その129:急転!ラバウル迎撃戦 南海の死闘・蒼空の熾戦 その5

「落ちろ! ド畜生がぁぁぁ!!」


 まったくもって海軍士官らしくない叫び声だ。

 しかし、その声は誰にも聞かれることはない。

 清水少尉は、スロットルレバーにある機銃発射釦を押しながら叫んでいた。

 後方確認は問題ない。


 弾道特性が見違えるようになった九九式20ミリ二号機銃。

 そして、陸軍との機材統合の中で搭載が実現した一式12.7ミリ機銃が唸る。


「くそぉぉぉ!! やったか!」


 清水少尉は、悪相といって笑みを浮かべる。

 太い胴体から中翼を生やした山猫(ワイルドキャット)が、その翼をへし折られていた。

 クルクルと回転しながら落下していく。搭乗員が脱出する気配もなかった。


 清水少尉は、ちらりと残弾表示計と燃料計を確認する。


(思ったより撃ったな…… まだいけるか)


 燃料は問題はなかった。

 ただ残弾は、清水少尉が思っていたよりも少なかった。

 しかし、戦闘の続行は可能であると彼は判断した。


「絶対にOPLせいだな。俺のせいじゃねぇ」


 中々弾が当たらないことを清水少尉は照準器のせいにする。

 弾を撃ち過ぎる傾向があったが、彼の射撃が特段下手くそという訳ではない。

 そもそも、空中戦で敵機に弾丸を当てるということが、非常に困難な行為なのだ。

 もし、敵に落す気がなく、逃げることだけを考えていたら、そうそう落せるものじゃない。


 操縦席内で悪態をつきながらも、周囲を警戒する。

 口も悪く、人相も悪いが、清水少尉の腕は一級品だ。ただ、射撃が多少雑な部分があったが。


 改造された20ミリはベルト給弾式となり、一門当たり120発の弾丸を搭載できた。

 開戦当初 ――それでも一年少々前にすぎない―― の零戦21型と比べれば倍の弾数だ。

 更に、防御力のある敵機には、ほとんど効果を感じられない7.7ミリの代わりに12.7ミリが積まれているのもよかった。

 こちらは250発が搭載されてる。それでも、弾丸はもっと欲しいと清水少尉は思う。


(全部合わせて1,000発くらいの弾丸は必須だ)


 清水少尉は思う。アメリカ機相手の戦闘は多数機を相手とするケースが多い。

 しかも、大型機も多く、防弾も異常なほど考慮されていた。

 戦闘機で重要なのは、少ない射撃機会に撃ちこめる弾数と、戦闘継続力を担保する搭載弾数だという思いを強くする。

 彼は何度もそれを上に報告はしていた。


 彼が操る零戦53型は、最新鋭機だ。

 ほぼ、彼が望んでいる方向に進化をしている機体といえた。


「ジャク(未熟練者)が多くなっているのは、敵さんも同じか」


 上空のF4Fの数は多かった。ただ、その飛行はまるで戦技演習のような印象を与えるものだった。

 編隊を崩さず突っ込んで弾を撃って離脱する。単純にその繰り返しだった。

 

 ただ、この戦法は初撃をかわし、優位な体勢を占めると簡単に崩れた。

 ペアを組むことだけに必死なのか、単純な機動しかしない。

 時々、深い角度で降下して逃げる機体があったが、初期加速で優る零戦53型はF4Fを捉えることが出来た。


 かといって、戦況が優位というわけではなかった。

 あまりにも数が多いのだ。


 しかも、ロケット弾による奇襲ともいえる攻撃を受け、完全に乱戦に巻き込まれている。

 陸攻隊の掩護という任務はとてもじゃないが、成功しているとはいえなかった。

 清水少尉はすでに3機の陸攻が落されたのを見ていた。


「アホウがぁぁ!! 死にくされ! この! この! この! ど畜生がぁぁ!!」


 清水少尉の海軍士官としていかがなものかと思わせる叫びと機銃の発射音がハーモニーを奏でる。

 彼は2機目の撃墜を確認する。


「うぉぉ!!」


 フットバーを蹴飛ばし、操縦桿を倒す。

 機体が虚空を切り裂くように左に旋回する。急激な機動(マニューバ)に翼が軋む。 

 横からのGが清水少尉の身体にバンドをギリギリと喰いこませていく。


 今まで彼の機体がいた空間を12.7ミリ機銃弾が青い炎を曳いて通過していく。

 鋼のシャワーのような一撃だった。


 同じF4Fなのだが、機銃の数が違う物が混じっていた。

 飛行特性も搭乗員の腕だけではない、違いが見て取れる。


(6丁か? 機種が同じじゃないのか? かき集めてきたのか?)


 周囲を見やる。見た目は全部F4Fだった。

 新型の高速戦闘機といわれるシコルスキー(F4U)は見当たらない。


 清水少尉は味方の陸攻を発見した。

 傷ついた陸攻がよろよろとよろめくような飛行で空域からの離脱をはかっている。

 高度がかなり低い。右のエンジンが明らかに息をついている。


「くそ! あぶねェ!」


 上空から一直線にF4Fのペアが降下してくる。

 清水少尉も機体をパワーダイブさせる。最大1300馬力を叩きだす金星54型が唸りを上げる。

 推力式単排気管が青白い炎を吐きだし、機体を加速させていく。


 清水少尉の身体をマイナスGが襲う。

 視界が赤く染まり、内臓が浮き上がる。

 機体が軋む。


「うぉぉぉぉぉぉ!!」


 距離は遠い。当たるわけがない。しかし撃ちまくる。

  

「くそ! アホウすぎて、こっちに気づかないのか!」


 敵は撃たれていることを気にしないというより、目の前の一式陸攻しか見てないかのようだった。

 F4Fはそのまま、突っ込み、陸攻と交差する。下に抜けて行った。


 すでに、相当撃たれていた一式陸攻がガクリと機首を落した。

 そのまま、真っ青な海に吸いこまれるように落ちていく。


「くそ馬鹿野郎が……」


 機体を水平に戻しながら、彼は呻くようにつぶやいた。

 強く操縦桿を握りしめていた。

 いったい誰が馬鹿なのか、彼にはよく分からなくなっていた。


        ◇◇◇◇◇◇


「海面が荒れていないのが幸いか――」


 神田飛曹長は、零式水上偵察機を着水させそのまま海面を滑らせる。


(この零式水偵だからなんとかなるか……)


 これが、いつもの零観(零式水上観測機)であればどうか?

 彼は思った。


「神田飛曹長、前方にいます!」

「分かっている」


 救命胴衣で辛うじて上半身を浮かべている人間を彼は確認した。

 慎重に機体を操作し、海面を移動する。

 外洋での救援は、空を飛ぶよりも神経を使う物だった。

 比較的、海上での安定性が高い零式水偵とはいえ、その任務は本来考えられたモノではなかった。

 双フロートの間に、大きな3つめのフロートがあることで、安定性が大きく増している。

 ただ、そのフロートは単に、海上滑走の安定性を増すために増設されたものではなかった。


「大丈夫か!」


 その声に波間に浮かんでいる男が笑ったような気がした。

 どうにも人相の悪い笑みという感じがした。

 しかし、人相が悪いので助けませんでしたという決まりは帝国海軍にはなかった。


 藤田一飛がロープを投げ込んだ。

 それが男のところまで届くまで3回繰り返された。

 そもそも、こういった任務はなれていないし、訓練すら行っていないのだ。

 藤田一飛を責めることはできない。


 ロープを救命胴衣に結んだのを確認し、藤田一飛は男を引っ張る。

 海面をズルズルと引きずられ、男は零式水偵の翼下に到達。

 後は、自力でフロートの上に這いあがった。


「大丈夫ですか!」


 藤田一飛が座席の下の窓を開け、男に声をかけた。

 本来は、魚雷艇攻撃のための窓だ。20ミリ機銃を下に向けて撃つという運用のために空けられている。

 今は、そこを通って、下のフロートまで降りることもできる。


「ブイン基地、204航空隊の清水少尉だ。助かった。ありがとう」

「負傷は?」

「いや、特にない―― クソ、バカ野郎が…… 燃料が切れた…… クソ」


 藤田一飛は人相の悪い男が、礼を言うと急にブツブツ言いだしたのを見て、パタンと窓を閉めた。

 彼は何も見なかったし、聞かなかったことにした。


「藤田行くぞ。もう一度上がって、周囲を見る」

「了解!」


 乗員を3人に増やした零式水偵はゆるゆると海面を加速し、そして舞い上がった。


        ◇◇◇◇◇◇


「結構食われたな――」


 エリック・ノット大尉は開戦以来の相棒であるケビン・バーン中尉に言った。

 護衛空母からレディ・サラ(空母サラトガ)に移りこれが最初の作戦だった。

  

 ヌーメアを出たときには、格納庫にびっしりと詰まっていたF4Fが数を減らしていた。

 肉屋の倉庫の七面鳥のように格納庫天井からびっしりと吊るしてあった機体は無くなっていた。

 飛行甲板と格納庫に置くだけで、普通に置くことができた。

 その機体の間を整備員が走りまわっている。


 すでに陽は暮れ、闇が周囲を支配している。

 閉鎖式格納庫を持つサラトガは、格納庫内で十分に明かりを使うことが出来た。

 これが、開放式だと、光が漏れる。そのため、作戦中の格納庫内の夜間整備は、懐中電灯片手に難儀を極めるものとなる。


「「占い師」も仕事が楽になったんじゃないですか」

「「占い盤」もスカスカか。ヌーメアを出る前には、ノイローゼ寸前になったそうだぜ」

 

「占い師」とは、空母の格納庫の機体配置を考える士官。

「占い盤」とはその時に使う、パズルのような模型のことだ。

 

 どの機体がどこに配置されているか即座に分かるように考えられたシステムだった。


「相変わらず、ジャップの戦闘機は容赦ないな。頭のタガが外れてるんじゃないですか」

「さあな…… 飛行時間300時間程度の連中だが、よくやっただろう」

「航法はできないし、射撃訓練も不十分。ただ、ひたすら空母の発着艦と、連携だけをやってきた連中ですからね」


 ノット大尉は大きく息を吸い込む。鼻からだった。


「俺はそれよりも、格納庫がガス臭かったらどうしようかとドキドキしてたよ」

「魚雷一発ですけどね」

「姉さんのレックス(空母レキシントン)はその魚雷1発で、ガソリンダダ漏れだ」


 バーン中尉は、ノット大尉の言い方に、極めて下卑たジョークを思いついたが、言うのを止めた。

 あまりにも品性が無さ過ぎたと思ったのだ。


「まあ、妹の方は突っ込まれ馴れているから、簡単にお漏らしはしないってことだな。まあ、海軍士官としては―― アレな言い方か……」


 ノット大尉がニヤリと笑って言った。

 バーン中尉はノット大尉のジョークの許容範囲を認識した。

 そして、自分のジョークを言わないでよかったと思った。

 

 要するにサラトガは魚雷攻撃を喰らいまくっているので、気化ガソリン対策もなされているという話だ。

 ガソリンタンクの周囲はセメントで固められ、海水で覆われるようになっている。


「まだ、稼動機は100機以上あるみたいですね」


 バーン中尉は話を変えた。

 ベティー(一式陸攻)とジーク(零戦)の戦爆連合に対し、サラトガへの魚雷1発で済ませたのは上出来といえる。

 駆逐艦にも被害が出たらしいが詳しいことまでは分からなかった。


 戦闘機はかなり数を減らした。落された者もいるが、着艦訓練をやりまくったせいか、事故機は比較的少なかった。

 戦闘喪失以上に戦力を削るのは、着艦時の事故だ。それが抑えられただけでも大きかった。

 

 発艦訓練も十分に行い、通常1機あたり15秒~30秒かかるのを、平均で12秒の発艦までに短縮させた。これだけの戦闘機を、運用できたのは、アメリカ海軍の柔軟な応用力と、若者の努力の成果であるとノット大尉は思った。

 

「サラもレンジャーもなんとか戦闘力を維持しているからな」

「戦闘機しかないですけどね」

「今回はそういう作戦だ。俺たちは楯だ。槍は別にある――」


『敵、南西120マイル(海里)、大型機編隊――』


 サラトガの格納庫にスピーカからの声が響いた。


「やれやれ、夜になっても仕事か? ジャップは本当に仕事熱心だ」


 バーン中尉は軽口を叩くが、その声は幾分震えていた。

 まだ、サラトガの長い一日は終わりを告げていなかった。


■参考文献

アメリカの空母―対日戦を勝利に導いた艦隊航空兵力のプラットホーム (〈歴史群像〉太平洋戦史シリーズ (53))

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