その136:急転!ラバウル迎撃戦 南海の死闘・蒼空の熾戦 その12
「くそ!! ジャップが!!」
バーン中尉はマシンガンの様に悪態をつきながらも、フットバーを蹴り込む。
彼の飛び立った母艦であるサラトガが闇の中に浮かび上がっていた。
照明弾の投下だった。日本機が回り込んで照明弾を投下したのだ。
上空に上がっていたF4Fはバーン中尉、ノット大尉の機体を合わせ8機。
パイロットの技量を考えるとこの数が限界に近いモノだった。
敵機は20前後だ。
8機という機数は決して少なくはないが、万全とも言い難い機数だった。
1943年のこの時点で、アメリカは、戦闘機が夜戦で使用できる機上レーダを実用化はし
ていた。
センチ波で敵戦闘機を探知できる機上レーダのモノは出来ていたのだ。
ただ、それはこの戦場にはない。
それなりに重量物であること。
数が揃えられないこと。
レーダ操作の訓練の時間がないこと。
母艦からのレーダ誘導で対応可能と判断されたこと。
理由はいくらでもあるだろうが、現実はいきなり彼らにとって厳しい局面となる。
母艦のレーダ誘導が、誘導すべき高度を間違えていたのだ。
彼らがそれに気づいた時には、すでに日本機は攻撃レンジに突入していた。
バーン中尉はコクピットの中で呪いの言葉を吐きながら、機体を降下させていく。 ジャッ
プを生かして帰す気など微塵もない。
「バーン中尉、第二小隊はエミリー(二式大艇)を叩け! こっちはベティー(一式陸攻)を
殺(や)る!」
ノット大尉の声が電波に乗ってバーン中尉の耳朶を叩いた。
「了解!」
彼は短く答えると、鳥のクソのように、照明弾を落としているエミリー(二式大艇)に向か
う。
同士討ちを恐れ、空母の対空火器が射撃を停止する。
エミリーは悠然と飛行し、対空射撃によるダメージなど受けていないようだった。
吊光弾の輝きが、巨大な四発機を闇の中に浮かびあがらせていた。
自分の落とした吊光弾の光が、闇を剥ぎ取り、巨体を露わにしていたのだ。
「叩き落としてやる! ジャップ!」
バーン中尉は、スロットルを叩き込む。
バックミラーに僚機が映っていることを確認する。
吊光弾のおかげでよく見えた。
軽量化されたF4F-5が1200馬力を発揮するツインワスプエンジンにグンッと引っ張
られ加速する。
低空における、加速性能では最新鋭のF4Uにも劣らぬ切れ味を持っている機体だ。
バーン中尉は、機銃発射ボタンに指を置く。
敵の生み出した光の中で巨鯨のような機体が浮き上がり、ぐんぐんと大きくなっていく。
エミリー(二式大艇)からは真っ赤な火の玉のような火箭が何本か伸びてきた。
馬鹿でかい大砲みたいな機銃だ。ジャップはやたらとデカイ機関砲をのせやがる。彼はそう
思う。
ただ、全く以て下手くそな射撃だった。当たる気がしないのだ。
威嚇のために弾をまき散らしているような感じだった。
バーン中尉は、機体が滑らぬように軸線を合わせる。
彼は照準器からはみ出そうなほどの距離までF4Fで接近する。
「死ね、ジャップ」
彼は口元に笑みを浮かべ、その指を押しこんだ。
◇◇◇◇◇◇
「くそ!! アイツら…… くそ……」
一式陸攻隊の指揮官である持丸大尉が呻くような声で言った。
握りしめた拳から血が滲み出そうだった。
照明弾を落としていた二式大艇は、敵戦闘機に滅多撃ちにされていた。
最初に翼から出た火は消火装置によって鎮火された。
しかし、続けざまの攻撃で、再び機体は火炎に包まれる。
日本機の中では破格の防御力を持つといわれる二式大艇であるが、いくらなんでも撃たれ過
ぎだった。
それでも、まだ彼らは照明弾を落とし続けていた。
吊光照明弾がまた一個投下された。
火だるまになりながらも任務を遂行する二式大艇――
持丸大尉には、火の鳥が最後の力で、己の子を産みだしているかのように見えた。
その照明弾が最後だった。その巨大な機体は力尽きたかのようにガックリと機首を落とす。
そして、炎に包まれながらくらい海面に向け突っ込んでいった。
バラバラと火の子を飛ばしながら、炎の尾を曳き南海の空から消えていく。
しかし、その働きは無駄ではなかった。
少なくとも持丸大尉は無駄にする気はなかった。
海面が光に照らされ、2隻のアメリカ航空母艦が黒く浮き上がる。
巨大な煙突を突き出した大きな空母。そして、それよりも小ぶりな空母だ。
先ほどまで盛んに撃ち上げていた対空砲火は止まっていた。
つまり――
一式陸攻の機体が鉄槌でぶん殴られたかのように震えた。
そうだ。敵の戦闘機が攻撃を仕掛けてくるということだ
同士討ちを避けての対空砲の停止だ。
「被害報告!」
「右翼に被弾! 火災発生なし!」
いつまでも、墜ちて行った二式大艇のことを思っている場合ではなかった。
下手すればこっちも後を追うことになる。
「高度保て! 低く!」
夜間にも拘わらず、海面を這いつくばる様に一式陸攻は突っ込む。
現在の機体は、初期型に比べ相当に防御力を上げている。
以前の一式陸攻であれば、とっくに火だるまになって爆散していたかもしれない。
「5番機、自爆! 海面に――」
「かまうな! 突っ込む!」
犠牲ゼロなどあり得ない。
夜間雷撃は、敵に対し1000メートル以内に接近することが必中の条件だ。
機体はプロペラが飛沫を上げるのではないかという高度を飛んでいる。
地上で補正してあった高度計はマイナスを示している。
夜間雷撃に入る一式陸攻が散開し、目標めがけて突っ込む。
機速は180ノット(時速333キロメートル)を超えている。破格の高速雷撃といってい
い。
この速度で敵主力艦に雷撃を行えるのは1943年時点では日本海軍くらいなものであった
。
同時代の米軍のMk.13航空魚雷は、150ノット以上で投下した場合、まともに動くの
は30%程度だった。
「敵空母発砲!」
停止していた対空砲火が再開。
周辺の空気ごと切り刻むかのような射撃が続く。
ビリビリとジュラルミン製の機体が震え、軋み音を上げていく。
対空砲火の爆発音の中で、ただ力強く火星エンジンが唸りを上げていく。
「射(てぇ)――ッ!!」
持丸大尉が叫ぶ。
200キロを超える高性能炸薬の詰まった精密機械が切り離される。
1トン近い重量物が切り離され浮かびそうになる機体を操縦士が抑え込んでいく。
その間も、空中では連続する爆発が続いた。
放たれた魚雷の内部ではそのメカニズムが起動する。ジャイロが高速回転し姿勢を制御する
。
当時あらゆる面で世界最高の技術を誇ったドイツ第三帝国すら技術提供を望んだ兵器――
91式航空魚雷改3が、海中を直進する。
海流や波の影響をキャンセルし、目標に向かい一直線に進む。
ただ水中を直進するというだけのことであるが、それには凄まじく複雑なフィードバックシ
ステムが組み込まれている。
「右エンジン被弾!!」
ジュラルミンの破片が陸攻の機内に飛びちる。
同時に機体が傾いた――
そして南海の海に、巨大な水柱とそれ比べればささやかな飛沫が上がった。
ただ、どちらも日米の若者の命を飲み込んだ事では同じだった。
ラビを飛びたった日本海軍の夜間雷撃隊は空母レンジャーを仕留めた。
そして、攻撃に出た機体の一式陸攻21機、二式大艇1機の内14機が未帰還となった。
◇◇◇◇◇◇
「長官! 敵索敵撃墜確認しました」
その報告を薄笑いを浮かべた布袋のような表情で聞く提督――
山口多聞中将だった。開戦時の少将から昇進し今は中将となっていた。
その一見柔和ともいえる表情からは想像出来ない程の常軌を逸した闘争心を持った提督だ。
人殺し多聞丸の異名を持つ男であった。
「通信は?」
「30秒ほどです。敵の通信を確認しています」
「こっちが先に見つかったってことか……」
考え込むようにして山口多聞中将は言った。
それだけの時間通信をされていたのだ。敵に位置を掴まれたと判断すべきだった。
空母戦において、最も大事なこと――
先に敵を発見しそして叩くこと。
その為には索敵が最重要なのである。
しかし、その索敵で先手をとられたのだ。
彼の気性は苛烈で、骨の髄まで戦争のために生まれてきたような男だ。
ただ、その頭脳は決して粗雑ではない。
勇猛なだけの人間に機動部隊を預けるほど、帝国海軍は能天気ではない。
ラバウル北方海域に敵機動部隊が存在するのは確実だ。
新鋭のエセックス級空母を含む正規空母3隻以上の艦隊であろう。
対する第二航空艦隊は、翔鶴、瑞鶴、飛龍の34ノット以上の高速を誇る正規空母を中心と
する機動部隊。
これに、歴戦の軽空母、龍驤、祥鳳、瑞鳳が戦闘機中心の搭載で守りを固めている。
もし、敵が軽空母を――
低速の商船改造空母であっても、後方に展開しているのであれば、運用機数は互角とみてい
い。
そして、先手を取られた。
問題は、今の時間帯――
今攻撃をするということは、完全に夜襲となるということだ。
アメリカ海軍の航空隊にそれが可能かどうかという問題だ――
彼はその考えを「愚問だな」と思い切り捨てる。
夜間であっても攻撃してくる。
「上空直掩機を上げる準備を進めておけ。ありッたけだ。来るぞ――」
夜間攻撃はこちらも考えていたことだ。
日本海軍が出来ることを、アメリカ海軍に出来ないと考える根拠はなにもない。
特に、日本側が問題を抱えながらもやっと運用している機上電探などでは、アメリカの方が
先を行っているはずだ。
「南雲さんは――」
「おそらくはこちらに向かっているはずです」
第一航空艦隊を率いる南雲忠一中将はラバウルを砲撃した戦艦攻撃に戦艦部隊をぶつけた。
空母を含む高速艦隊を切り離して、こちらに向かっているのだろう。
電波封鎖ではあるが、その程度の動きは読める。
「間に合うかな……」
山口多聞は海図を見ながら、推測する。
南雲忠一旗下の機動部隊は、空母赤城、加賀に、商船改造の隼鷹、飛鷹を中心としている。
運用できる機体の数は多いが、比較的足が遅い。
最速の赤城にしても、今のコンディションでは30ノットでるかどうかということだろう。
本来であれば集中運用すべき空母をアメリカは2つに分けて動かしている。
その結果、こちらも、数的な優位にあった機動部隊を分割せざるをえなくなった。
しかも、一方は戦艦を突っ込ませるための上空警戒と囮という役割で使ってきた。
奇策ではあるが、かなりバランスを逸した戦術と言える。
ただそのために、こちらの艦隊も翻弄されていると言ってもいい状況になっている。
現状のイニシャティブは米海軍に握られているといってもいい。
山口多聞の精緻な頭脳は今の戦況をざっと整理したのだった。
「こりゃ、キツイ戦になりそうだ」
東京生まれ東京育ちの提督は、目深にかぶった帽子の奥の目を光らせ小さくつぶやいた。
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