「ねえ、貴方の名前はなんていうの?」
クモを癒してたらいつの間にか褐色少女になっていた。
エリック自身よく分からないが、起きたことを纏めるとそれ以外に言いようがない。
「ううん……」
寝返りを打つようにうつぶせから仰向けになる少女。少女と呼ぶには似合わないほど大きな胸が後を追うように動き、その弾力を示すように揺れる。健康的な足がくるりと動き、その付け根には――
「わわわわわわわわ! ちょ、これ着てこれ!」
訳も分からず、エリックは着ていたマントをその少女に被せる。今見た光景に心臓が脈打ち、全裸の少女から顔を背ける。
「んー、ありがとー……」
気だるげに少女は礼を言い、伸びをする。マントで胸と腰を隠すようにしながら、眠気を振り払うように伸びをした。
「もしかしてぇ、貴方が助けてくれたの?」
「え? えーと……君はさっきのクモ……なの?」
相手にを向けながらエリックは問う。訳が分からないが、状況的にそういう事なのだろう。クモが人になるなんて聞いたことないけど。
「クモじゃないわよ。あーしはアラクネ。名前はクー」
「あ、アラクネぇ!?」
アラクネ。
上半身女性、下半身クモのモンスターである。その姿から想像される通りクモ糸を操り、人を捕らえて食らうと言われている。女神に呪われた女性の末裔とも言われ、その強さは並のモンスター以上とも言われている。
(――ギルドの図鑑には『
準神話級。神に逆らった地母神や悪鬼などの力を継ぐモンスターである。相応の腕を持つ騎士か英雄のパーティをもって討伐されるレベルの強さで、言うまでもなくゴブリン数匹に怯えるエリックには逆立ちしても勝てる見込みのない相手だ。
あ、僕死んだかも。そんな事実を半ば夢みたいな気持ちで受け入れていた。
「ねえ、貴方の名前はなんていうの?」
「ぼ、僕の名前はエリック。エリック・ホワイト」
「エリック。じゃあエリっちね。エリっちは――もー、なんでそっぽ向いてるのよ」
「わっ、ちょ、こっちに回り込んだりしないで!」
エリックの目の前に突然現れる褐色半裸マント。健康的な褐色太ももが目の前に現れ、目を白黒させながらできるだけ見ないようにしながら答える。
「ちょ、その、目のやり場に困るというか! 裸を見られるのはキミもアレというか!」
「? ああ、服ね。――もしかして、エリっち童貞?」
「ノーコメント!」
「かわいー。んー。それじゃあ、少し待ってね」
言うなりマントを脱ぎ捨てるクー。エリックは驚きながらもその姿から目が離せず――
クーの指から糸が伸び、彼女の身体を包んでいく。糸は一秒で編みこまれ、紺を基調とした服になっていく。白いシャツと赤いスカート。少し露出が多いけど、街中に居そうな少女の格好だ。
「はい。着替え完了。これでこっち見れるでしょう?」
「う、うん。……すごいや、高ランクの<
「ちなみにぱんつも糸で作ってるのよ。見たい?」
「遠慮します!」
スカートをつまんで持ち上げるアラクネから全力で目を逸らすエリック。その姿を見て、クーは可笑しそうに笑う。
「もー。そんなことじゃ彼女っぴできないぞ」
「うううう……。よく言われます」
「で? エリっちは何者なの?」
「え?」
「あーしを癒したんでしょう。ってことは邪神系の神官?
「……えーと?」
「だーかーらー。神に呪われてる系種族のあーしをどーやって癒したの?」
言われてエリックはクーが言いたいことに気付く。
アラクネなどの神や女神に呪いをかけられた種族は、神に属する神官の癒しの術で癒すことはできない。一般的な癒しの術は神の力を借りて行うもので、神に忌み嫌われた種族はその恩恵を受ける事が出来ないようだ。
例外は神に対抗できる邪神ぐらいだが、たいていの邪神は世界の破滅や不死軍団作製や全生命体石化など癒しとは程遠い思考をしている。それらを信望する神官が癒しの術を使える道理はない。
だからクーは疑問に思っているのだ。自分を癒した術の正体に。
「あー、実は僕は蟲使いで……」
言ってエリックは自分のジョブとスキルを説明する。虫限定で癒すことのできるスキル。それを使ったのだと。
「多分だけど、アラクネの『クモ』属性と僕のスキルがかみ合って癒すことが出来たんだと思う」
「へー。エリっちすげー! あーし、癒しの術とか初めて受けた! あんなに気持ちいいものだったんだぁ……」
頬に手を当てて喜びを表現するクー。頬を上気させ、夢うつつな表情になっている。
そしてクーは突然エリックの手を取り、笑顔で感謝の言葉を告げた。
「ありっす! マジ感謝! もー、マジケツカッチンだったの! エリっちがいなかったらヤババだったわ!」
「あー、うん」
単語の一つ一つはよくわからなかったが、感謝されていることは解る。その勢いに押されるようにエリックは頷いた。
(そういえば、感謝の言葉を貰うのって初めてかも。相手は虫だから仕方ないんだけど)
自分のスキルが他人の役に立った。その実感をエリックは生まれて初めて受けていた。ギルドでは弱いと言われ、世間でも忌み嫌われいるジョブ。それがこんな形で役立つなんで。
しかし感慨にふけっている時間はない。今は依頼中だ。早くハクショクカラカサを集め、仕事を終わらせないと。
「あー、それじゃあ僕はそろそろ行かなくちゃ。気を付けてね」
「りょ!」
言って別れを告げるエリック。クーは敬礼とばかりに手をあげた。
エリックはそのまま山を歩き――
「ねー。行くってどこ行くの?」
その背を追うようにクーも歩いていた。
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