その135:急転!ラバウル迎撃戦 南海の死闘・蒼空の熾戦 その11
巨大な水柱が二本――
どす黒い海面を擾乱し破壊エネルギーが海水を天空に突き立てる。
「やったか!」
血まみれの顔が獰猛な笑みを浮かべていた。
霞む彼の視界の中、しかし確実に二本の水柱を認めていた。
すでにその場で立っているのは彼を含め数人だった。
艦橋は火だるまとなり、鉄くずとしか形容できない場所と化している。
前部の12.7サンチの砲塔は原形を留めていない。
もう、元が何であったのかすら分からない状態で炎の中にあった。
艦橋上部は九四式方位射撃装置搭より上部が吹き飛んでいた。
火災による煙が無ければ、南海の夜空が見えたであろう。
アメリカ戦艦部隊に突撃を敢行した第二水雷戦隊――
他の艦がどうなっているのかは分からなかった。
ただ陽炎は無数の六インチ砲、五インチ砲に薙ぎ払われていた。
缶室、機関室、操舵室もやられてはいるが、まだ辛うじて生きていた。
そして、無理やり人力で動かしたひとつ残った牙を突き立てたのだ。
九二式魚雷発射管より射出した酸素魚雷が、アメリカ戦艦を田楽刺しにした。
すでに電力による明かりを失った艦橋はただ炎に照らされていた。
南海の海に松明のように燃え上がる陽炎。
さらにそこに鋼と炸薬の返礼が次々と送り込まれていった。
◇◇◇◇◇◇
「バカな!」
あれだけの数の優位を誇っていた前衛部隊が、どうして抜かれたのか――
その思いが一瞬だけ脳裏をよぎる。 しかし、彼は戦艦の艦長であった。
アメリカにとっても貴重な新鋭戦艦「ノースカロライナ」の艦長だ。
今なすべきことは、ふがいない味方に悪態をつくことではなかった。
なんとしても、この戦場で生き残ることだった。
「被害報告!」
「右舷前部、および機械室に被雷! 浸水、激しいです。傾斜15度」
急速に艦が傾いていくのは分かっていた。
ただ、艦橋にも電力は供給されており、配電システムに問題が無いのは救いだった。
すでに前部火薬庫には注水を完了している。
ここに火が入っていたら、いかに戦艦ノースカロライナとはいえバラバラになって、海の底に向け進撃していたかもしれない。
上部甲板の火災も鎮火の見込み有の報告が入っている。
「右舷注水! ダメコンチームには防水作業を急がせろ! 鎮火作業もだ!」
「敵駆逐艦、撃沈――!」
本来であれば少しは溜飲が下がるべき報告。しかし、それどころではなかった。
今も、敵戦艦からの砲撃は続いている。
「至近弾! 右舷第二両用砲使用不能――」
海水が引っ掻き回され、神に挑むかのような搭が林立する光景。
この世の終わり―― 黙示録の世界――
「ふざけるなよッ ジャップ! そう簡単にはやられ――」
戦艦ノースカロライナ艦長の叫びがそこで途切れた。
巨大な破壊音と衝撃波に上書きされ、掻き消されていく。
大気が固形化し暴力的な塊となり、戦艦の上部構造物にダメージを与えている。
そのとき、もし間近でノースカロライナを見たモノがいれば。
司令搭の16インチ(装甲板)がぶち抜かれ、巨大な穴が穿たれた瞬間を見たかもしれない。
そして、一瞬の間を置いての爆発。
46サンチ一式徹甲弾という名の凶器。
特殊鋼と高性能炸薬の充填された破壊の切っ先が紙のように装甲を貫き、遅動信管を作動させたのだ。
実戦で想定される砲戦距離で、この砲弾を防げる装甲を持つ戦艦は太平洋――
いや、地球上に存在しなかった。
当初条約継続を前提とし14インチ砲(36センチ)搭載を前提としていたノースカロライナは、若干ではあるが装甲防御に弱点があった。
ただ、それが仮に当初から16インチ砲搭載を想定し、それに対応する防御であったとしても、その運命は大差なかっただろう。
それはすでに、この海域で証明されたことだったからだ。
◇◇◇◇◇◇
「敵、四番艦、大爆発―― 炎上。沈みます」
戦艦大和の松田艦長はその報告を聞いても表情を変えなかった。
決して一方的な戦では無かった。
戦艦山城だった「艦隊防空艦」から飛び立った零戦により 上空の制空権を確保した。
そして、零式水上観測機による射弾観測、修正を行っている。
光照明弾は闇を照らし、敵を浮かび上がらせている。
そして今はその必要もないほど、数隻の戦艦は炎を上げているのだ。
優位はこちらにあるはずであった――
しかし――
「アメリカも必死ということか―― 強いな……」
松田艦長は言った。
言葉を文字だけで見れば「
しかし、その語調はそのような思いとは全く無縁のモノであった。
敵の強さを認めつつ「絶対に負けぬ」という強固な意志を示す言葉だった。
「二番艦が間に合っていれば―― まあ、詮無いことだが」
戦艦大和の姉妹艦となるはずであった二番艦――
戦艦武蔵――
本来であればすでに就役しているはずであったが、戦争の様相の変化がそれを送らせていた。
対空兵装の強化、電探の装備。
そして、バイタルパートを守る410ミリの傾斜装甲板を支える構造材の問題を解決する改造を行っている。
傾斜20度の410ミリ装甲板は実質500ミリ以上の装甲防御と同等だった。
しかし、それを支える支持構造に問題があったのだ。
武蔵ではこの問題を解決すべく構造の見直しを行い、工事を行っている。
大和にもいずれは行われる予定となっている。
今のところは応急的な対策だけが行われている。
それでも、大和は信じられぬほど強固な戦艦であった。
彼女は敵のSHS(スーパーヘビーシェル)と呼ばれる砲弾重量を増した16インチ(40センチ)砲弾の直撃を2発喰らっていた。
1発はバイタルパートに張られた中甲板の230ミリMVC装甲板を抜けず砲弾が砕かれた。
それでも、高エネルギーの弾片は兵員室、分隊長室を破壊し、上部の対空砲火群をスクラップに変えた。
しかし、戦艦としての戦闘力をなんら奪うことはできなかった。
もう一発は前部の錨鎖を吹き飛ばし、最上甲板に張られた50ミリのCNC鋼板をぶち抜き爆発した。
そのため火災が発生したが、泡沫式の消火システムですでに消しとめられていた。
大和を含めた聯合艦隊の艦艇に標準装備され、応急に大きな威力を発揮すると期待されていたものだ。今のところ、その期待に応えている。
被害はゼロではない。
40センチクラスの戦艦の砲弾が命中し被害が無いということは、流石の大和でもあり得ない。
この砲弾のため貴重な兵員の命が奪われている。
ただ、大和という海上決戦兵器の機能はなんらダメージを受けていなかった。
「金剛離脱――」
伝令の声が響いた。
金剛は、36サンチ砲を搭載し実測で30ノットを誇る高速戦艦だ。
しかし、狭い海域でのぶん殴りあいでは荷が重かったようだ。
彼女は急速に戦場を離れていく。
日本海軍にとって30ノットを出せる金剛型戦艦は、ある意味、大和型に劣らぬほどに貴重な戦力ともいえた。
「ぬっ――」
松田艦長は敵の動きが大きく変わったことに気づいた。
「敵―― 離脱していきます」
彼の思いと同じ報告がなされた。
明らかに敵は戦場海域の離脱を開始していた。
松田艦長は、時間を確認する――
「空母の傘に逃げ込む気か――」
敵戦艦群は徹底的とはいえないまでもラバウルへの砲撃を一応成功させた。
そして、日本の戦艦との殴り合いで相応の被害を与えたと判断したのか……
敵艦隊はラバウルのあるニューブリテン島から急速に南下を開始し始めた。
「真っ直ぐ南下するならいいが、ニューアイルランド島を回り込むとしたら……」
松田艦長は海図をみやる―― 敵空母は北にもいる。
敵空母は2群確認されている。
ラバウル北方と南方だ。
南の機動部隊は、おそらくサラトガ1隻のみとなっているはずだった。
しかし、北はまだ状勢が分からなかった。
昼間、ラバウルに航空攻撃を仕掛けてきた機動部隊。
そちらは、かなり有力な部隊とみられている。
結果として、大和を中心とする戦艦部隊は深追いを避けた。
それは、北方の敵機動部隊の脅威というよりは、燃料問題の方が大きかった。
未だに聯合艦隊の動きを掣肘しているのは、燃料の問題であったのだ。
「後は、人殺し多聞丸か……」
聯合艦隊の再編された機動部隊の内ひとつ、第二航空艦隊の空母がその海域に向かっているはずであった。
◇◇◇◇◇◇
二式大艇は闇の空を青白い排気炎を見せながら、飛行していた。
本来であれば、一度入念な整備を行ってから作戦を実施するべきだと峰長大尉は思った。
いかにカタログ性能が優れた機材であっても、無理な運用をしていけば、そのつけはどこかで出てくる物だ。
できれば、エンジンだけでも入念な整備を行った上で出撃したいとは思っていた。
高性能高出力を叩きだす火星エンジンの完成度は高いといえる。
しかし、それでもそれは精密な機械なのだ。
1日で何度もの長距離飛行は、それだけでエンジントラブルのリスクを上げていく。
ただ、今のところ飛行は安定していた。気象条件も悪くない。
操縦は岡本副操縦士が行っていた。
峰長大尉は、飛行艇内に持ち込まれた吊光照明弾を見やる。
1発が40キログラム。
それを12発搭載している。
一式陸攻による敵空母の夜間攻撃を支援するためだった。
本来であれば、一式陸攻一機がこの任務に割り当てられるはずだった。
ただ、攻撃機数を一機でも増やしたいというラビ基地司令部の思惑が、彼らをこの空に飛ばせていたのだった。
「電探機があると言っても、見張りを怠るな!」
峰長大尉は声を上げた。
集中力の欠如は空の任務では致命的なことになりかねない。
確かに、搭乗員に疲労はある。しかし、それを理由に命令を拒む気は彼には無かった。
そもそも、この戦争自体、日本という国家が無理に無理を重ねて何とか遂行しているものなのだ。
「こっちが苦しいときは、敵も苦しいか……」
峰長大尉は何度ともなく口にし、それ以上に耳にした言葉をつぶやいていた。
とにかく、手を抜く気はない。
目の前の敵を無事に帰してはいけない―― その身に恐ろしさを刻み込ませてやる――
日本海軍航空隊がどのような存在であるのかを、身をもって知ってもらわねばならないのだ。
「陸攻の電探、こっちにくれませんかね」
岡本一飛曹がおどけたように言った。
本来であれば、長距離哨戒任務。夜間哨戒任務を行う、二式大艇にこそ必須の機材であった。
ただ、まだ機上電探は安定してないという噂もある。
特に高度3000を超えると途端に不安定になるとのことだ。
実際、今彼らはそれを証明するかのような高度で飛んでいた。
ヌルヌルした墨を流し込んだような海面だけが眼下に見えている。
ただ、航跡は夜光を反射する。決して目視でも発見不能ということはない。
「電探機から入電、敵空母らしきもの感あり。方位30、距離10――」
峰長大尉は「ほうっ」感心した声を口の中で上げていた。
今までは信頼性の不安やら、安定しないという声ばかりが聞こえていたのだ。
それが、実戦で敵を発見したのだ。中々、使える機材ではないかと彼は思ったのだ。
先行する電探搭載の陸攻が緩やかに弧を描くのが、赤と緑の左右の翼端舷灯で確認できた。
二基の火星エンジンの排気煙も視認できた。
程なくして、二式大艇からも敵空母が視認できた。
「光が漏れているじゃないか……」
峰長大尉は眼下の空母を見下し言った。
空母は二隻。おそらくは、サラトガ、レンジャーであるとみられている。
小さな方の空母がレンジャーであろう。その空母から灯りが漏れているのだ。
優れた点が強調される開放式格納庫の数少ない欠点。
夜間、格納庫整備の際に、灯りが外に漏れるという問題がここで、致命的となった。
「回り込むぞ!」
「はい!」
夜の空を飛ぶ巨鯨のような、二式大艇が加速する。
先行し吊光弾を落とす。陸攻の雷撃を成功させるためにだ。
21機の一式陸攻が攻撃態勢に入るため、高度を落としていく。
その腹には、弾頭炸薬量200キログラムを超える航空魚雷を抱いている。
巨鯨が闇の海の中で弧を描き、アメリカ空母の背後に回り込む。
完全な挟撃体制だった。
「落とせ! 吊光弾落とせ!」
峰長大尉の命令で、取り外した側方銃座の窓が開放され、ふたりがかりで吊光弾が投げ出された。
吊光弾は風を切って落下し、落下傘を開く。
高度1500メートルから投下された零式吊光照明弾が、光を放った。
100万燭光の輝きが闇の底の空母を浮かび上がらせた。
その輝きは、血の生贄を求める海の神にそれを知らせる儀式の光のようにも見えた。
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