その134:急転!ラバウル迎撃戦 南海の死闘・蒼空の熾戦 その10

「戦闘とは想定外の不確定要素をいかに乗り越えるか……か――」


 ウィリス・A・リー少将は旗艦アイオワのCIC(戦闘情報指揮所)でその言葉をつぶやく。

 不確定要素の排除のために必須なこと。徹底的な敵情報の分析。

 それが、果たしてなされていたのか。ふと、そのことを思う。


 如何に優秀な情報部門が、暗号の解読にほぼ成功していたとしても、流動的な戦場では不確定な事態が発生する。

 つまり、今のようにだ――


「SG(シュガージョージ)が無きゃ危なかったな」


 最新鋭 対水上見張りレーダーであるSG(シュガージョージ)のPPIが敵の存在を捉えた。

 そして、その情報はすでに射撃管制情報へと変換されてはいた。

 しかし、先手を取ったのは日本海軍だった


 ラバウル砲撃中であったため、地上用榴弾を装填していたアメリカ戦艦はその変更の時間分だけロスをした。

 その結果、日本側からの砲撃が先手となった。


「敵の目も優秀ということだ――」


 リー少将の率いる戦艦部隊、第64任務部隊の周囲に巨大な水柱が林立する。

 日本海軍の砲弾のエネルギーが、黒藍の海水を天に突き上げていく。

 闇の底にあった海面に巨人の拳が叩き込まれたかのようだった。


 命中弾は無かった。挟叉もされていない。

 

 砲弾の散布界が狭すぎるのではないか――

 アメリカ海軍きっての砲術の権威はそのように思った。

 狭い散布界は、より正確な照準が要求される。

 網の目は細かいが、狭い投網のようなものだ。


「殴り合いなら負けぬ――」

 

 レーダーからの敵目標情報がCICに集まっていく。

 敵戦艦は5隻―― こちらは6隻だ。数はほぼ互角だ。


 敵駆逐艦による夜間強襲はなんとか防いでいた。

 まさか、両弦からの挟み撃ちという最悪に近い形になっていたが、護衛する艦艇の数でなんとか凌いでいる。

 まだ、油断はできなかったが――

 後方から回り込んできた日本海軍の駆逐艦部隊は、小規模な戦力ながら恐るべき粘りを示している。

 

(どんな男が指揮している――)

 

 リー少将は、ふと思う。ソロモン海でアメリカ海軍を翻弄し続けた敵の提督の名が浮かぶ。

 ただ、彼の本当の敵はその男ではない。

 日本海軍の戦艦。それを叩き潰し、この海域を離脱する。

 北方へ抜け、ハルゼー中将指揮下の新鋭空母エセックス級2隻を中心とする機動部隊の傘の下に入る。


 彼らもまた日本の機動部隊との戦闘を展開しているようであった。

 ただ、情報が錯そうし、詳細が掴みきれない。


「サラトガ、レンジャーからの上空掩護機は?」

「こちらに向かっていますが―― しかし……」


 彼らの後方に展開する空母サラトガ、レンジャーの2隻を中心とする機動部隊は夜間雷撃の攻撃を受けた。

 サラトガからの発艦は可能とのことだが、レンジャーの状況は不明だ。芳しくはないだろう。


「照明弾です!」

「叩き落とせ! 対空砲、全砲門を向けろ!」


 上空には敵の観測機が舞っていた。

 連続して照明弾を投下し、こちらの位置を闇の底に浮き上がらせていた。

 ラバウル上空の着弾観測をしていた観測機を敵艦に向かわせたが、すでに連絡がとれていない。

 日本軍も必死なのだ。


 電波兵器の優越はある。

 各艦は、最新の主砲射撃管制レーダーであるMk3を装備している。

 ただ、この状況は、その優越を帳消しにしつつある。

 

 しかし――


「俺にも後は無い」


 彼は、その言葉を口の中で呟く。


 戦艦2隻による奇手ともいえるポートモレスビーへの砲撃成功。

 しかし、敵潜水艦の攻撃により戦艦ワシントンを失った。

 敵勢力圏内で航行能力を喪失し、自沈を決定したのは彼だった。


 成功と失敗――

 彼に対する評価は、アメリカ海軍内でも様々だった。

 戦艦ワシントン自沈に対する判断に批判の声は少なくない。

 その戦場にいなかった人間が後だしじゃんけんで「ああだこうだ」と言っているだけかもしれない。

 しかし、16インチ砲9門の戦艦はアメリカ海軍にとってもおいそれと失っていいものではない。

 それも、また事実だった。


 ウィリス・A・リー少将は戦艦部隊の指揮官としては得難い人材だった。

 アメリカ海軍きっての砲術の権威。

 キャリアを積んだ指揮官を「明確な失態」が無い状態で更迭できるほど、アメリカ海軍には余裕が無かった。

 結果、彼は今も戦艦部隊を率いている。


 アメリカ合衆国という巨大な生産システムを実現した国家はその能力をフル稼働している。

 それは、打ち続くアメリカ海軍の敗北がもたらしたものだった。

 なんとも皮肉めいたものを、リー少将は感じてはいた。


 祖国、アメリカ合衆国はこの戦争に負けぬだろう――

 彼はそう思う。

 しかし、アメリカ海軍という組織は追い詰められていた。


 敵である日本海軍にも――

 そして、国内世論にも――

 さらに、政治的にもだ――


 欧州戦線の重視は連合国のドグマといってもいい。

「ドイツさえ倒せば、イタリア、日本など自然に枯れる」という考えが根本にあった。

 そして、最有力の同盟国であるイギリスにとっての最大敵はドイツなのだ。


 イギリスは日本に短期間で植民地を蹂躙された。

 イギリス海軍はかつての弟子であったアドミラル東郷の末裔に全く歯が立たない。

 インド洋に展開する艦隊は、マダガスカルにまで下がっているのだ。


 イギリスは「ドイツ第一」を主張しながらも日本海軍のインド洋進出を食い止めてほしいとアメリカに懇願している。

 いや―― 要求なのかもしれないが。

 それは達成されているのだ。

 有力な日本海軍がインド洋に進出できないのは、ソロモンでアメリカが圧力を加え続けているからだ。


 だからこそ、イギリスは「欧州重視」を声高に叫ぶ。

 アメリカ海軍の若者が血を流し、日本海軍を食い止めているからだ。


 インド洋に進出できない日本の脅威は、イギリス本土に対し直接的な軍事的圧力がかけられるドイツとは度合いが違う。

 

 そして東部で戦闘を続けるソ連は第二戦線を作り上げろと再三要求している。

 ありったけの戦略物資の供給を受けながらも、更なる要求を続けている。


 アメリカ合衆国は同盟国の手前「欧州重視」の姿勢を見せ続けるしかない。

 表面上はだ――


 しかし、多くの戦争のためのリソースは徐々に太平洋につぎ込まれつつある。

 アメリカの国内世論もそれを後押している。

 アメリカにとっての脅威は、ドイツよりも日本だという世論が大きいのだ。


 だからこそ、このソロモンの海には、戦艦アイオワが存在する。

 更に、北方には最新鋭空母のエセックス2隻が展開しているのだ。


 追い詰められたアメリカ海軍が前倒しで整備した戦力。

 本来であれば、大西洋に持っていくべき海上戦力も太平洋に展開しているのだ。

 それをせねば、日本海軍は止められない。

 

 もし、聯合艦隊がインド洋に展開したら、イギリスはどうする?

 もし、対ソ援助の輸送ラインが聯合艦隊に断ち切られたらどうする?


 イギリスにしてもソ連にしても日本海軍を止める力は無い。

 唯一、この地球上でアメリカ合衆国海軍だけがその力を持っている。


「射撃開始!」


 CICに声が響く。

 キリキリと重い機械音を上げ、巨大な砲身がその身をゆるゆると持ち上げていく。

 

 そして、闇を貫くような稲妻のような閃光が走る。

 照明弾の明かりなど問題にならない眩い光――


 6隻の鋼の巨獣が咆哮を上げのだ。

 合計54門の16インチ砲が、1トンを超える特殊鋼と炸薬で出来た刃を放つ。

 衝撃波と化した砲声が、ソロモンの海を貫く。

 砲煙が夜気を染め、腸(はらわた)をぶち抜くような轟音が海鳴りすら掻き消していく。


 科学の生み出した鋼鉄の怪物が、その兇悪な牙を敵に突き立てようとしていた。


        ◇◇◇◇◇◇


「敵―― 発砲!」

「電探射撃か――」


 伝令の声に、戦艦大和艦長である松田千秋は呟く。

 零式水上観測機を敵上空に展開し、こちらの上空には敵機はいない。

 全て叩き落としたからだ。


「あの山城が役に立っているのか――」


 かつて「戦艦」山城と呼ばれた艦はすでに戦艦ではなくなっていた。


 アリューシャン沖海戦で、敵の砲撃と砲塔の爆発事故で大破した山城は戦艦としての機能を回復することはなかった。

 途中からポッキリ折れた艦橋は更に短くされ、その上に「飛行甲板」が出来あがっていた。


 トラック環礁に停泊していた山城は「やっつけ仕事」の見本のような艦影だった。

 松田艦長も、初めて見たときには「なんだこれ?」と言ってしまったくらいだった。


 空母のような飛行甲板はある。いや、斜めに傾いた飛行甲板まであって、非常にバランスが悪く見える。

 超弩級戦艦「山城」は、もち焼き網のような穴の開いた軽量化された飛行甲板(トップヘビーを防ぐためらしい)を持った「艦隊防空艦」になっていた。

 戦闘機だけを運用する「空母モドキ」だ。


 夜間発艦、着艦が可能な搭乗員は「航法訓練を一切しない」という判断で養成された。

 海軍の中でも反発は大きかったが、上の方で強引に決定がなされたようだった。


 艦隊防空に徹したというか、それしかできない搭乗員と艦隊防空艦の組み合わせが、夜の空を支配している。

 敵上空には零式観測機と、護衛の零戦が舞っていた。


「着弾!!」

「むぅッ」


 天空から槍の雨が降ってくるかのように、次々海面に砲弾が突き刺さった。

 轟音を上げ、水柱が大和周囲にも立ち上がる。


「初弾から、この精度か…… この状況でか……」


 それは、松田艦長の目からみて、散布界がかなり大きなものだった。

 網目は粗いが、大きな網を投げ込むようなものだ。


 先に挟叉されるかもしれない―― 

 チラリと彼はその危惧を感じた。


「距離2800、方位30―― 諸元修正終了。第弐射、撃ち方始め!」 


 射撃指揮所の九八式方位射撃盤改一が、観測機から受け取ったデータを計算する。

 機械式コンピュータの極限ともいえる精緻なメカニズムが敵の未来位置を叩きだす。

 そのデータが、46サンチの3門の巨大な砲塔に伝達さる。 

 セルシンモータが動き、3基の駆逐艦を凌ぐ重量の砲塔が砲門を敵に指向させていく。


 九四式45口径46サンチ砲はその恐るべき破壊力を叩きだす準備を完了している。

 口径46サンチを秘匿するため制式名称では「40サンチ」と命名されている。

 世界最大にして最強の破壊力を持つ艦載砲。

 すでに、揚弾機から1.5トン近い砲弾が揚筒内を通過。

 一式徹甲弾だ――


 装填機が、砲腔内の尾部に巨砲弾を送り込んでいた。

 更に、装薬55キログラムが詰まったアルミ製の火薬缶が砲身内部に次々装填された。

 その数6缶。合計330キログラムを超える装薬である。


 大和の艦内に主砲発射を知らせるブザーが鳴り響く。

 これを無視して、艦上に棒立ちできるのは自殺志願者だけだ。

 

 轟轟轟――

 南海の大気を粉砕するかのような轟音が響く。

 大気が鉄塊と化し、艦上構造物にぶち当たる。

 

 砲口からは、巨砲弾が超音速で叩き出されていた。

 距離28000メートル。


 この戦闘距離で彼女の砲撃を受けて無事でいられる存在は地球上に存在しなかった。


        ◇◇◇◇◇◇

 

 第一航空艦隊に所属する第一戦隊旗艦の戦艦大和。そして、戦艦長門、陸奥。

 第三戦隊の戦艦金剛、榛名。

 

 5隻の戦艦が爆炎を上げ、次々に砲弾を撃ち込んでいた。


 大和の46サンチ砲が9門。

 長門、陸奥の40サンチ砲が16門。

 金剛、榛名の36サンチ砲が16門。


 アリューシャン沖海戦以来の砲撃戦だった。

 こちらの周囲にも無数の水柱が立ちあがる。


 大和の砲撃システムの中枢ともいえる方位射撃指揮所。

 その中で、九八式方位射撃盤装置の双眼望遠を覗きこむ男は敵の技量が上がっていると感じていた。


 大和の砲術長だ。

 砲撃とは大和という人が創りし神に捧げる行為であるという異常ともいえる信念を抱く男だった。

 彼は、アリューシャン沖海戦のときより「敵砲弾に力がある」と思っていた。

 ただ、それは事実としての感想であり、それ以上の意味は無い。

 彼自身が大和の射撃システムのパーツのような男なのだ。

 それも、凄まじく高性能のパーツだ。


「だんちゃーーく!」


 方位射撃指揮所にその声が響く。

 砲術長はその声を淡々と聞いていた。

 15メートル測距儀が水平線の彼方の水柱を捉える。

 照明弾の下に照らされた海面立ち上がる無数の水柱。


 敵戦艦は単縦陣でこちらに戦いを挑んでいた。

 その数は6隻―― まあ、数は互角だと砲術長は思う。


 ただ、この大和の敵ではないという思いはあった。

 砲術長は、九八式方位射撃盤装置の双眼望遠の中で水柱が伸びていくのを見ていた。 


「ほう……」


 小さくつぶやいた。

 周囲に上がった水柱の1本が途中で砕かれたのだ。

 巨大な柱が途中で粉砕された。

 爆発だった。

 敵の先頭から4隻目の戦艦が炎を上げ、大爆発していた。

 

「命中! 命中弾です!」


 伝令員が興奮した声を上げていた。


「また、つまらぬものを貫通してしまったか――」


 彼はそう小さくつぶやいた。


        ◇◇◇◇◇◇


 戦艦ノースカロライナの第一砲塔がぶち抜かれた。

 7インチ(約175ミリ)の砲塔天蓋が貫通された。

 その砲弾は、斜めに16インチ(406ミリ)のバーベットに突っ込む。

 その構造を大きく歪ませた。

 そして遅延信管が作動した。砲弾が給弾システムの中で炸裂する。


 轟という音を上げ、灼熱の爆炎が砲塔の給弾システムの中を吹き荒れた。

 弾薬庫までは辛うじて届かなかったのが幸運だった。

 

 しかし、大爆発を起こし、16インチ砲3門を備えた砲塔が吹っ飛ぶ。

 砲塔は放物線を描き、海面に叩きつけられた。

 大質量の鉄塊がソロモンの海底めがけ沈んでいく。


 約4万トンの巨大な船体が震えていた。

 

 戦艦大和の46サンチ砲の直撃弾だった。

 この戦闘距離ではどのような戦艦であっても防げる装甲などなかった。

 砲撃を喰らえば、それは即、致命の一撃となる可能性が高くなる。


 これにより新世代のアメリカの戦艦――

 ノースカロライナの艦前部はほぼガラクタ同然になる。

 辛うじて司令部は無事であったが、戦艦としての能力は半減に近くなった。


「ダメコン! ダメコンチーム! 消火を急げ! 消せ!」


 火炎の中にアメリカの若者が決死の作業を開始する。

 一瞬で、吹き飛ばされた者の方がまだ幸福であったかもしれない。

 灼熱に身をさらし、火ぶくれを起こし、火炎に対する戦いを開始していた。

 艦が生き残るための戦いだった。


 闇の中、連続する小爆発続き、炎と黒煙が地獄のような光景を作り上げていく。

 日本軍機の落とす照明弾が、黒々した黒煙を浮き上がらせていた。


「右舷! 右舷から敵駆逐艦が来ます! 1隻で突っ込んで来ます」


 見張り員の声が司令部に響く。

 日本の駆逐艦が炎に包まれながらも突撃してきたのだ。

 

(こいつら、狂ってやがる――)


 自分たちの敵――

 日本海軍とは、何なのか?

 まるでこちらの破壊と死だけを望む昆虫めいたシステムのように思えた。


「莫迦な! 前衛部隊は何を―― 沈めろ! 叩き潰せ!」


 ノースカロライナの艦長は叫びが実行される。

 前部が爆炎に包まれながらも、右舷の砲門が駆逐艦に指向する。

 溶鉱炉のような熱と火山の噴火を思わせるような煙に包まれながらも5インチ両用砲が高速の打撃を叩きこんでいく。


「敵駆逐艦転舵! 魚雷! 雷撃です!」


 上部構造物をグズグズにされながらも、その駆逐艦は見事な機動を見せていた。

 そして、日本の駆逐艦のその機動の意味は、アメリカ海軍にとっては悪夢の象徴のようなものだった。

 魚雷攻撃。

 

 気ちがいじみた破壊力をもった魚雷を叩き込んでくるのだ。


「回避! 転舵!!」

 

 雷跡を確認している暇など無い。戦艦は急激な転舵などできないのだ。


 その駆逐艦は魚雷を放っていた。

 九三式61サンチ酸素魚雷――

 青白く光るような兇悪な姿を水面下に潜ませ、50ノットを超える速度で突っ込む。 


 第二水雷戦隊で生き残った1隻――

 駆逐艦陽炎がその最後の一撃を放っていた。


■参考文献

歴史群像 太平洋戦史シリーズ11 大和型戦艦 学研

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