その99:雷鳴よソロモンの空に響け その6

 南海の空に浮かぶ、無数の敵。

 鷹羽二飛曹は、戦爆連合100機以上という報告が間違いでないことをその目で確認した。


「グラマンじゃないのか?」


 50ミリの防弾ガラス越しに見える敵機は、どうみてもグラマンではない。

 いわゆる逆ガルといわれる折れ曲がった翼だった。

 ほぼ同高度。4500メートル。

 第一飛行場から発進した251空(旧台南空)の零戦53型がはるか下にいる。

 零戦53型もエンジンを金星1300馬力に強化した最新型だ。

 その最新型の零戦と比較してすら、雷電の上昇力は隔絶していた。


 中隊長から「頭を取る」という命令が雑音混じりに聞こえてくる。

 二式空一号無線の感度は悪くはなかった。


「まずは、我々が殴りこむ。とにかく敵編隊をバラバラにしろ!」


 中隊長の命令が続いた。


 敵は戦爆連合100機以上。こちらは雷電24機。

 他に、251空の零戦53型が、ほぼ同数が上がってきている。

 中には先ほど攻撃から帰還したばかりの機体、搭乗員もいるのだろう。


 とにかく、敵の半分以下の機体。

 まず、雷電が突入し敵編隊をバラバラにする。

 それから各個撃破に持っていくのだろうと、鷹羽二飛曹は思う。命令の意味は十分に理解できた。

 そして、それは高速・重武装の雷電であれば、可能なことだった。

 彼は後方を確認する。

 彼の僚機である鷲宮二飛曹が、斜め後ろに追従してきている。長い付き合いだ。その腕には信頼していた。


 鏑矢の切っ先の様なデザインの機体。

 日本を代表する航空機設計者・堀越二郎が心血を注ぎこみ、狂気に片足を突っ込みながらも作り上げた機体。


 二式局地戦闘機「雷電」――

 その初陣だ。

 高羽二飛曹は、スロットルを叩きこむ。 

 スロットル計の針が吹っ飛ぶように回転する。


 頭がクッションに押さえつけられるような加速だった。

 雷電では、後部に装甲板が備え付けられ、頭部を守るために丸い座布団のようなクッションが設置されている。

 それでも、首が痛くなりそうな加速だった。


「バケモノか? この機体は」


 6000メートルまで5分30秒で駆け上がる上昇力で、空を縦に切り裂いていく。

 1800馬力火星エンジンの強制冷却ファンが唸る。

 その硬質な音は、雷鳴となり、ソロモンの空に響いていた。


        ◇◇◇◇◇◇


「なんだ? あの機体は」


 F4Uの先進的なバブルキャノピーの中で、キャリオン少尉は声を出していた。

 その声がエンジン音の中にかき消える。

 太く弾丸のようなデザインの機体が、信じられない角度で高速上昇を続けていた。 


 2000馬力以上を叩き出す、プラット&ホイットニーのパワーユニットを搭載した最新鋭機。

 F4U-1チャンス・ヴォート「コルセア」戦闘機――

 アメリカ海軍最強、いや、世界最強の戦闘機だ。


 しかし、このままでは、高度の優位を取られる。

 いかに高性能機であっても好んで劣位になることはない。

 その思いは中隊長も同じだった。即座に敵を迎え撃つ命令が電波に乗って到達した。


 後方には、F4F-5に守れたドーントレスの編隊がある。

 彼らのところまで、行かせるわけにはいかない。

 そのために、この最新鋭機が先陣を切っているのだから。


 操縦桿を引き、機体を上昇させる。

 2000馬力エンジンが唸りを上げていく。

 浅い角度ではあるが、グングンと機体は上昇していく。


 高度1万5000フィート(約4500メートル)で会敵。

 F4Uの上昇率は毎分900メートルに近い。(軽装状態のメーカーカタログ値ではあるが)

 これは、現在主力となっているF4F-5の毎分600メートルの1.5倍になる。

 

 アメリカ軍情報部が分析した新型のジーク(零戦32型)の同高度における推定上昇率は毎分700メートル。

 この数値はTAICマニュアルに記載してある。鹵獲機を得てない中、かなり正確にその性能を把握していた。

 しかし、現在配備が進んでいる53型はそれ以上の性能を持っていた。


 そしてだ――

 彼の視界内で上昇を続ける紡錘形の機体。

 雷電は、それ以上の性能を持っていた。


「あのジャップの方が上昇力は上なのか……」


 キャリオン少尉は情報部のレポートを頭の中に叩きこんでいる。

 先入観は危ないが、事前に得られる情報は覚えておくべきだと考えていたからだ。

 戦場で生き残る可能性が増えるなら、なんでもやるべきだ。

 特に、敵味方の識別。そして敵がどういった相手かを知るのは最も重要なことの一つだと考えていた。


 その機体の鋭い機動を見つめていた。信じられない思いだった。


「毎分1000メートル以上の上昇力? バカなこの高度で」


 その言葉と同時だった。

 弾丸のような機体が反転した。

 そいつらが一気に突っ込んできた――


        ◇◇◇◇◇◇


 24機の雷電は4機ずつの小隊を編成。

 4機の小隊は、2機ずつの分隊となっている。

  

 未熟練者の増加により、以前のようなロープで連結されたような3機編隊の編成は困難となっていた。

 このことに、先に気付いたのは陸軍だった。

 ノモンハンの航空消耗戦により得た教訓。編隊空戦と航空機の防弾性能の必要性。

 その点において、陸軍の方が理解が早かった。


 1942年も終わろうとしている現在。

 海軍もようやく、陸軍の考えに同調しつつあった。

 一部機材では共用もなされている。

 陸軍のキ45改、百式司令部偵察機は海軍でも運用している。

 また、海軍の20ミリ機銃、陸軍の12.7ミリ機銃の共有も開始されていた。


 この雷電も、局地防衛戦闘機として、陸軍でも採用を検討中となっている。

 雷電の陸軍採用が、ある兵器の問題を解決することになるが、それはまだ少し先の話だ。


 高度の優位を生かし、突っ込んでくる。

 雷電――

 

「おおぉぉぉぉ!!! この加速! いける!」


 鷹羽二飛曹の機体がいつの間にか先頭に出ていた。

 零戦であればとっくに翼にしわがより、軋み音が上がる速度だ。

 しかし、雷電はびくともしない。


 散々文句をいった防弾ガラスの向こうの九八式射爆照準機に、敵が入ってくる。

 しかしまだ遠い。


 敵機が散開した。

 敵もただ黙って撃たれる気はない。当たり前だ。

 鋭いターンで、こちらの攻撃をスカそうとする。

 その動きの鋭さは、F4FやP40とは比較にならない気がした。


「コイツら速いぞ! 鷹羽ぁぁ、逃がすなぁ!」


 僚機である鷲宮二飛曹の声が耳元で響く。


「誰が逃がすかぁぁ! 叩き落としてやる! 死にくされ!」

 

 普段の彼から想像できないような凶暴な叫び。

 このふたりは、操縦桿を握り、戦闘状態に入ると完全に人格が変わった。

 ある種の空戦中毒者だった。


 技量は抜群のAクラス。闘志に溢れる。

 しかし、無茶苦茶をやりすぎて、機体の破損多し。

 考査票には、ふたりとも似たようなことが書かれていた。


 零戦時代から無茶苦茶な機動で、敵を叩き落としてきた。

 しかし、機体構造に脆い部分のあった零戦21型(現在の53型では大幅に改善されている)もかなりおシャカにしてきた。

 その鋲をふっとばし、桁をゆがませ、エンジンを焼きつかせる寸前までぶん回す。


 阿修羅のような戦いぶりは、空では評価されたが、機体をメンテする整備員にとっては悪夢のような搭乗員だった。

 決して、搭乗員にきつく当たることは無かったが、彼らも仕事が増えるのはありがたいことではない。


「叩き落としてやる!!」


 九八式射爆照準器。通称OPLに、敵機を捉える。

 距離を詰める。機体を切り返し、射線を外そうとする敵機。

 たが、その動きは焦りすぎだ。

 

 零戦なら制御不能となる降下速度の中、フットバーで微調整し、機首を敵に向ける。


 操縦桿を握ると、敵を叩き落としたくてたまらなくなるが、頭の芯は冷え切っている。

 高速で降下する雷電を見事なまでに操っていた。まるで、長年乗り慣れた愛機を乗りこなすようだった。


「いい―― この機体。やはり、当たりだ」


 彼は、酸素マスクの下で獰猛な笑みを浮かべる。 

 そして、機銃発射釦を押しこんだ。

 四門の同時発射だった。

 

 九九式二〇ミリ二号機銃四門が、火を噴いた。

 初速毎秒750メートル。その弾道特性は優秀といわれたブローニング12.7ミリと遜色なしと評価されている。

 ただ、凄まじい反動が機体を襲っていた。

 巨人に握られ細かくブルブルと振られたような強烈な振動が機体を襲う。


 発射速度は毎分500発。搭載弾数は各銃190発。

 零戦21型が実質55発程度だったことを考えると4倍に近い搭載量だ。


「外したか!」


 しかし、真っ赤な火箭が、敵機を掠めるように飛んで行った。

 敵は反対側に舵を切った。それが運が無かった。

 上半角をもった翼がへし折られ、真っ黒な煙に包まれながら、落ちていく。

 白い花が蒼空に咲いた。パラシュート降下だ。


「ごちそうさん!」


「共同撃墜だからな!」


「キサマが、外すのを予想していた俺がすごいんだよ」


「チッ!」

 

 2機の雷電が降下から反転上昇する。無駄口を叩くようでいて、鷹羽、鷲宮の両二飛曹は戦況を観察する。

 敵も味方もばらけていた。

 そして、遅れてきた零戦隊が、後ろの戦爆連合に攻撃を開始していた。

 

 加勢するか――


 反転上昇から、惚れ惚れするような特殊飛行(マニューバ)を見せ、機首を戦爆連合に向けた。 



 敵の数は多い。251空の零戦だけじゃまずい。


 鷹羽二飛曹は後方を確認する。

 

「くそ! 鉄板がじゃまだ!」


 外せと文句をいっていた後部を守る装甲板がどうにも気になる。

 拘束バンドを緩め、後ろを見た瞬間――


「鷹羽! 後ろ!」


 耳に響く雑音混じりの鷲宮の声と同時だった。

 ガンガンと鉄板に弾丸が当たる音が響く。

 拳で思い切りぶん殴られたような衝撃。


「いつの間に!」


 後ろだ。かなり距離があった。しかも真後ろではない。角度がある。

 そこから、当てたのか?

 見越し射撃か?


 第二次世界大戦に参戦するパイロットの中で、見越し射撃の訓練を受けており、実戦でそれを頻繁に行ってくるのはアメリカ海軍だけだった。


 ブローニング12.7ミリ機銃の弾道特性の良さだけではなかった。

 十分な弾薬生産に支えられた射撃訓練。

 そして、アメリカという社会が、銃や狩猟を身近とする「銃社会」であること。

 さまざまな要因がそれを可能としていた。


 ただ今までは、それが可能な空間に、自分の機体を持ってくることが困難だったのだ。

 俊敏な機動性を誇る日本機相手では。


 加勢どころではなかった。

 雷電とF4U――


 日米の最新鋭機による乱戦がソロモンの空に展開していた。


 高度は既に4000メートルを切っていた。 

 1800馬力の火星エンジンによる大きな余剰馬力。

 時速630キロ近い最高速度を誇るが、この高度では600キロが上限だろう。


 鷹羽二飛曹は「ふぅぅ」と息を吸い込んだ。

 後方から敵が迫ってくる。

 チカチカと翼から6門の12.7ミリ機銃弾を吐き出していた。

 アイスキャンディのような曳光弾が、機体のすぐ近くを通り過ぎる。

 風防越しに、空気の焼けたような臭いが流れ込んでくる気がした。


 鷹羽二飛曹は敵を観察した。

 相変わらず、デカイ機体だ。ただ、今までのアメリカ機のような武骨で野暮ったい感じが無い。

 

「ずいぶん、操縦席が後ろになっているんじゃないか」


 逆ガルの大きな翼。機首が妙に長い気がした。

 いかにも、スピードの出そうなデザインだが、視界が最悪なのではないかと思う。


 キュンと滑るように、機体を横に機動させる。俊敏だった。

 今までのアメリカ機ではあまり見たことのない機動だ。


「後方、2機」


「分かってるって」


「それにしても、贅沢に弾を撃ってきやがる」


 如雨露(じょうろ)で水を撒くように弾丸をまき散らしてくる。

 何発かが機体に当たっているようだ。ガンガンと叩く音がする。

 零戦であれば、致命傷になっている一撃があったかもしれない。


 いや、最初の不意撃ちで、頭を打ちぬかれていたのか?


 鷹羽二飛曹は、後方の装甲板を見た。

 邪魔くさいと思っていたが、コイツがなければ、死んでいたかもしれない。


「距離が詰まったら、一気に行くぞ」


「分かった」


 機体を横に滑らすことで、速度が落ちていた。

 ここで、スロットルを叩きこんで引き離すことも可能かもしれない。


 だがしかし――

 この空域での戦闘状況を視界にいれる。


(速度性能では、互角か? コイツは330ノット(約620キロ)出るんだがな。あちらも速度自慢の新鋭機ってことか)


 鷹羽二飛曹は同高度での速度性能はほぼ互角と判断した。

 実際に、両機の高度4500メートル辺りでの速度は拮抗していた。

 

 5分間だけ許される緊急時戦闘出力を使用すれば、F4Uの速度は同高度でも630キロを超えることができた。これは同高度の雷電より確実に速い。

 しかし、リスクを犯しても得られる速度の優位は、戦闘に大きな影響を得るほどではなかった。

 F4Uパイロットはそう判断した。

 

 鷹羽、鷲宮の操る雷電は意識的に速度を絞り込む。

 距離が詰まる。

 

 12.7ミリの火箭が空間を突き破るように流れていく。


 雷電が鋭く横転した。

 日本機では最高といえる切り返しの早さ。

 鷹羽二飛曹は、空戦フラップのスイッチを入れた。

 スルスルと生き物のように、フラップが伸びる。


 横転しながらの上昇反転。恐るべき技量の特殊飛行(マニューバ)だった。

 阿吽の呼吸で、鷲宮二飛曹もそれに追従してきた。ズーム&ダイブをこよなく愛する戦闘機乗りだが、彼の技量も飛びぬけている。


 まるで、円筒の内側を滑るように飛ぶ雷電。その太い機体のフォルムからは想像できないような俊敏な機動だ。


 斬り込むようにその円軌道の先を目掛け、浅い角度で上昇してきたF4Uだった。

 それが罠であると気付かない。

 反転しながら弧を描く雷電を上方に捉え、機首を向け突っ込む2機のF4U。

 この瞬間、おそらく、彼らは勝利を確信しただろう。


 まるで、そこに地面があり、ボールがバウンドするかのような急激な機動。

 どのような操作がそれを可能にするのか――

 横転姿勢で上昇から降下に移った雷電はいきなり、角度を変え再び上昇する。


 有り余る余剰馬力と、空戦フラップの効果による特殊機動(マニューバ)だった。

 フットバーを蹴る。思い切りだ。

 まるで、バランスを崩したかのように、上昇の頂点で反転。


 F4Uは完全に雷電を見失っていた。

 コクピットの中で首を回す。

 

 そして、上空で雷電を見つけた。

 しかし、遅かった。

 まず、コクピットが砕かれ。

 真っ赤なペンキをぶちまけたような状態となる。 

 そして、20ミリ弾がそのパイロットの肉体ごと機体を砕いていた。


 黒煙を吐きながら、2機のF4Uが落ちていく。

 

 鷹羽二飛曹がその光景を見ていたのは一瞬だった。

 20ミリ弾の残量を確認する。

 機体には特に異常はない。燃料もあった。


 まだ、戦闘は終わっていない――


 黒い帯が青い空に何本も描かれていた。


 その戦闘はまだ始まったばかりだった。


        ◇◇◇◇◇◇


「ブインがやられて、敵空母の捕捉も失敗――」


 聯合艦隊司令部は沈痛な空気が流れていた。

 ソロモンの最前線基地で、ガダルカナルに圧力を加え続けていたブイン基地が痛手を受けた。

 情報が錯そうしており、被害詳細はまだ分からない。

 

「護衛空母を盾にして、攻撃―― 我々の研究と似たようなことをしてきましたな」


 黒島先任参謀が鋭い眼光を光らせて言った。俺を見つめている。

 確かに、軽空母を前衛に出して、敵を吸収しつつ、攻撃をするというのは、こっちも考えていたことだ。

 実際、史実の日本海軍はこの方法を上手く活用したこともある。


 史実では米軍が使ってこなかった手だ。

 護衛空母は、後方に置いて、欠損した正規空母の航空機を穴埋めするのに使ったりしていた。

 

「結局、潜水艦が見つけたのは、護衛空母だったのか?」


 空母発見の第一報は潜水艦からだ。


「それは、どうでしょうかね。ただ、正規空母を発見したとしても、実際に航空機が攻撃を仕掛けたのは、護衛空母群だったということではないでしょうか」


 ソロモン方面の海図を見ながら、黒島参謀が言った。そして、空母部隊を示す駒を指でつついた。


 第一航空戦隊、第二航空戦隊の機動部隊はどちらも、アメリカ正規空母群を発見することができなかった。

 無駄に燃料を使ってしまっただけだ。


「機動部隊はトラックに、戻さないとまずいな――」


 アメリカ機動部隊が出張ってきている中、ここで空母を下げるのは下策だ。

 しかし、ガダルカナルを封じ込め、まがりなりにも、周辺の制空権を支配できたのは、機動部隊があったからだ。

 第二航空戦隊には、ニューギニア方面の輸送ラインの確保も行っていた。


「基地航空隊で踏ん張るしかないのか……」


 こう着状態は作れている。

 攻勢に出て、大きな被害を出さず、敵に圧力を加え、出血を強いながら、時間を稼ぐ。

 俺の基本的な構想はこれだった。

 

 しかしだ――

 時間をかせぐための、戦術的な勝利を積み重ねても、それが戦争終結に結びつく実感が無い。

 実際、東京空襲を返り討ちにしてから、太平洋戦争では、戦術的勝利を積み重ねているんだ。


 史実よりも被害は少ない。

 内地は、戦時であることが嘘のように、変に浮ついた空気になっている。

 日本軍が勝利する度に、マスコミは盛り上げ役を買って出た。

 軍の積極的な関与とか、指導とか必要ないくらいだ。

 そうしなければ、新聞は売れないからだ。


 無敵、聯合艦隊――

 向かうところ敵なし。

 太平洋は帝国の池である。


 だが――

 いくら、戦術的勝利を重ねようと、それが戦略的な方向に効果を及ぼし、そしてその戦略環境を政治・外交で活かせなければ、戦争には勝てない。

 本物・山本五十六大将に動いてもらっているが、本物をもってしても、組織の壁は厚い。

 

「なんとも、頭の固い連中ばかりだぜ…… 本気で戦争止める気なら、ここで得た物は全部捨てる覚悟がいるってことがわかってねぇ」

 

 そう俺に何度かぼやいている。

 俺は何も言えない。今の俺にできることは、戦術的な勝利を重ねることだけだ。

 それですら、そろそろ破綻が見えかけているのではないかと思う。


「ブイン基地の被害状況報告ありました」


 その声が俺の思考を止めた。

 伝令の兵より入電情報を持って入ってきた。


「状況は?」


 急くような声が俺の口から出ていた。


「第一滑走路使用不能なるも、第二滑走路の損害軽微。残機による戦闘継続は可能――」


 すっと、司令部内の空気が緩んだような気がした。

 最悪はなかったのか……

 基地の抗堪性(こうたんせい)を上げておいたのが、不幸中の幸いか……


「正規空母を捉えられなかったのは、痛かったですが、全般的には守りきったと言っていいのでは」


 宇垣参謀長が表情を変えずに言った。片手に手帳を持っているのはいつものことだ。


「敵にも相当な被害を与えたはずです」


 三和参謀の言葉の通りだ。ソロモンに展開して、航空戦力の主力となっていた護衛空母2隻を撃沈。1隻を大破したとのこと。

 正規空母は逃したとしても、純粋な航空機に対するダメージは大きかったはずだ。

 敵空母が、第二波を送らないで、即離脱したことからも、推測できる。

 100機以上の機体を一度に飛ばすのは、2~3隻の空母が必要だ。

 そして、アメリカ海軍には運用可能な正規空母が3隻ある。


 とにかく、ガダルカナルの基地化を抑え込み、ニューギニアを完全に制圧する。

 そのような環境を作ることで、時間を稼ぐ。

 そして、世界環境の変化に合わせた外交政略を――


「ポートモレスビーから緊急電です!」


 伝令兵が息をきらし飛び込んできた。

 全員の視線が集まる。


「ポートモレスビーが、戦艦の砲撃を受けました――」

 

 俺は、その意味を理解するのに数秒を要した。

 そして、理解すると膝が震えていた。


■参考文献

歴史群像太平洋戦史シリーズ67「米海軍戦闘機」

歴史群像シリーズ「日の丸の翼」

丸 平成25年1月別冊 局地戦闘機「雷電」

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