「蟲使い……戦闘にも生産にも向かないジョブだもんなぁ」

「はぁ……はぁ……!」


 エリックは森の中を走っていた。

 もう少し詳しく言えば、背後から迫る存在から距離を取ろうと逃げていた。

 森の中を走って乱れた赤銅色の短髪。森を歩く為の服装と二を入れる為のポーチ。特徴めいた身長でもなく、顔だちでもない。『ギリギリ平均値』ともいえる10代後半の人族男性。故に普通の速度で走っていた。

 後ろを振り返る余裕もない。捕まれば手にした武器や石で殴られるだろう。話し合いなど通じるはずがない。何せ彼らにとってエリックは異なる種族なのだから。

 ゴブリン。

 身長1mほどの緑色の肌をした人型種族だ。基本的に粗暴で徒党を組んで行動する。家畜や畑などを荒らし、近隣の村々はその対応の為に腕利きの冒険者を雇う事もある。


(ゴブリン3匹……戦闘系ジョブなら……簡単に倒せるんだろうなぁ……!)

(あるいは野伏系ジョブだったら、森に隠れるとかできるのに……!)


 朦朧とする頭でそんなことを考える。

 だがエリックのジョブは戦闘系ではない。隠密系でもない。だから逃げるしかない。捕まらないように必死になって走る。今のエリックに出来る事はただそれだけだ。

 ジョブ。

 それは神が定めた魂の形だ。それは生まれた時から決定しており、15歳の時に司祭クラスの聖職者から告げられる。そしてジョブにより、様々なスキルと呼ばれる強さが発生するのだ。

 例えば戦士系ジョブ。剣使い、斧使いといった特定武器を扱うジョブはそのジョブに応じた<武器習熟ウェポンマスタリー>系を覚える。モンクのような格闘系は<チャクラ>などの肉体強化系スキルを。レアジョブである修羅道などはカタナと呼ばれる武器で首を刎ねる<一刀両断キレヌモノナシ>といった即死系スキルが得られるという。

 そういったジョブになった者は、街の領主から衛兵などにスカウトされることもある。ジョブのレアリティが高ければ、国王レベルからのスカウトもあるとか。平民が騎士や宮廷魔術師になり、国を動かすことも十分にあり得る。

 あるいは立身出世を目指して、冒険者と呼ばれる主を持たないスタイルで戦う者もいる。自らの国を興そうとする者、竜退治の英雄ドラゴン・バスターを目指す者、魔王を倒し勇者の称号を求める者。その可能性と夢は世界の広さと同じだけある。

 ジョブで人生が決まるというのはそういうことなのだ。戦いに向いたジョブなら戦いに、生産に向いたジョブなら生産に。そしてその道を究めることで、文化が発展していく。人生の向き不向きがハッキリとしているため、この世界の人々は己の将来をジョブで決めることがほとんどだ。

 ――そう、ほとんど。

 エリックはその例外的存在だった。


(蟲使い……戦闘にも生産にも向かないジョブだもんなぁ。精々養蚕か養蜂ぐらいか。――っ!?)


 衝撃が体中を襲う。視界がぐるぐると回り、そして最後に大きな衝撃。

 どうやら、斜面を転がり落ちたようだ。体中擦り切れだらけ。打撲で体中が痛いが、幸いにして骨が折れている様子はない。


「はは……。ゴブリンも諦めてくれた、かな? ラッキー……」


 痛む体に鞭打って、起き上がるエリック。

 斜面を登るのは難しそうだ。山を迂回すれば、夜までには街には戻れるだろう。エリックは方角を確認しようと、カバンから磁石を取り出――


「ええええええ!?」


 カバンには大きな穴が開き、中には何も入っていなかった。ロープや食料と言ったモノや山を歩くための装備、そして……。


「『フレイムタケ』も……ない」


 言って肩をすくめるエリック。

『フレイムタケ』……それを採取することが、エリックの冒険者としての依頼だ。錬金術の材料になるとかで、危険度も低く冒険者なら誰でもできる仕事だ。

 そう、冒険者なら誰でもできるのだ。


「はぁぁぁぁぁ……。これで今月4度目の失敗か……」


 自己嫌悪に陥るエリック。依頼失敗の情けなさとそれに対する周囲の批評を想像し、さらに鬱になる。


「とにかく、帰ろう……。ええと方角は……」


 エリックは近くを飛んでいるハチを見つけ、視線をそちらに向ける。

 自分の意識の中にある霊魂エーテルを意識する。それがジョブの根幹。神が定めた魂の形。この世界全ての存在が持っているモノだ。

 そこに伸びた枝葉の一つに触れるように、意識を伸ばす。触れた瞬間に霊魂エーテルが世界に干渉していく。それは使用者の肉体に影響したり、他者の傷を癒したり、魔法的な元素に影響したりする。それがスキル。スキルとは個人の霊魂エーテルが世界に干渉する行為そのものなのだ。

 そして今エリックが使ったスキルは――

 

(<感覚共有シェアセンス(虫限定)>……発動)


 近くのハチと感覚を共有し、ハチ同士の情報伝達を読み取る。ハチは太陽の方角を体内コンパスで感じ取り、飛び方やフェロモンでそれを伝えるという。エリックはそれを読みとり、太陽の方角を知る。


「えーと、この時間の太陽があの方角で……街はあっちか。……帰るころには日が沈んでるなぁ」


 街の門が閉まる前に帰れるかギリギリだ。

 近くにある棒を杖代わりにして、エリックは帰路へとつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る