その114:【閑話】艦隊防空システムと夜間強襲機動部隊
「レーダーピケット艦という、電探を積んだ駆逐艦あたりを、艦隊の前方に大きく突き出すんですね」
「警戒艦かい。まあ、それ自体は、斬新でもないな」
「そうですけど、レーダーで探知してその情報を艦隊中央に送る」
「航空機のかい?」
「そうです。海戦はすでに、航空戦ですからね」
「まあな」
「レーダーピケット艦の探知距離が…… 侵入高度によりますが100キロメートル前後でしょう―― 紙と鉛筆を……」
俺は図に描いて説明を始めた。言葉では説明しづらい部分が多い。
レーダーピケット艦はだいたい艦隊から180キロメートル突出する。
100海里だ。
そこから更に90キロメートル先。50海里。
アメリカ艦隊の(CIC)中央戦闘指揮所には、全データが一元管理されてくる。
「この円周に入れば探知される。奇襲はできねぇってことかい」
本物・五十六は、俺の描いた大雑把な図を指でなぞる。
「こんなものは、ビューッと突破して、バンバン魚雷と爆弾を当てればいいのだ!」
鉛筆をもって、そこに線を引きまくる女神様。で、もって中心部をグチャグチャにする。
そんな簡単に突破できれば、苦労しないんだけど。
なんかないんですか? アナタにはそんな力が。
ああああああ! せっかく描いたのに! もう!
「悪いが、少し静かにしてくれねぇかな。厄介な話なんでなぁ」
「ぐぬぬぬぬぬぅぅ、こやつめ……」
女神が怒りの形相。しかし、大したことができるわけではない。
人に「度忘れ」と「勘違い」を起こさせる能力しかない。
「オヌシ! コイツに影響されると負けるぞ! コイツは凡将なのじゃぁぁ!」
女神様はなぜか、山本五十六大将が、この世界の敗戦の全責任を負うべき存在と認識していた。
そして、凡将、愚将であると断じて、封印していたのだ。
封印といっても、軍事から切り離し、それを俺にやらせていただけだけど。
「はいはい、分かりました。今からすごく難しい話をしますから、お休みになった方がいいと思います」
俺は新しい紙に図を描きなおしながら言った。
神相手に怒っても仕方ないのだ。
「ぬ! 難しいのか? 数字がいっぱいなのか?」
「いっぱいです。兵器のスペック以外の数字がバンバン出ます」
「分かった。吾は難しい話と兵器のスペック以外の数字は大嫌いなのじゃ」
女神様は光の玉になって、俺に吸収されるように消えていく。
ようやく退場してくれた。ホッとする俺。
「で、この円周に入れば、探知ってことだな。何海里だい?」
「150海里ですね」
「攻撃機が200ノット(時速370キロ)で45分かい」
本物・山本五十六大将が、米艦隊の警戒線に入ってから、艦隊中央に達するまでの時間を示す。
「そうですね。雷爆装した陸攻あたりだと最高に近い速度ですね。現行の九七式艦上攻撃機や、九九式艦上爆撃機でも同じです」
現在の主力となる攻撃機のカタログ上の最高速度。
一式陸攻が時速444キロ。
九七式艦上攻撃機が時速370キロ。
九九式艦上爆撃機が時速380キロ。
「艦爆は少し速いんじゃねぇのかい」
「あッ、金星にエンジンを換装したのか。それでも430キロ程度ですよね」
「大差ねぇか。300ノットあれば30分か……」
「彗星くらいじゃないですか? 300ノットなんて」
「ああ、あのドイツの液冷エンジンのな」
彗星は11型として、すでに配備は始まっているが数が少ない。
史実のように、エンジン不調を起こす機体は少ないが、その他の電装品の不調はある。
最新鋭機の稼働率が低いのは当たり前の話だ。
それでも、なんとか使えそうな新戦力だった。
「アメリカ艦隊突破、第一関門はCAPです。防空戦闘機隊です」
「まあ、そうだな」
「レーダー情報で、無線誘導され襲いかかってきます」
カタパルトの存在も大きいようだが、大型空母の場合はあまり関係ない。
普通の運用でもかなりの効率の良さで航空機を発艦させることができるからだ。
問題は、中・小型空母だ。この運用効率がけた違いになる。
で、雲霞(うんか)のようなグラマンが上がってくるのだ。
「それを突破して、艦隊に接近できたとして、どうだい?」
「そこからも地獄ですよ。レーダー照準の対空火器が|雨霰《あめあられ《の猛爆です」
戦闘機による防空範囲がだいたい艦隊中央から50~70キロメートルくらい。
それを突破すると、世界最強の対空砲火網が待っている。
まさに、空の「突撃破砕射撃」のようなものだ。
「アメリカ軍の5インチ両用砲は、発射速度が速いです。しかも砲の旋回など動作が早いんですよ」
「うちらの12.7サンチよりかい?」
「そうです」
アメリカ軍のMk12、5インチ砲の性能。
発射速度は20発以上/分。
旋回速度は12秒で一回転くらい。1秒で30度。日本の5倍近い旋回速度だ。
それだけ、目標に追尾しやすいってことになる。
「八九式12.7サンチ高角砲も傑作だと思います。砲性能というより、砲の旋回とか動きを支えるモータとか、電力の問題ですかね」
砲の威力自体は大差ないが、その周辺機械に大きな性能差がある。
実際、そのような改造をほどこした12.7サンチ高角砲が見違えるようになった例もあるという。
九四式高射装置と八九式12.7サンチ高角砲の組み合わせは、同時代の海軍の中でもトップレベルだ。
でも、比較相手が悪すぎる。イギリス相手なら楽勝なのだが……
「レーダー照準の高角砲はやばいですよ」
俺は話をレーダーに切り替える。
太平洋戦争は「レーダーに負けた」というのは、戦争を経験した人であればよく言う言葉だった。 レーダーでも問題は射撃レーダーだ。
高射射撃装置の性能で争っていたころは、さほど精度に差はない。
それだけ九四式高射装置は優秀。しかし、量産ができないという欠点ありだけど。
それが射撃レーダーで状況一変だ。
MK4FDレーダーで有効探知距離15,000メートルで誤差が縦36メートル、横356メートル。
これは、まだ九四式高射装置と比較できるレベル。向こうが優れてはいても。
これが、MK12/22FDレーダーになると、有効探知距離46,000メートル。
誤差が縦18メートル、横270メートルだ。
もはや、次元が違う。比較の対象にならない。チートの未来兵器だ。
VT信管が評価されるが、あれもすごいことはすごい。
でも、実際に戦果に直結したのは、これじゃない。史実のマリアナ沖海戦でも使用されたVT信管は20%くらいだったはずだ。
しかも、アメリカの技術をもっても不良品は多かった。
怖いのは兵器単体じゃない。
あらゆるものを吸収し組み合わせ、効果的な迎撃システムを作り上げる頭脳。アメリカの頭脳だ。
クリアすべき課題に対し、解決すべき運用システムを構築する能力だ。
そして、組み上がる大規模なシステム。
これが、一番手がつけられない。怖い。俺はアメリカが怖い。
今、日本が生存をかけて戦っている相手は、「地上最強の国家」なのだ。
「で、我が軍の攻撃隊は全滅かい?」
「今なら、数に優りますので、突破はできます。相当な被害をうけるとおもいます。正攻法だと」
日本が勝利した空母戦。
そこでの艦爆の投弾率。つまり、出撃した機数に対する攻撃できた機数の率だ。
南太平洋海戦までは、かなりの機体が突破できている。
アメリカも、防空システム構築を試行錯誤だったこと。
CAPの誘導の失敗などがあったからだ。
120機中80機は攻撃をしているはずだ。だから、対空火器に落とされたのだが。
今俺のいるこっちの世界の海戦でも、洒落にならないほどの艦上機が葬られている。
しかも、1942年のまだ未完成なシステムの中でだ。
1944年に入ると、ほぼ突破は奇跡に近くなってくる。通常の攻撃では。
この世界でも、このままいけばそうなると思う。しかし――
「攻撃レンジに入ると、40ミリ砲です―― そして、20ミリ」
俺は言葉を続けた。
ボフォース機銃だ。
コイツに仕留められなくとも、傷つけば、帰路で落ちたりもするし、送り狼のCAPに食われることもある。
ボフォース40ミリ砲は上空1,500メートルから3,000メートルの空間を支配する。
無慈悲の砲弾を死と共にまき散らす存在だ。
そして、更に接近すれば、エリコン20ミリが待っている。そいつが槍衾(やりぶすま)のように装備された太平洋戦争後期の写真を思い出す。
「被害は受けたくねぇな。せっかく錬成した搭乗員だぜ」
「そうです。下手に消耗すれば、海戦に勝ったまま、押し切られますよ」
「厳しい話だぜ」
一瞬、この複雑な心情をもった御仁の腹が見えた気がした。
五十六大将は「だからアメリカとの戦争など止めとけ」と言わんばかりの口調だった。
珊瑚海、ポートモレスビー沖では、沈めた空母の数では勝った。
作戦目的も達した。作戦的にも勝利した。
しかし、搭乗員の損失が半端じゃないんだ。
ベテランを引き抜いて、大規模養成を始めたのが去年中ごろ。
ようやく、ボチボチと促成栽培の搭乗員が前線にでてきている。
正規空母8隻といっても、その実戦力は1941年12月8日の真珠湾攻撃の6隻に及ばないかもしれない。
それでも、それを分散運用しなければ、作戦ができない。
それが、今の1943年初頭の大日本帝國、空母部隊の現実だ。
「でもよ―― 勝てるんだろ?」
「そうです。そのために準備をしてきたんですから。こっちも」
俺は自分の描いた、アメリカ艦隊の防空システムの図を見つめて言った。
◇◇◇◇◇◇
「源田。飛龍はどうだ」
「工作艦明石による整備、点検は明日で終わります。前倒しです」
「優秀な艦だ。明石みたいな艦こそもっと必要だろう」
大日本帝國唯一の正規・工作艦だ。
ドイツ製最新鋭工作機械を揃えた、浮かぶ工廠。
その存在は、南洋のトラック島にひとつの工廠を建造したに等しい効果を上げていた。
名前は同じだが、新たに編成された第二航空戦隊旗艦「翔鶴」の艦橋であった。
山口多聞少将――
布袋めいた容姿。しかし、顔の奥の目だけは鋭利な刃物を思わせる。
「人殺し」の異名を持つ帝國海軍きっての猛将。
経験を積んだとはいえ、本来「水雷」が専門の南雲中将以上の空母戦の専門家だった。
現在、日本海軍が望める最高の空母艦隊指揮官。それが彼だった。
トラック諸島。
日本海軍の南方最大の基地であり、「日本の真珠湾」とでも表すべき場所だ。
巨大なラグーンは、中で空母の着艦訓練が実施できるほどである。
陽は大きく傾き、海面を照らす光が徐々に力を失っている時刻だった。
「戦争が始まるとなぁ」
薄暮というにはまだ明るい中だった彼は、そう言うとホマレを取り出し火をつけた。
そして、紫煙を吐き出す。
「殺したくねぇんだよな」
「人殺し多聞丸とは思えない言葉ですね」
猛禽のような顔をした男が言った。真面目な声でだ。
冗談でいっているのか、本気でいっているのか、よく分からない。
遠慮、配慮、空気を読む。そういったものがそぎ落ちたような存在だ。
この男も、内外に敵を作りやすい奴だと山口少将は思った。
(優秀な男ではあるが)
そう思い、肺の中にニコチンを含んだ煙を流し込む。
「カラスみたいだな」
彼は言った。艦上に並べられた機体を見てだ。
漆黒。
まるで、これから訪れる夜の闇を思わせる色で塗装された機体だった。
零式艦上戦闘機53型。エンジンを換装した性能強化型だという。
通常飴色の機体が、本当にカラスのように真っ黒に塗装されていたのだ。
トラックに戻り、供給された新たな機体であった。
零戦だけではない。
九九艦爆、九七式艦攻まで漆黒に染められていた。
「敵艦隊への薄暮・夜間強襲かよ―― 面白い話だが、出来るできないは訓練次第。殺したくはないが……」
空母「翔鶴」、「瑞鶴」は、薄暮攻撃訓練を実施する予定になっている。
着艦については、完全に夜間に実施することになる。
「こりゃ、死ぬだろうな……」
漆黒に塗られた航空甲板に並んだ機体。
彼はそれを見つめつぶやいていた。
空母翔鶴
■参考文献
歴史群像2014年10月号「日米空母撃滅戦」
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