その30:鋼の嵐! アリューシャン海戦 1
「戦艦って兵器はなんだろうなぁ」
俺はその戦艦の進化の極致にある大和の執務室で言った。
ここには、俺と先月海軍航空本部総務部長に就任した大西瀧治郎少将。そして、第一航空戦隊の参謀、源田実中佐もいる。
他の人間はいない。
あと1人。いや1人じゃないか。他に1柱存在している。
「最強無敵の鋼の城なのだ! 浮かべる城で神にも悪魔にもなれるのだ!」
「そうっすか……」
俺の眼前で実体化した女神は言い切った。
長い黒髪を揺らし、胸を張って断言。その外見は文句なしの美少女なのだが、言ってることが痛すぎる。
こいつ、俺をここに連れてきた以外なにも役に立ってない。何なのだ? いったい。本当に女神か……
何度となく考えた疑問がまたしても浮上する。
「この大和の砲撃力は約1.5トンの砲弾を斉射で9発なのだ! 重爆の大編隊すら足もとに及ばないのだ」
「ああ、そうっすね…… ちょっと難しい話ししますから、女神様は待機してください」
「うむ、分かったのだ。難しい話は嫌いなのだ。勝てばいいのだ!」
そう言うと女神は光となって、俺の頭の中に吸い込まれるようにして消えた。
この女神の言っていることはそう大きく間違っていない。
俺も戦艦の有効利用は考えていないではないのだ。
大和は46サンチ砲9門を搭載。斉射の投射重量は13.5トンだ。
翔鶴型で九九式艦爆27機、九七式艦攻も27機だ。
合わせて28トン。
だいたい大和の2斉射分だ。
そう考えると、戦艦という兵器がどんだけの破壊力のある兵器かというのが分かる。
何年か前に大和が9門一度に斉射できないという話が話題になったことがある。
砲塔基部の強度が持たないという話だったかな。
しかしだ。大和と武蔵がタウイタウイで斉射訓練おこなって、散布界データをとったという史料をみたこともある。
それに、扶桑型を作るときに3連装砲塔4基を選択できなかったのが、まさにその理由で斉射が出来なくなる可能性があるということだったはずだ。
大和設計案でも、2連装砲塔で4基と言う案があったのだし、あえて斉射ができなくなる3連装砲塔を選ぶとも思えない。
訓練だって揃えた方がやりやすいのに、3連装だからね。
実際、こっちに来て分かったのだが、大和はきちんと斉射できる。コンマ何秒のズレを生じさせて発砲するのだ。
時間当たりエネルギーを分散することで衝撃を分散することが出来ているという訳だ。
「戦艦などスクラップにして、輸送船に鉄資源として再利用した方がいいですね」
猛禽のような相貌をした源田実中佐の言葉が俺の思考を遮った。
この人、戦艦大嫌いというか、戦闘機無用論にホイホイ乗ってしまうように、結構時流に乗って流されやすいとこがあるような気がする。
今は「航空主兵論」にどっぷりつかっている。まあ、間違いじゃないと思うけど。
源田実は、頭は滅茶苦茶いいとは思う。逸材だ。じゃなきゃ前例のない空母を集中した艦隊で「源田艦隊」とまで言われるまで評価され、実際に切り盛りはできない。
「ピラミッド、万里の長城、戦艦大和は世界の3バカか……」
「その通りです! 長官」
源田実が我が意を得たりと言った顔で頷く。
まあ、いいけど。
それはそれでかなり極端な物言いだと思うんだけどね。
ピラミッドも万里の長城も観光資源として、国に貢献している。
大和も映画、アニメ、プラモデル産業に大貢献しているしな。莫迦ともいえないとは思う。
もし、大和が無ければ、戦後のプラモデル業界はドル箱を失っていただろう。
そして、「宇宙戦艦ヤマト」は生まれず、アニメブームが生まれず、クールジャパンも無かったかもしれない。
ああ、これは考え過ぎか……
まあ、今はどうでもいいか。戦力には関係ないな。
クールジャパンが生まれる戦後がやってくるかどうかも、今は分からん。
「しかし、2方面作戦ですか……」
大西少将が言った。声に少し憂いがあった。
当然だろうと思う。戦力が集中できないというのは、基本的に悪手だ。
ポートモレスビー、ミルン湾侵攻からか始まるニューギニア攻略は準備もしていた。
しかし、アリューシャン方面の作戦は少し泥縄的だ。
史実と同じく、龍驤、隼鷹を中心にしていく。ただ、航空攻撃で叩いた後は、戦艦による砲撃を考えている。
戦力の薄い日本だからこそ、戦艦は有効に使おうと思っている。
「アリューシャンには、軽空母の龍驤と商船改造空母の隼鷹を基幹とした機動部隊を投入する予定だ」
「手薄な気がしますが、大丈夫ですか?」
大西少将が言った。
「航空機に頼り切らないように、編成も考えたけどね」
俺は椅子に身をあずけて言った。
航空戦力は史実と同じだ。
俺は更に、この艦隊に扶桑と山城を付けようと思っている。史実では伊勢、日向も付いて行っているが、レーダの実験した以外ではなんもやってない。
戦艦は4隻。伊勢、日向、扶桑、山城となる予定だ。
この4隻は操舵がすごく難しいという問題がある。
海路的に難所の多い、ポートモレスビー方面の作戦には投入しづらい。
そして、速度の問題もある。龍驤は29ノット、隼鷹は25.5ノットが最高速度だ。
空母は26ノットあれば、一応無風でも発艦できる風力を作れる。
この2隻は十分に艦隊型空母として使える水準にある貴重な戦力だ。
そして、戦艦4隻は第一航空艦隊では、ちょっと艦隊行動に問題がありそうだ。
速度が遅すぎる。まあ、無理すればできなくはないだうろが、訓練時間がない。
速度的には、こっちの空母と一緒の方がバランスがいい。
戦艦は伊勢、日向が約25ノット出る。
扶桑、山城も改造で25ノット近く出るということになっているが、戦後の関係者の回想では22のノットくらいという証言もある。
実測はその程度ではないかと思う。艦齢も古いし。
ただ、攻撃力は一級品だ。4隻とも36サンチ砲12門。4艦の斉射で670キロの砲弾を48発撃ちだすわけだ。
1回の斉射で32トンを超える。
これで、ダッチハーバーをボコボコにしてやろうと思う。
あんまり、航空機に負担を掛けたくない。
「ポートモレスビーには我々ですね」
源田中佐が言った。鋭い眼光で俺を見つめる。
第一航空艦隊をニューギニア方面に出す。
ポートモレスビーとミルン湾を一気に攻略する。
そのため、ニューギニア、オーストラリア北部の航空基地も合わせて潰す。
基地航空隊も協力することになっている。
「史実では、敵空母が出るとのことですが……」
「ああ、レキシントンとヨークタウンだな。史実では、翔鶴、瑞鶴の2空母がこの米空母と対決。そして、レキシントンが沈んで、ヨークタウンは大破かな。こっちは翔鶴が中破する」
「勝ったわけですね」
「いいや」
「?」
源田中佐が怪訝な顔をした。
「航空機の消耗が激しすぎて、上陸支援ができなくなった。あと、上陸部隊の援護についていた軽空母の祥鳳が撃沈されたからね、肝心のポートモレスビー攻略は中止になった。作戦目標を達成できなかったので、負けだろうね」
「そうですか……」
「それはそうと」
俺は身を前に乗り出して、源田中佐を見つめた。隙のないまさに海軍軍人と言った感じだ。
「なんでしょう、長官」
「レーダと上空援護の連携はどうなっている?」
「赤城と飛龍に電探を乗せることになっています」
「それは知っている」
史実では無かった空母へのレーダ搭載が決まっている。発着艦に邪魔くさいという意見もあったが、強引に乗せることになった。
問題はハードよりも運用だ。つまり、電探(レーダ)の情報をどうやって上空援護の航空機に伝え、誘導するのかということだ。
これは、今の時期の米海軍ですら、試行錯誤の真っただ中だ。
実は通信機自体のハード性能は、それほど悪くない。鹵獲した米軍も、その性能を評価しているくらいだ。動けばの話だけど。
安定して動かないという重大な問題が、このころの日本製にはつきものの話なんだ。
特に、音声通話は厳しい。
「上空護衛の機体との連絡はどうするのだ?」
「戦闘機の通信機ではやはり無理ですね」
源田中佐は言った。あっさりとだ。
「どうする? 電探があってもその情報を通達できなければ、意味はないぞ」
「指揮連絡機を上げます」
「指揮連絡機?」
「はい」
源田実中佐の説明では、九七式艦攻を上げて、その機体で艦隊との連絡をとるとのこと。
この機体だけなら、十分無線機を整備することも可能だということだ。
専門の通信員もおり、無線機も戦闘機よりは安定しているとのこと。
戦闘機全機の無線を万全にするのは無理だが、数機の艦攻の無線機のコンディションを整えるくらいなら何とかできるようだ。
尚、アースの取り方という話もしてみたが、問題はそれだけではないようだ。
海の上では、真空管などの部品の劣化が激しい。
本来なら予備部品を用意して、整備を万全にするべきだとは思うが、空母と言うマンパワーの限られた環境では厳しいようだ。
とにかく、指揮連絡機を上げて、電探情報を得ることまではいける。
この指揮機も無線の信頼性も100パーセントではないが、必要なら複数機を上げてカバーするという。
でもって、艦隊との通信を確保して、各機には、手信号なり信号弾なり、ボードなり、モールス符牒など各種方法でなんとか伝えるというものだ。
乱戦になったら、通用しないが、敵の接近を探知した場合は、一応何とか対応はできそうだった。
まあ、今の日本ではこのくらいが限界なのかもしれない。
「雷撃数が減りますが、致し方ありません」
「まあ、やられてしまっては、どうしようもないからね」
雷撃よりもまずは、空母戦の場合は、飛行甲板を潰すことが最優先だ。
日本の25番(250キロ爆弾)、通常爆弾は、装甲をぶち抜いて爆発するので、結構深いダメージを与える。
艦爆の急降下爆撃で先手を取るのが重要だ。
「敵空母は来ますかね?」
大西少将が口を開いた。
「来るとすれば、ニューギニア方面だとは思うが……」
「史実通りならばですか?」
「まあ、そうだけど」
「東京空襲の失敗で、史実から大きく状況が変わっていますが?」
「そうだなぁ」
それはそうだ。
エンタープライズとホーネットが沈んだ。
アメリカとしてどう動くかは、読めない部分がある。
空母をあえて温存するのか、それとも強気で勝利を目指すのか。
「大和田通信所では、電波諜報解析を続けている。かなりの確度で、動きは掴めると思う」
俺は言った。
史実でも電波解析で米空母の動きはある程度掴んでいた。
ある程度の動きは掴めるだろうと思う。
その情報を有効に活用できるかどうかの問題だ。
「こっちの暗号が読まれている件は?」
畳み込むように大西少将が問いかけてくる。
「対策はしたので、しばらくは持つだろう。今は、根本的な対策はできてないが」
海軍は暗号に絶対の自信を持っている。
暗号解読されてますよって話を信じようとはしないだろう。
また、全軍の改訂は凄まじいコストを発生させる。下手したら、全く作戦不能になってしまう。
今できるのは対症療法くらいなものだ。
「敵がこっちの出方を知っているなら、おそらく出てきます。奴らは怯懦とは無縁です」
「私も、大西少将に同意します」
大西、源田の2人が断言した。
俺の話で日本が負けることを知っている彼らはアメリカを決して甘く見ていない。
確かに、陸軍の双発機を積んで東京空襲してこようなんて考える軍隊が臆病なわけがない。
やはり空母は来るか?
どっちだ?
「どっちに来ると思う?」
俺は訊いた。もう、史実からは判断できないレベルだ。
「長官の言うとおり、ニューギニアでしょう。豪州北部の基地の支援を受けられます。また、アリューシャン方面は気象の問題もあります。作戦的な重要度から見てもニューギニアですね」
源田中佐が言った。大西少将は黙って頷いて、同意の意思を示している。
まあ、確かにそう思う。
「長官。別件ですが、施設本部から試作機ができたとの話が入りました」
大西少将が言った。
「ん? なに」
「ブルドーザーですよ」
「ああ、それか」
今回のニューギニア占領では、土木機械が決戦兵器といってもいいくらいだ。
どうにか、急がせていたブルドーザーの試作品ができたようだ。
とにかく、できるだけ数を揃えてニューギニアに送り込まなければ。
陸上基地の飛行場は滑走路だけでは、戦争の使い物にならない。
航空機の掩体壕のない飛行場は、あっという間に戦力をすり潰す。
航空本部勤務となった大西少将は、基地の整備がまさに職務という立場になっている。
航空基地を支えるのは、土木機械なんだ。
「土木機械とレーダ、通信機か…… これで、勝てるかな……」
俺はつぶやくように言った。
「戦争に絶対はありません。長官」
大西少将が言った。
「いや、やり残したこととか、忘れていることがないかと思ってね……」
もう、後知恵の通じる段階は過ぎ去りつつある。
米軍はどう動くか、予想はできるが、それは確実じゃない。
「我々は、勝つために本分を尽くす。ただ、それだけです」
源田実中佐の力強い言葉が執務室に響いた。
決意、覚悟、なにか重く、大事な物が含まれた言葉に聞こえた。
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