その128:急転!ラバウル迎撃戦 南海の死闘・蒼空の熾戦 その4

「周囲警戒怠るなよ」

 

 峰長大尉の声が機内に響く。

 ラバウルから飛び立った二式大艇は南へと進路を切った。

 通常は2日に1回の運用がなされているが、今はそのような悠長なことを言っている場合ではなかった。


《i_36deb402》


 ソロモン海を北上する空母二隻を基幹とする機動部隊。

 ここにきて、目標はラバウルであることは確実だと思われた。

 20ノットという巡航速度としては例外的な高速で迫ってきている。 

 明日の明朝には、敵航空機の攻撃圏内にラバウルが捉えられる可能性があった。 


 ブイン・バラレからの陸攻の昼間攻撃は失敗に終わった。

 一式陸攻50機以上、零戦は60機以上と言う大規模な戦爆連合だ。

 これに襲われて無事な艦隊などあるわけがないと思われた。


 しかしだ――

  

 敵艦隊の外周付近で200機近い戦闘機の迎撃に遭遇。

 峰長大尉は、攻撃は不首尾な物に終わったと聞いている。

 サラトガに魚雷を一発命中、駆逐艦2隻を撃沈させたのが戦果の全てらしい。


 この結果を重く見て、ラビ、ラバウル基地からの攻撃は夜間攻撃に切り替えられた。

 

「サラトガ、レンジャー以外の空母。もしくはこちらの知らない航空基地か」


 峰長大尉は、考えをまとめるかのように言葉を口にしていた。


 二式大艇はルイジアード諸島周辺海域を目指して飛んでいた。

 キリウイナ島、ムルア島は日本軍の制圧下にあり、現在は航空基地の設定が行われているところだ。

 未知の基地があるとすれば、ルイジアード諸島くらいしか考えられなかった。


「陸上基地じゃなくて、空母なんじゃないですかね。敵さんは小型の特設空母を何隻か持っているはずです」

「決めてかかるな。予断は禁物だ」

「了解です」


 そうは言いながらも、峰長大尉も未知の地上基地――

 言ってしまえば、少年向け軍事小説に出てくるような「秘密基地」があるとは思えなかった。

 翼下には偵察、即攻撃のため、陸用の25番(250キロ爆弾)が4発搭載されている。

 瞬発信管付の爆弾で陸上攻撃用の物だが、防御されていない空母の飛行甲板には通常弾よりも効果があるという意見もあった。


 二式大艇は、最大で8発の25番を搭載できるが、そこまで搭載すると離水が極めて難しくなる。

 

「しかし、空中電探が間に合えばよかったのですが」


 岡本一飛曹が周囲を警戒しつつ言った。

 陽光をキラキラと反射する青い海。

 美しい風光であるが、偵察のため見つめていると目が焼けて酷いことになる。


「敵さんも、こっちの予定には合わせてくれんよ」


 機長である峰長大尉は、くぐもった声で岡本一飛曹に答える。


「そうですね――」


 諦観と悔しさを半々に混ぜたような口調で岡本一飛曹は言った。

 あとひと月先であれば、愛機には空中電探が装備される予定になってたのだ。


「100キロ先の敵艦や航空機も発見できるって話ですからね。あれば、便利なんでしょうが」

「機動部隊の艦攻優先らしいからな」


 ふたりの話しているのは「空六型(H-六型)見張り用電探」のことだった。

 昨年の終わりには製造が開始され、正常に動いたならば岡本一飛曹のいう性能を発揮できた。


(実戦でどうなのだろうな――)

 

 峰長大尉はそのことを思う。彼は「空六型(H-六型)見張り用電探」の評判を聞いていた。

 戦艦などの大型艦であれば100キロ、駆逐艦、浮上潜水艦であれば50キロ内外で探知可能と言われている。限定された方向だが、対空見張りも可能だ。

 ただ、3000メートル以上の高度では気圧の低下で送信管が放電。ほとんど使い物にならないという話を聞いていた。

 製造されながらの改造が続いているという話だ。

 

 本来であれば、ラバウルに展開する大型機にも優先配備の予定であったが、その不具合のために機体への搭載予定は遅れている。

 確かな話ではないが、陸軍が開発したレーダーとの統合をしているのも配備の遅れの一因であるとのことだ。


 すでに敵大型機は空中電探を搭載し実戦に投入している。

 撃墜されたB-17、B-24からもそれらの装置が見つかっているらしい。

 

「とにかく、今は両目で見張るしかない。敵哨戒機との――」


「敵機です! 右後方! 向かってきます」


 尾部機銃座に配備された見張り員が叫んだ。


「荷物を捨てろ! 25番を落せ!」


 峰長大尉の言葉と同時に片翼2発づつの25番が投棄された。

 青い海に礫のような爆弾が吸いこまれていく。

 続けてスロットルを叩きこむ。

 1800馬力を超える火星エンジンが甲高い唸り声を上げる。

 巨大な機体が徐々に加速を開始する。


 通信員が「ヒ」連送を行っている。敵機発見を意味する打電だ。


「B-17か? 哨戒機狩りの奴か?」


 以前から定期的な哨戒任務でも、未帰還となる機体があった。

 特に速度の遅い九七式飛行艇の喪失がかなりの数になっていた。

 当初は原因不明であったが、性能で劣る九七式飛行艇で敵を返り討ちにし帰還を果たした者がいた。

 機長は峰長大尉の一期後輩にあたる者だった。


 原因は、哨戒機狩りに改造されたB-17だった。

 強力な火力と「空の要塞」と呼ばれる無類の防御力は、脅威と言っていい存在だ。

 

 本来であれば索敵を優先し逃げるべきだった。

 二式大艇の最高速度は、250ノット以上(時速470キロメートル)。

 現在の高度は5000メートル。

 この高度では速度はほぼ互角か、やや敵の方が速いかもしれない。


 下手な機動をとれば、速度が落ち食いつかれる危険性が大きかった。

 二式大艇は機体が大きく重いだけに、加速性能はそれほど高くはない。


「敵、迫ってきます。距離詰まります」


 尾部機銃座の見張り員が現在の状況を報告する。


「敵機の方が速いか」


 峰長大尉は口の中で呟くように声を漏らした。

 向かっている方位は敵基地が数多くある。

 B-17が燃料キレで追尾を断念する可能性は少ない。

 味方を呼ばれる可能性もある。 


「敵機を攻撃する」


 峰長機長は言った。同時に機内が殺気に満ちる。士気は異常なまでに高い。

 それでこそ、大日本帝國海軍航空隊である。


 機体が大きく左に傾く。左の急旋回に入ったのだ。

 4発機、しかもハンデの多い飛行艇であるが、空に上がった二式大艇は、単なる獲物ではない。

 それを見せてやろうじゃないか。峰長大尉は獰猛な笑みを浮かべ機体を操る。


 逃げると思っていた敵機が急激な左旋回を行い、こっちに向かってきたのだ。

 B-17の飛行から動揺の色が感じられた。


「反航で一撃を加えて離脱する」


 長々と空戦をする気はない。

 引き戸が開放され側方銃座が突きでる。

 九九式20ミリ一号旋回機銃だ。

 

 更に機体上部と後部の動力銃座の動力銃座も砲口を敵に向けていく。

 同じく20ミリの機銃だ。

 合計三門の20ミリ機銃は、命中すれば恐るべき破壊力を発揮する。

 

 峰長大尉の視界に、殺気を放ち機銃を構える前方機銃手が入る。

 ただ、前方機銃は上下には大きく動くが左右にはあまり動かない。

 しかし、角度が浅いうちは射撃可能だ。


 どす黒く見える敵機がどんどん接近してくる。

 B-17が槍衾のような12.7ミリを装備していることは、搭乗員全員が周知していることだ。


 チカチカと機首が青く光った。

 敵が前方機銃を撃ってきたのだ。

 構わない。そのまま、機体を突っ込ませる。


 バチバチと被弾の衝撃があった。

 巨大な機体のどこかでジュラルミンの外板が貫かれ、砕かれている。

 だが、エンジンには問題ない。火星エンジンは力強い咆哮を天空に響かせている。


 こちらの前方機銃座が火を噴いた。

 目いっぱい横に角度をつけ20ミリの銃弾――むしろ砲弾――を叩きこんで行く。

 ドッドッドッドッドと腹に響く音が、機体を震わせる。

 真っ赤な曳光弾が、B-17向かって伸びていくのが操縦席からも見えた。

 

 キラキラと陽光を反射し、銀色の外板が砕け散っている。

 

「反航対空戦闘! 全弾叩きこめ! 外すな!」


 高速ですれ違う二機の大型4発機。

「空の要塞」と「空中戦艦」の打撃戦が展開される。

 

 ガンガンと叩かれ二式大艇の翼が切り刻まれていく。

 すでに空のタンクには炭酸ガスを充填してある。そうそう火を吹くものではない。

 

「やった! 敵、左内側エンジンより発火!」


 B-17はボッと火を吹いたが、それも一瞬だった。

 炎は黒い煙の尾となり、消えてしまう。B-17はバカみたいに頑丈な航空機だった。

 それでも、20ミリに撃ち貫かれたエンジンの出力は落ちる。


 峰長大尉は、そのまま右前方に見えた雲海の中に機体を滑りこませた。


「撃破というところか……」


 運の差だったのだろう。敵の12.7ミリは致命部には命中しなかった。

 アルミ細工の胴体に光が入りこむ穴を無数に作っただけだった。


「哨戒中と思われるB-17一機と交戦。撃破。当方被弾するも、被害軽微、索敵を続行 1220――」


 報告の打電を行う。機内の士気は天を突かんばかりになっている。


「本番はこれからだ。各員、見張り。厳重にだ」


 二式大艇にとっての本当の戦いはこれからだった。

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