蟲使いと蜘蛛ギャル

Eランク依頼『ハクショクカラカサを15個集めろ!』

「それがエリック・ホワイトと呼ばれる存在だ」

 空は晴天。抜けるような青空。山を歩くにはちょうどいい天気。

 しかし山道を歩くエリックの表情は暗澹としていた。あるいは悲壮めいていた。


「ハクショクカラカサ15個……この依頼失敗すると、今月は素寒貧になるよなぁ」


 財布の中身と生活費。何度計算しても結果は変わらなかった。否が応でも成功させないといけないのだが、最近の傾向を考えると上手くいくかどうか。

 ハクショクカラカサ。 白色の傘を持つキノコである。その胞子は滋養強壮の薬の材料になると言われ、錬金術師や薬師などに重宝される。Eランクの依頼としてはメジャーなモノであり、難易度も危険度も低いものである。

 懐から地図を取り出す。ハクショクカラカサがある場所は既に調査済みだ。時間内に採取して街に戻ることは難しくない。その猛毒性から野生動物に食べられているという事はないだろう。問題は――


「問題は、ゴブリンがいるかもってことなんだよなぁ……」


 エリックは諦めたようにため息をつく。ゴブリンに出会えば逃げるしかない。一匹ぐらいなら不意を突けばなんとかなるだろう。だけど二匹いたらもう無理だ。一匹を倒している間に後ろから殴られて終わりだ。そして大抵は三匹単位で徘徊しているのだから、もうどうしようもない。

 自分よりも小さな体格のゴブリンだが、保有しているスキルで戦闘力に差が生まれる。低ランクとはいえ<狂暴化バーサーク><怪力ストレングス>といったスキルの有無で体格などあっさり覆る。

 スキル。それを思い、エリックは自らの内に意識を向けた。自分と言う心の中に深く沈みゆくイメージ。そのイメージと共に黒い水の中に潜っていくような感覚に包まれる。そして黒水の底にある光り輝く樹木を感じる。

 それがエーテルと呼ばれる自分自身そのもの。自分自身の現在の情報全てがそこにある。


『名前:エリック・ホワイト

 種族:人間 性別:男性 健康状態:擦過傷18ヶ所(軽度)

 誕生日:7月4日 年齢17歳5か月

 ジョブ:蟲使い

 保有スキル:

感覚共有シェアセンス(虫限定)>:A-

情報探査サーチ(虫限定)>:B-

命令オーダー(虫限定)>:C+

治療ヒール(虫限定)>:B+』


 それがエリック・ホワイトと呼ばれる存在だ。

 生まれた時からエーテルの形は決まっており、十歳の時にジョブが決まり、スキルが決定される。どれだけ努力してもそのジョブから外れたスキルが派生することはない。

 派生したスキルが成長することもあるが、高ランクになるにつれて成長速度は緩やかになっていく。ランクを一つ上げるためには今のランクになるための十倍ほどの努力を有し、一般的な人族でAランクスキルを複数持つ者は稀である。

 そしてエリックのジョブは蟲使いで、スキルも全て虫限定がつく。虫と感覚を共有したり、虫の知識を得たり、虫に命令したり、虫を癒したり。ただそれだけのスキルでそれだけのジョブだ。

 虫を操ってもゴブリンには勝てない。精々が蜂を操って襲い掛からせる程度で、都合よく虫がいなければ意味がない。そもそも操っている自分が襲われればそれで終わりである。

 肉体的な強さもスキルにより強化される。人間大の体格でも高ランクの<怪力ストレングス>や<頑強タフネス>を持っていれば巨人族にすら勝る肉体能力を持つ。戦闘系ジョブなら成長するにつれてそういったスキルも得ることがあるが、蟲使いには無理な話だった。

 とどのつまり、エリックのジョブは成長しても戦闘には何の役にも立たないという事である。それを再確認し、エリックは意識を外に戻す。時間的には、言葉通り一瞬きの間のみの時間しか経っていない。


「うん。ゴブリンに会わないように祈ろう」


 結局出た結論はそれだった。無論、見つからないように細心の注意は払う。だけどそれで時間に間に合わなくなったのなら本末転倒だ。むしろネガティブに陥りそうな自分に活をかける意味での発言だった。

 地図を手に一つ目のキノコが生息しているポイントに向かう。まだこの辺りは安全だからと進んでいると、突然茂みがざわめいた。


「な、なんだ……? ゴブリンがこんなところまで来たとか……?」


 怯えて身をかがめるエリック。だがそれ以上の音はしない。こっそり移動すべきか、それとも音の正体を探るか悩んで――


「きっと鳥だよね。まあ後ろから襲われるのも怖いし……」


 そう呟いて茂みの方をのぞき込んだ。そこには予想通り数羽の鳥。エリックの気配に気づいたのか、そのまま飛び立っていった。

 安堵するエリック。その視界に見慣れないものがあった。体長30センチほどの巨大なクモ。黒と黄色のまだら模様を持つこの辺りでは見たことのない大きさと模様だ。足の数本が撮りに突かれて折れ曲がり、動くこともままならず傷つき喘いでいるようだ。


(<治療ヒール(虫限定)>発動)


 気が付けば、エリックはクモに手を当ててスキルを使っていた。見たこともないクモだというのに恐怖はなかった。死にかけている生き物がいて、それを救う事が出来るスキルがある。ただそれだけだった。

 冷静に考えれば、野生に手を加えるのはタブーだろう。もしかしたらこのクモは凶暴で勝つ猛毒を持ち、傷が癒えた瞬間に興奮して襲い掛かってくるかもしれない。そんな可能性を脳裏で浮かべながらしかしエリックは癒しの手を止めなかった。


「ん? んんんんんん?」


 癒していくうちにエリックは戸惑いの声をあげる。

 クモの姿が少しずつ大きくなり、変化していくのだ。

 体長は160cmほど。8本の足はいつしか消え去り、二本の足と二本の腕。黒と黄色のまだら模様も褐色の肌に変わっていく。肩まで伸びた茶髪と人間のような目と鼻と口。

 例えるなら、全裸の褐色少女のような姿に――


「ええええええええええええ!?」


 ――この日、エリック・ホワイトの運命が回り始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る