その101:漆黒の戦艦殺し 特殊潜航艇 その1

「陸軍からの情報が断片的なのですが――」


 黒島亀人先任参謀が、言葉を区切る。

 いつも「こうなることは分かってましたよ」的な、頭のキレを見せつける彼。

 その彼にしてすら、ポートモレスビー砲撃は想定の埒外だったようだ。


 日吉の聯合艦隊司令部には、沈痛といっていい空気が流れている。


『戦艦には戦艦なのだぁ! 大和だ! 我らには大和があるのだぁ』

『……』

『なんだ? 言い返さぬのか?』


 俺の脳内いる女神様が絶叫。そして、怪訝(けげん)そうに訊いてきた。

 そして黙った。


 俺のツッコミを待っていたようだが『油がないから動かせません』と言い返す気力もない。

 いや、マジでそれが出来ればしたいくらいだ。

 それどころではない。


「米軍の上陸は今のところ、確認はできていないとのことです」


 黒島先任参謀のその言葉で、一瞬空気が緩む。

 それを察知したのか「バカか? コイツら」という表情を露骨に表す。

 

「それにしても、なぜ、戦艦の接近を許したのか!」


 不機嫌オーラを顔面から噴出させて、宇垣参謀長が言い放った。

 怒りのあまり手帳(ネタ帳)を持つ手が震えている。


 その怒りの理由――

 書籍化を目指す、自分の日記に海軍の不始末を書きたくないから? 違うよね……


「結局、米空母にひっかきまわされたってことですな」


 黒島先任参謀が言った。テーブルの上に広げられている大きなソロモン方面の地図をみやる。

 航空哨戒線が書きこまれていた。

 今回、アメリカ空母機動部隊は、護衛空母を囮(おとり)にして、奇襲をしかけてきた。

 ブイン基地を始め、ガ島攻撃の最前線にある基地への航空攻撃だった。


 しかしだ――

 今となってみれば、それすら囮だったってことになる。

 本命はポートモレスビーだったんだ。

 空母機動部隊に目が行っている隙を突かれた。


「航空基地は?」


 俺は最重要な一点を確認する。

 ポートモレスビーには、陸海軍が航空戦力を展開していた。


 そこに、戦艦2隻の艦砲射撃だ。

 おそらくは、「ワシントン」と「サウスダコタ」か……


 16インチ(40センチ)砲、9門の戦艦2隻の砲撃。

 こちらが、ただで済んだはずがない。

 接近を許してしまえば、戦艦という兵器は、この時代の航空機など足元にも及ばない破壊力を持っている。

 史実では、ガ島争奪戦の中、聯合艦隊の「金剛」と「榛名」の36センチ砲戦艦が艦砲射撃を実施している。

 アメリカ側に、ガ島の放棄を決断させる寸前まで追い込んだ砲撃だ。

 

 それを考えても、被害が小さいはずがない。


「今のところ、陸軍からはなにも」


「こちら(海軍)の方はどうなんだ?」


「水上機部隊は被害軽微とのことです」


「本当か?」


 俺の問いに対し、黒島亀人参謀は具体的な数字を読み上げる。

 確かに、機体そのものの損失は軽微だった。

 しかし、水上機基地施設、支援機能に対する被害は軽微といいかねるものがあった。


「そうか…… 問題は基地の支援機能だが」


「早急に、支援の必要があります」


 正論だった。しかし、その正論を実行できるかどうかとなると別問題だ。 


「陸軍の航空戦力は……」


「期待できないと想定すべきでしょう」


 間髪入れず俺の言葉の続きを言ってしまう黒島先任参謀。


 ポートモレスビーには陸軍の航空隊が進出していた。

 やっと完成した滑走路1本だけの航空基地。

 そこには、首都防空任務を担っていた陸軍第五飛行戦隊があった。

 使用機種はキ45改。

 最近、陸軍から「屠龍」という名前が発表された。

 ファンタジー風に言えば「ドラゴンスレイヤー」って感じの名前だが、それはどうでもいい。


『双発複座であれば、馬力がアップできるし、色々使えて便利じゃね?』っていう1930年代に世界的に流行した考え。

 当時、予算に苦しむ各国は、そういった「汎用機」に凄く魅力を感じていた。

 で、各国で色々出来たわけだ。その中の一つが「屠龍」だ。

 海軍も流行に乗って「月光」の開発を進めていたが、俺が必死で止めた。

 似たような機体を別々に持つのは、不合理だし生産ラインを圧迫する。

 今では、「屠龍」は陸海軍で使われている。当初は若干仕様が違っていたが、今では海軍タイプの仕様が主流になっている。

 20ミリ以上の機銃の開発で先行したせいだ。

 更に九六式25ミリ機銃を搭載する計画もある。既存の兵器なので時間はかからない。


 今の俺は、聯合艦隊司令長官であるが、元々はニートで無職。そして「帝國陸軍よりの軍ヲタ」なのだ。

 ポートモレスビーにおける陸軍の役割は大きい。

「帝國陸軍よりの軍ヲタ」を抜きにしても、心配というしかない。


「ポートモレスビーは死守だ――」


 俺はそれだけを言った。くそ、この俺が精神論か?

 具体的にどうする?

 どうやって死守するんだ?

 輸送ラインは?

 モレスビーに、つぎ込む余剰戦力はどこに?

 アメリカ空母機動部隊をどうする?

 こっちの空母は、ガス欠だぞ。

 油だ。こっちはとにかく油がないんだ。


 アメリカ戦艦は?

 もう一度やってきたら、どうする?

 今回は威力偵察であり、再度上陸部隊を率いて来襲してきたら……


「死守するんだ」


 自分の言葉なのに、なぜか遠くに聞こえた。

 沈黙が司令部を支配する。

 誰も、俺の言葉を拾い上げなかった。


        ◇◇◇◇◇◇


「ふざけやがって」


 武藤伍長は叩きつけるような言葉を吐いていた。

 ザラザラとした声だった。

 口の中が思いのほか乾いていた。


「伍長殿、分隊被害なしであります!」

  

 岩崎一等兵が報告する。

 ポートモレスビー攻略戦以前からの付き合いの兵だ。


「俺たちが無事なだけでもめっけものか……」

 

 黎明の大地。南海の陽光は一気にその強さを増していく。

 その陽光が照らしだす光景を武藤伍長は見つめていた。

 そこには「荒地」としか思えないものが映っていた。

 いや、もし彼が、SFという物を読んでいたならば「どこか異星の風景」と表現したかもしれない。

 そこは、かつて「滑走路」だった場所だ。


 滑走路だけではない。

 夜間に実施された、アメリカ側の艦砲射撃により、各所で火災が発生していた。

 それは今でも燃えていた。

 基地に隣接した密林も、大きく抉られている。

 巨人の拳が大地に叩きつけられたようだった。

 

 大日本帝國、ニューギニア最前線の基地。

 この戦争の要石であり、最重要基地。

 ポートモレスビー。

 それが、その現在の姿だった。


 武藤伍長の視界に、なにか鉄くずのようなものが入る。

 

「飛行機か?」


 武藤伍長は呟くように言った。

 それは、「キ45改」のなれの果てであった。

 鉄とアルミの混じった残骸になった双発戦闘機「屠龍」。

 それが、いくつも転がっていた。


 安っぽい音をたて、リヤカーのような車両が何台か動いていた。

 海軍の排土車だった。いや、今では陸軍でもそれを使っている。

 武藤伍長の分隊も滑走路の復旧のため、この場にいる。

 ただ、指揮系統も混乱しており、その後の身動きができなかった。

 小隊長は行方不明になっている。


 そもそも、復旧といっても、自分たちには何も道具が無い。

 円匙(スコップ)も、ツルハシも、モッコもない。

 それで何をしろと言うんだ?


 おそらくは丸太を組んで造ったと思われる高射砲陣地。数の少ない貴重な陣地だ。

 米陸軍の擾乱射撃を防いだその陣地も完全に叩き壊されていた。

 焼け焦げた高射砲が、まるで天を掴もうとするかのように立っている。


「伍長殿……」


 岩崎一等兵だった。

 三八式歩兵銃をまるで、なにかの御神像のように抱え込みそこに立っている。

 武藤伍長の命令を待っているのだ。


(バカか、俺だって分からねェ。どーすんだよ)


 その思いを口に出すほど彼はウブではない。

 待機を命じた。それしかなかった。


 ヌルリとした風が流れた。

 嫌な臭いのする風だった。


        ◇◇◇◇◇◇


「アメ公の戦艦の野郎」


 静かであるが重い怒気を含んだ声が、ジーゼルエンジンの立てる音の中に溶けていく。


「その後、報告は入ってないのか?」


「ありません」


 後ろから四月一日(わたぬき)兵曹長の声が聞こえた。狭い空間だ。普通に話せば声は届く。

 この狭い空間には、早川少尉と四月一日兵曹長しかいない。


「敵の動向は掴めていないか」


「無事だった水偵、何機かが飛んでいますが。発見の報告はありません」


「図体のデカイ戦艦の奇襲を喰らうなんざ、間抜けな話だ」


 彼自身もその間抜けの一員であること。

 それが、彼を余計にささくれた気持ちにさせる。

 哨戒位置についていた彼らの警戒を潜り抜け、戦艦がやってきたのだから。


 しかし、それは幸運でもあった。

 もし、基地にいれば、何かしらの損傷を受けた可能性がある。

 そして、ポートモレスビーの沖に突出し、戦艦を攻撃できる可能性のある戦力は彼らだけだった。

 現在の海域からならば、捕捉の可能性はあった。

 

「通信機には問題無いか?」

「ありません」


 機械的信頼性を常に確認しなければいけないのは、仕方のないことだった。

 以前より大分マシになってはいるが、通信機材の安定稼働は常に気にすべきことだった。

 

 ジーゼルエンジン、モーター、電池の機関部。

 そして、通信、航法と、四月一日兵曹長のやることは多かった。


(性能が上がった分、人間にかかる負担は大きくなるってことか)


 彼は「九七式特眼鏡改二型」と呼ばれる潜望鏡の動作を確認する。

 四五ミリのレンズのついた潜望鏡を覗きこんだ。

 潜没状態ではない、今は使用する必要はないが、いざというときの不具合は勘弁して欲しかったからだ。

 問題はなかった。レンズを通した視界は良い。


 早川少尉の乗る兵器――


 特型格納筒。

 甲標的。

 特殊潜航艇。

 そして、ただの「筒」と呼ばれる時もある。

 

 様々な名で呼ばれる兵器。

 大日本帝國海軍が、造り上げた漆黒の刺客。

 艦隊決戦における、戦艦急襲を目的とした兵器。


 以前の「甲標的」は小型潜水艦というよりは、人の乗る「魚雷」と言った方がいい存在だった。

 真珠湾、マダガスカル、シドニーへの攻撃。

 今次大戦は、「甲標的」が当初想定していた戦闘は起きていない。

 よって、港湾奇襲兵器として使用され、大きな犠牲を出していた。


 生還の望めない自殺攻撃ではない。

 ただ、限りなくそれに近い存在だった。

 

(コイツは違う―― 敵を葬って生還する)


 戦果がないわけではなかった。

 真珠湾では、不確実であるが戦艦を葬っている。

(空母機動部隊は絶対に認めようとしないが)

 他に、イギリス戦艦を大破させている。


 しかしだ――

 甲標的は、つぎ込まれる労力に対し、あまりにも報われない兵器であり過ぎた。

 決死と必死は違う。

 だからこそ、早川少尉は、敵を葬り生還するつもりだ。


 兵器の運用も考え直された。

 島嶼戦が中心となる、今次大戦。

 その島嶼防衛のための兵器として、運用が再考される。

 そして、生まれたのが、彼らの乗る兵器であった。


 特殊潜航艇・甲標的丙型改二――


 フラットブラックに塗りつぶされた船体。

 船首には45サンチ、九七式酸素魚雷二本。

 潜航時の最高速度が18ノット。これは、通常潜水艦の倍以上だ。

 ジーゼルエンジンを装備し、その作戦稼動時間は問題にならないくらい伸びた。

 ただ、5日間の作戦行動が可能とされたが、実際は3日が限界だった。


 人数を増やせばいいという意見もあったが、その案は上の方で却下されたらしい。

 まともな判断だと思う。人数をたとえ5人としても、船体自体が狭いのだ。

 休憩、交代が十分に出来るとは思えない。


「舵の効きがよくなったのはありがたい」


 以前の特殊潜航艇の弱点であった舵の効きが大きく改善されていた。

 スクリューと舵の配置のせいで、舵の効きが悪かった。

 この「甲標的丙型改二」ではまるで、飛行機の尾翼のように、舵を大きくしてある。位置も以前より後ろだ。


 魚雷発射時に、船首が持ち上がり発見されてしまう弱点も改造された。

 どこの誰が考えたのかしらないが、魚雷発射時に、飛行機の翼のような水中翼を展張するのだ。

 魚雷発射後、自動的に下向きの方向に舵を切るようになっている。

 確かに、弱点は解決できた。


 ただ、それらの新機能も実戦での動作は確認されていない。

 展張が上手くいかないかもしれない。

 展張後に、それをしまう機能に不具合が発生すれば、無駄な抵抗をもったまま航行を続けざるを得ない。

 新兵器には、信頼性に対する不安がつきまとう。


 しかしだ――


 早川少尉は確信する。この潜航艇であれば出来ると。

 作戦行動を開始してから12時間が経過している。

 与えられた時間は少なかった。

 

 漆黒の戦艦殺し――

 特殊潜航艇・甲標的丙型改二は復讐を果たすべく、珊瑚海を進んでいた。


■参考文献

歴史群像太平洋戦史シリーズ35 甲標的と蛟龍

本当の特殊潜航艇の戦い

歴史群像シリーズ 決定版決戦兵器

帝国海軍潜水艦史 (歴史群像アーカイブVol.19)

幻の秘密兵器

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