「お前は冒険者の底辺すらこなせないんだってさ!」
「お帰りなさいませ、ホワイト様」
冒険者ギルド――正確な名称は『ファルディアナ大陸冒険者互助会』。冒険者の間でギルド、と言えばこの大陸最大規模のこの組織を指す。
『
帯剣、死霊魔法、盗賊……一歩間違えれば犯罪者になりかねない立場の冒険者が世間で認められているのは、この組織があるからだ。ギルドに所属しない冒険者もいるが、サポート面を考えれば所属しておくに越したことはない。
ジョブやスキルなどに適した仕事を割り振って冒険者の死亡率を大きく下げたり、冒険者同士が同じ依頼で衝突する事を未然に防いだりと、ギルド設立前後で冒険者の在り方が大きく変わったという。
その中の一つ、オータム支部のギルドの受付嬢は、冷たい目でエリックを見ていた。
「失敗ですか」
「…………はい」
冷たい声に、ただ頷くことしかできない。
「ホワイトさん、これであなたの依頼失敗数が50回を超えました。しかもEランク仕事だけで」
「……はい」
「うちのギルドにはEランク以下の仕事はありません」
「……はい」
受付嬢の言葉にエリックはただ頷くことしかできない。
このギルドで最も簡単な類の仕事を50回も失敗している。
それは紛れもない事実だからだ。
「はっきり言ってやったらどうなんだ? お前は冒険者の底辺すらこなせないんだってさ!」
「ほんとー、ゴブリン相手に逃げ帰るなんて恥よ恥」
「薬草採取なんか、どうやったら失敗できるのよ。ねー」
声はエリックの後ろから聞こえてきた。
整った金髪、質のいい服。高級そうな皮の靴。腰に差しているのは装飾も鮮やかなレイピアだ。貴族の出自を感じさせる格好をした男と、彼が連れ従う女性達。
「俺ならとっくに冒険者辞めてるぜ。才能のない庶民は大変だよな!」
「よねー。蟲使いとかホント、汚らわしいわ」
「ああ、でもムシだから土にまみれてちょうどいいんじゃない?」
言って大笑いする男女。
他の冒険者たちは遠巻きにそれを見ているが、止める気配はない。それはこの男の出自とジョブを知っているからだ。
カイン・バレッド。このオータムと呼ばれる街の国防騎士御三家バレッド家の子息だ。ジョブは
冒険者をやっているのは道楽のようなものと公言し、好き放題やっている。だがそれが許されるほどの強さを有しており、その強さと貴族と言うステータスに惹かれる女性を取り巻きにしていた。
「はは、そうだね……」
エリックもそんなカインの性格を知っているのか、適度に相手して逃げるつもりだ。触らぬ神に祟りなし。言いたいことを言わせておけば、大人しくなる。受付嬢も不憫に思ったのかエリックに対する言及を避け、押し黙っていた。
「あのあたり、強いモンスターでもいたか?」
「いないいない。ゴブリンかホブゴブリンぐらいでしょう?」
「ゴブリンの住む洞窟があるかもしれないけど……別に討伐依頼来てないしね」
「じゃあいいや。おいムシ、ゴブリンなんかに捕まってこのカイン様の手を輪図割らせるんじゃないぞ。お前の救出依頼なんざ、ごめんだからな」
「そうそう、ムシらしく捕まったらそこで飼われてなさいな。冒険者やるよりいい仕事になるわよ」
そりゃいい、と大笑いするカインとその取り巻きたち。エリックはただ笑って過ごすだけだ。
三〇分ほど笑いの種にされたのちに、カインたちは去っていく。ただ時間つぶしの為にエリックを笑いものにしにきたのだ。
(カインの野郎、性格悪いぜ)
(ああ、でもエリックがあそこまで言われるのも仕方ないぜ)
(何せ蟲使いなんだからなぁ)
(戦闘系スキルがないのになんで冒険者なんかやってるんだか……)
周囲の冒険者はぼそぼそと呟く。言葉は聞こえなくとも、その空気はエリックも確かに感じていた。
「……ホワイト様。これは私個人の意見なんですが」
意を決したかのように受付嬢がエリックに声をかける。
「正直、ホワイト様の実力では冒険者の仕事は危険すぎます。下手をすれば命を落とす可能性もあるでしょう」
受付嬢の言っていることは正しい。冒険者は命を落とす可能性がある。
この世界に存在する魔物と呼ばれる存在。人間に敵対的な存在は、人に襲い掛かってくる。その理由は様々だ。食料にしたり、弄んだり、生贄にしたり――あるいは理由もなく殺されることもある。
冒険者ギルドはその危険度と凶暴性から魔物をランク付けしており、ゴブリンは『人間に攻撃的だが、戦闘スキルを使えばまず負けない』ことから低いランク付けにされている。それでもスキルのない者には脅威であり、事実エリックはゴブリンに勝てない。
それはすなわち、エリックの実力は一般人と変わりないという事でもあった。
「うん、ありがとう。それでも――」
それでもエリックは冒険者を止めるつもりはなかった。
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