その70:【閑話】戦艦「山城」改造物語
「あ~あ……」
俺が、アリューシャン作戦になし崩しに参加したのは2か月ほど前だ。
そんで、日本に帰ってきたとき一番被害を受けた戦艦山城を見たときに俺の第一声がこれだ。
前衛芸術のようなパゴダマストはポッキリいって、第5砲塔は台座から吹っ飛んでいた。
その爆発で、後部はグチャグチャと言っていい状況。
俺が乗っていた大和も上部構造物から後部甲板がやられていたが、山城の悲惨さに比べれば、無傷のようなものだ。
より損害が少なく、帝国海軍の大切な象徴というか、至宝というか、レアカードというか……
まあ、戦艦大和の修理と改装が最優先されているわけだ。
呉では急ピッチで大和の修理と改装が進められている。
来月中には、戦線復帰するだろう。
で、山城なんだけど。艦政本部でも持て余し気味だった。
山城は大正六年に、横須賀海軍工廠で竣工した。
日本初の超弩級戦艦の扶桑型の2番艦として誕生。
扶桑の不具合点を改造しているので、ちょっとばかり艦形が違ったりしているが、基本同型艦だ。
アリューシャン海戦の後、生まれ故郷の横須賀海軍工廠に戻ってきたはいいが、工事は手つかず。
大型のドックが空いていないのと、本格修理にかかるとかなり時間がかかることが想定されたからだ。
当然、資材も喰らうことになる。
そして、ポートモレスビーを巡る海戦で、今度は空母の損傷艦が続出。
更に、ドックの状況が厳しくなり、山城は放置されていると言っていい状況だった。
俺自身、聯合艦隊司令長官といっても、艦政本部を直接動かす力はない。
戦争中なので、戦訓を主張し、方向性を示すことはできる。
今回の損傷空母には、戦訓として色々やろうとしているが、その中の一つ、アングルドデッキが全く受け入れられない。
「斜めの飛行甲板とか、長官はアホウですか?」
「水から石油が出来ると信じていた人はこれだから……」
「そんなことしたらトップヘビーで大変なことになりますよ」
てな感じが艦政本部からは、間接的に伝わってくるわけだよ。
人殺し多聞丸が、飛龍で着艦と発艦を同時にするという無茶苦茶な運用を実行。
それで、零戦の廃棄が続出した。けが人も出た。死人が出なかったのは幸運以外の何ものでもない。
まあ、その判断のおかげで、上空に零戦を早く上げることができたのは事実だ。
もし、これが無ければ、空母はもっと酷い目にあったかもしれない。
それでも、今の戦闘機不足や、搭乗員のけが人続出を考えると、痛し痒しというところだ。
そういえば、聯合艦隊司令部を陸に移す話も進んでいるかな……
山ほどある懸案事項について、俺は考えていた。
そのとき、三和参謀が、陸奥の長官室に入ってきた。
彼は見事な海軍式敬礼をする。
そして口を開いた。
「長官、山城の件、こちらの提案通りで通りました」
彼は淡々と言った。
「本当?」
「本当です」
「え…… あれでいいんだ」
「まあ、資材も節約できますし、ドックを使わず、特設工作艦でなんとかなりそうとのことですから」
「そうかぁ……」
いや、いいけどさ。
あれでいいのか?
いや、山城で実用性が確認されれば、正規空母にも活かせるということも……
『うーん…… 36サンチ砲12門の強力な戦艦をあのような姿にするのは忍びないのだ』
女神様が俺の脳内で愚痴をたれる。
『ずっと温存してどうにもならなくなってから、敵に滅多打ちされるよりマシでしょう』
対戦艦戦ということになれば、これから出てくるアメリカの新鋭戦艦に対抗するのは困難だ。
艦政本部の中には、悲運の天才藤本喜久雄がワシントン会議中に提示した41サンチ砲改造案を言いだす者もいたのだ。
まあ、そんな資材もドックの空もないのだが、まだまだ戦艦と巨砲は兵器として説得力が高いということだ。
実際、油の問題がなく、出し惜しみしなければ、戦艦はまだまだ使える兵器であることは間違いない。
ただ、敵の戦艦に旧式戦艦を改造してぶつけるというのは、あまりに非効率的な話だと思う。
『まあ、最終的に勝てばいいのだがな! 大日本帝国の勝利こそが最終目的なのだ』
『その通りですね……』
戦線は膠着し、ポートモレスビー方面の戦況は予断を許さないが、表面上の戦果だけは上がっているので、機嫌は悪くない。
俺の気分は良くはないが。
まあ、山城が改造されて、復帰したら、色々使いみちもあるだろう。
とにかく、やらなきゃいけないことは、まだまだ山ほどあるんだ。
今の有利に見える状況なんか、アメリカがその気になれば、一気にひっくり返される様な気がしてしょうがない。
実際、勝っていると言っていい状況ですら、今や戦力のやりくりに四苦八苦しているのだ。
もう、航空戦力に関しては陸軍の協力を得ないとどうにもならないとこまで来ている。
陸海軍の協力体勢を作るのは、どうにも困難というしかない。
史実より、少しでもマシな戦後環境を作るため、出来ることは全てやるつもりだ。
海軍内に多少の軋轢を生んでも、陸軍と協力しなければ、戦争なんてできない。
それでも、どうなるかは分かったもんじゃないけど……
◇◇◇◇◇◇
「5番砲塔のあったところの穴塞いで、後はこれですか……」
艦政本部から来た技術士官が見せた図面を、黄本主任はじっと見つめる。
彼は、今回の山城改造の現場責任者ともいえる存在だった。
「そうです」
艦政本部から来た技師は、平然と答えた。
「これやると、3番から6番までの砲塔は使えませんな」
「そうですね。本当は撤去したいんですけど、時間もないですし」
「無茶苦茶ですね」
「まあ、戦時ですからな」
なんでも、戦時といえば、済むもんじゃないだろと、黄本主任は思う。
技手から叩き上げて、技師になり、主任となった彼から見れば、艦政本部からきた技術士官は若造といってよかった。
黙って、図面を見つめている黄本主任。
この原案はどこから出てきたのか?
まるで素人の考えたものか、ガキの落書きのように思えてきた。
これからの仕事に対するやる気が急速に萎えてくるのを感じた。
まず、戦艦の甲板に柱を立てる。そして、その上に板を張って屋根のようなものを創っている。戦艦に日よけの屋根を付けたような感じだ。
真横から戦艦の形状は丸見えだ。
ポッキリ折れた艦橋もそのままで丸見え状態。
上から見れば、その屋根が艦尾から第2砲塔手前まで伸びている。
しかも、この形……
「戦艦にこんなやぐらを作ってどうするんですか?」
黄本主任はぼやくようにいった。
「やぐらではなく、飛行甲板ですよ――」
「はぁ? 空母ですか? これ? 空母にするんですか?」
「違います。飛行甲板はありますが、空母ではないです」
実際に、艦政本部でも、山城の空母改造は検討されていた。
その場合、完成までに2年。多大な資材を使い、だいたい現在活躍している隼鷹と同じ程度の性能の空母が出来る。
50機前後が運用できて、最高25ノットくらいの空母だ。
高性能空母とは言い難いが、ギリギリ正規空母といえる存在だろう。
ただ、完成するのが昭和19年ではどうにも遅すぎる。
そしてだ、第4砲塔までを取り外し、後部に飛行格納庫を造るという案も浮上した。
いってみれば、「航空戦艦」という案だ。
しかし、これも考えてみればどうにもならない。
発艦はカタパルトでなんとかなるが、着艦ができない。
通常の艦上機を使用するならば、運用に制限がかかる。
あまり、効果的な兵器とは思えないという意見が大勢を占めた。
今のところ、既存の空母も健在であり、用兵側からも、そのような要求は無かった。
用兵側から出てきたのは、艦隊上空を守る戦闘機の重要性。
艦隊防空をいかに行うか。
戦闘機だけでもいいので、運用できる艦が欲しいということだ。
さらに、聯合艦隊内部からは、空母改装に関し、奇妙な提案も上がっていた。
着艦と発艦を同時にできるように、斜めの飛行甲板を付けろというのだ。
これも、ポートモレスビー沖海戦の戦訓だというが、素人の思い付きのレベルを出ていないような感じだった。
戦闘機を飛ばせる艦が欲しい。
斜めの飛行甲板をつけて欲しい。
特に、後者は正規空母でいきなり出来るような物ではなかった。
ということで、損傷中で宙に浮いていた山城に白羽の矢が立ったのだ。
早急に戦線復帰させつつ、用兵の要求を受け入れるには、ちょうどいいプラットフォームだった。
また、素人の思い付きと思われた斜め飛行甲板も「試してみればいいんじゃないか」という意見も出てきた。
まあ、技術者としての興味というのもあったのだろう。
そんなこんなで、山城は改造されることになった。
それは、艦橋がポッキリ折れた戦艦の上に、飛行甲板を設置するだけの改造だ。
「空母とは飛行甲板があればいいというものではないです。戦闘機、爆撃機、攻撃機を整備、運用し、魚雷、爆弾を格納できなければなりません」
「そうですね。でも、これ魚雷も、爆弾も格納できないし、装備できないのでは?」
黄本主任はこの改造に少し興味がでてきた。一体何をやらせたいのか?
「そうですよ。だって戦闘機しか積みませんから。機銃弾とガソリンの供給ができればいいんですよ」
「はぁ……」
空母は、本来非常に造るのに手間のかかる艦なのだ。
大和と翔鶴で工数を比較したときに翔鶴の方が多かったというのは、有名な話だ。
「要するに36サンチ砲を4門積んだ、戦闘機だけを飛ばせる艦というものですか?」
「はい。計画では30機の戦闘機の運用を予定しています」
設計図に書かれたみっともないやぐらのような飛行甲板がなんとなく、カッコいい物に見えてきたのだから、人間の心理というのは分からない。
黄本主任は、この艦は意外に面白いのではないかと考えるようになった。
「まあ、荒天時の対策やら、運用で何とかしなければならない問題はありますが、資材も消費せず、最短で彼女を戦線に復帰できる方法だとは思います」
確かにポッキリ折れた艦橋はそのままだ。
煙突だけ、誘導煙路を作って斜めに突き出させる。
そして、骨組だけで、飛行甲板を設置するという感じだ。
「飛行甲板はアミ板を重ねて使用しまして、トップヘビーを防ぎます」
「ふーん……」
黄本主任は腕を組んで考えた。納期はきついことはきついが、資材さえ順調に揃うなら、可能な工期であろうと思われた。
しかし、戦艦に備わった主砲を撃てなくしてまで、飛行機が重要ということか……
それも近代戦の現実という物なのだろう。
「で、なんでここが斜めなんです。この飛行甲板?」
あ、気付いちゃいました?
てな表情で、技術士官が黄本主任を見た。
そりゃ、気付くよ。こんな斜めになってんだものって視線を送り返す。
黄本主任は、俯瞰図を見つめる。
艦首よりの「飛行甲板」が曲がって斜めに突き出ている。
「あ… 運用側の要望でして、山城で試すことになりました。斜め飛行甲板です」
「なんですか?」
「こうすれば、発艦と、着艦を同時にできるじゃないかって考えですよ」
「ふーん」
確かに理屈では出来ないことは無いとは思う。
しかし、斜めになっているというのは、使う搭乗員にとってはどうなんだろうか?
「これも、総力戦です。無駄な時間、無駄な資材は使えないということです」
技術士官は話を切り替えてきた。
確かに、これ以上話しても仕方ない。
「まあ、そうでしょうね」
黄本主任も同意する。
そして、超弩級戦艦山城は、その船体の上に、やぐらのような飛行甲板を持つことになる。
艦隊防空艦として、アングルドデッキを持ち、最終的には50機以上の戦闘機を運用可能となるのは、まだ先の話であった。
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