしてスキルを発動させる。
気を抜けば倒れてしまいそうな脳への負荷。それに耐えながらエリックはゆっくりと歩いていく。
何処に?
「見、つけた……!」
虫が捕らえた情報の中から、一つの洞窟を割り出す。たいまつを掲げ、奇妙なシンボルが張り付けられている洞穴。そのシンボルがおそらく嫉妬神の聖印なのだろう。だとすれば――
(声の主はあそこにいる。主を止めれば、あの影は止まる……!)
最後の力を振り絞り、山道を走るエリック。
洞窟にたどり着き、たいまつを手にして中に入っていく。洞窟はそれほど大きくないのか、少し進めば『声』が聞こえてきた。
『当然神官長はオイドン! アンタは栄えある聖母として祭ってあげるゴブ!』
犬歯を集めたネックレスをつけたゴブリンプリースト。召喚ようと思われる祭具と床に書かれた魔法陣。魔法の素養がないエリックでも、そこから流れるエーテルの流れは感じ取れる。
(あれをどうにかすれば、召喚は止まるかも)
思うと同時にエリックの体は動いていた。手にしたたいまつをゴブリンプリーストに投げ、そして魔法陣に向かって走り出す。
「それじゃ、そろそろ服の中に触手を……って熱いゴブ!?
ま、待て! その陣に触れるな――!」
ゴブリンプリーストが止める間もなく、エリックはエーテルが流れ出す魔法陣に足を踏み入れていた。そのまま靴で地面をこすり、陣の一部を消していく。
その瞬間、強い衝撃が洞窟内で響いた。
「ああああああ! 50匹の生贄で生まれたエーテルが! 貴様、なんてことをしてくれたゴブか!?」
「こ、これであの眷属は消えてクーを襲わなくなるんだだろう。だったら――」
「クーと言うのはあのアラクネゴブか? だったらそれには間違いないが、召喚に使ったエーテルはまだ魔法陣内にたまっているゴブ!」
「……え? どういうこと?」
「『あの場所』からは<ガルストン>は消えたゴブが、そのエーテルと魔法そのものは残っているゴブ! つまり<ガルストン>のがこの場に現れてしまうゴブ!」
ゴブリンプリーストの言葉が終わるより早く、洞窟内に影の触手が生まれていく。
クーを自らの母体に染め上げようとしていた影の触手は、そのまま自らのエーテルを周囲に放出していく。
嫉妬の心。すなわち誰かを疎む心を想起させる空気を。
「<ガルストン>様、落ち着いてほしいゴブ……! いまその気を放出されれば……ぐあぁ……」
「あ……」
その傍にいたエリックとゴブリンプリーストはそれに巻き込まれ、意識を失った。そして自らの妬ましい心と向き合う事となる。
◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆
「お前、蟲使いなんだってな」
エリックの人生について回るジョブと言う存在。
蟲使いと言うジョブは珍しく、そして忌み嫌われていた。
曰く、役立たず。曰く、気持ち悪い。曰く、意味がない。曰く、他力本願。
悪口を言われることなどまだマシだった。中には暴力を振るう者もいた。戦っても勝てると分かっているから、エリックはいいはけ口になった。
憎くないか?
恨みたいか?
そんな声が聞こえてくる。恨み、妬み、そして憎しみ。そんな感情が自らを襲う。過去にされたことが何度も繰り返され、そのたびにエリックの心の中に黒い渦が溜まっていく。
それは七つの大罪を奉じる嫉妬神の力。その
許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。
蟲使いな自分が、許せない。
エリック・ホワイトは自らの呪いで、自分を破壊していく。
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