その29:ニューギニア完全占領作戦始動!
「軍令部はフィジー、サモアの位置を確認したことがあるのかね?」
黒島先任参謀が、偉そうに言った。さすがに最近は風呂に入っているようで体臭はきつくない。
「補給ですか? 島伝いに、航空基地ができれば、制空権も確保できます。補給には問題ないかと?」
三代辰吉中佐が地図を指示し言った。
彼は軍令部の代表として、柱島の大和に来ている。
要するに、軍令部の作戦を飲ませるための説得役と言う奴だ。
「あまりに、楽観的すぎる。それは皮算用だ」
宇垣参謀長が言った。鉄仮面の表情のまま、セル画を節約した昔のアニメのように表情が動かない。
薄ら笑いのまま、固まったような表情。怖いよ。
「むしろ、オーストラリア本土に近い、ニューギニアの方が危険です。敵の圧力が高くなります」
三代中佐は全く動じない。
大日本帝国の第一段作戦はほとんど完了予定だった。
南方資源地帯は予定よりも前倒しで占領確保。
シンガポールも陥落している。フィリピンでは、コレヒドール要塞でマッカーサーが踏ん張っているが、時間の問題だ。
なにより、史実と違って、彼が脱出してないのが大きい。
このため、オーストラリアは消極姿勢のままだろう。
アメリカ内部にも、今のところマッカーサー以外にオーストラリアからの反攻を強く主張する存在はない。
それは、ドイツを主敵とする連合国の合意事項と相反するものだからだ。
とにかく、この時期の大日本帝国は「次なにしようか?」という状態なのだ。
あまりに、第一段作戦が上手く行き過ぎてしまった弊害といえば弊害だ。
軍令部と聯合艦隊の意見対立はずっと続いている。
ドゥーリトル作戦以前から、話し合いが続けられていたが、全然妥協できていない。
今、柱島の大和に、軍令部から航空担当の三代辰吉中佐が来ているのは、次期作戦案の調整をするためだ。
第一段階作戦の中にあった、ポートモレスビー攻略は、東京空襲とそれに伴う、空母決戦によって延期になった。
陸上航空隊と協力して、翔鶴、瑞鶴が敵空母2隻を沈めたといっても、こっちの艦上機も無傷じゃない。
搭乗員補充、訓練、既存搭乗員の休養、空母側のメンテナンスとやることは色々ある。
つまり、翔鶴、瑞鶴の最新鋭2空母が即出撃できる状態にないということだ。
他も空母も似たようなものだ。
座礁した加賀はそろそろ復帰できるが、赤城の修理はもう少し時間がかかりそうだ。
蒼龍、飛龍は船体は無傷だが、インド洋で搭乗員を消耗している。
空母という入れ物はともかく、飛行機と搭乗員が十分にそろっていないのだ。
「三代君」
「なんでしょう、長官」
俺はこう着状態の会議に割って入った。
膝が少しカクカクする。座っているのに。
「フィジー、サモアを攻略したとしてだ。それで米豪遮断ができるかね? 完ぺきな遮断だ」
「聯合艦隊として、遮断に自信がないと? 長官らしからぬ言葉ですね」
睨むように俺を見つめる三代中佐。
くそ、話しをそらすぞ。
「米豪の補給ラインに掣肘を加えることはできるだろう。しかし、完ぺきには無理だ」
俺は断言した。
俺は、地図を指さし、くるっと回り込むようにラインを指示した。
ニュージランド経由で、補給ラインが構築されれば、ニューカレドニアまで攻め入っても無駄なのだ。
こっちの勢力圏を迂回すれば、オーストラリア南部の主要都市との連絡路は維持できる。
アメリカとオーストラリアにとっては、非常に厄介な事態だと思うが、致命的とまではいかないと思う。
「しかし……」
「補給ラインに掣肘を加えるなら、豪州本土に近い、ニューギニアでも十分だ」
「ニューギニアは広すぎます。豪州本土と直接対峙するのは、危険です」
「フィジーとサモアは遠すぎる。ポートモレスビーから直線で更に2500?も先だ」
「しかし、占領すれば、周囲にアメリカの反攻拠点もなくなるのです。奪回も容易ではないでしょう」
「ニューギニアを放置しておけば、資源地帯が危険となる。完全占領しかない」
「それこそ、補給が困難です。豪州本土からいくらでも補給ラインを妨害できます」
話は平行線だ。確かに、ニューギニアの完全占領が、オーストラリアの危機意識を刺激するのかもしれない。
補給も危険かもしれない。
それも一理なくはないが、放置してここに反攻拠点を作られたら、恐ろしいことになる。
史実の日本が1945年まで戦えたのは、1943年のニューギニアでの激闘があったからだ。
日本にとっては悲劇の戦場ではあったが、そこで戦った人たちの血と命で時間が稼げた面もある。
それを更に、日本に有利にするには、この1942年の時点で更に支配エリアを増やす必要がある。
完全に占領された島を攻略するのは、物量が多くても大変だ。
戦場の面積が限られれば、大量の物量があっても、そこに投入できる戦力の上限は決まってくる。
「軍令部としてはフィジー・サモア攻略は譲れません。ここの島嶼の占領は、敵撃破のための条件にもなります」
三代中佐は、史実ではミッドウェー作戦の危険性を見抜き、必死に撤回を求めた人物だ。
頭の回転は早すぎるくらいに早い。ミッドウェーの補給の危険性も指摘している。
島嶼の要塞化で、敵を迎撃するという基本は理解できる。でも、その辺りは、放置される危険性もあるんだ。
ニューギニアは、日本と資源地帯の切断を狙うなら、絶対に放置できないチョークポイントになる。
「そうかね」
「そうです」
もはや、いくら言っても説得は無駄なような気がしてきた。
「いいですか、ニューギニア全土など無理なのです」
三代中佐は地図を指さし言葉を続ける。
「大陸方面に展開中の陸軍は、南方には1万の兵力しか出しません。いいですか? この広さを見てください。しかも密林ですよ」
畳み込むように三代中佐は俺に言いよってきた。
対人スキルの低い、無職ニートの俺は言い負かされそうになる。
この時代に生きた軍人の強い眼差しで見つめられると、言葉はでなくなってくる。
くそぉ……
史実じゃ、山本五十六は、もっと無理目なミッドウェー作戦をごり押しするんだぞ。
これでも、手ぬるいんだからな。
「陸軍では次期作戦をどのように考えているのかね?」
黒島先任参謀が言った。
「重慶攻略です」
三代中佐が吐き捨てるように言った。
やっぱ、この人も陸軍嫌いなのかね。
ああ、重慶作戦ね。史実は計画だけで終わった作戦だ。
確かにこの作戦計画が生きているなら、ニューギニアに兵を出すのは渋るかもしれん。
重慶作戦は資材や兵力やら試算すると、南方作戦以上の大作戦になるものだ。結局、ガダルカナルを含む南方戦線の戦況悪化で中止となるわけだが。
俺自身、そもそも太平洋戦争は、日中戦争が世界大戦にリンクしたものだという認識がある。
重慶に攻め入って、蒋介石を追い詰めるというのは、一つの方法かもしれないと考えたこともないではない。
援助ルートの拠点である昆明を占領するとか……
中国に泣きをいれさせ、中国と停戦。そうなると、どうだ?
アメリカが日本と戦争した根本的な原因が……
くそ、ダメだ。
蒋介石は国外に亡命してでも、対立姿勢を崩さないだろう。
重慶が落ちようが、どうしようが多分変わらない。
それに、共産党軍もいるし。
20世紀の虐殺タイトルホルダーの毛沢東率いる八路軍だ。人民解放軍の祖先みたいなもんだ。
仮に、蒋介石と講和を結べたとしても、汪兆銘政府との調整をどーすんだよって話も出てくる。
切り捨てるのか?
なんちゅーか、国際的な信義が問われるよなそれは……
そもそも、日中戦争は、暴虐を尽くすシナを懲らしめるということで、国民の合意を得ている。
それが、なぁなぁの決着で済むのか? と言う話もある。
つーか、聯合艦隊司令長官にしかすぎない俺に陸軍を動かす権限はないしな。
まあ、大陸のことはいい。とりあえずはいい。
まずは、ニューギニアだ。ここを抑え込むのだ。
「陸戦隊?……」
俺は小さくつぶやいた。海軍にもあるじゃん。陸上戦力。ダメなのか。
「陸戦隊だけで、あんな広いニューギニアを占領できるわけないじゃないですか!」
三代中佐が大声で言った。俺は思わず視線をそらす。なんという小者感たっぷりの聯合艦隊司令長官なのか。
中身が無職ニートなのでしょうがない。
「では、陸軍が了承すれば、ニューギニア作戦は問題無いのですか?」
三和参謀が話に入ってきた。
「それだけの問題では――」
「陸上戦力の問題が解決するならば、作戦は可能では? 補給も――」
三和参謀が地図を指さし、なぞる。
「北から南への陸路輸送の可能性もある点で、島嶼とは異なります」
ナイスだ。三和参謀。ビール10ダースだ。
ブナからポートモレスビーの陸路だって、敵の妨害を排除した後なら、トラック利用できる道が出来る可能性もあるんじゃないか。
海岸線を大発で、移動できるし、輸送の環境はバラバラの島嶼のソロモン方面よりいいと思うのだ。
その後も論争は続いたが、お互い一歩も引かない状況だった。
結局、三代中佐は今回の意見を持ちかえって、伊藤次長と調整することになった。
くそ、一つのこと決めるのに、先が長げぇなぁ……
◇◇◇◇◇◇
「軍令部が折れましたな! さすが、長官です」
黒島先任参謀がニコニコして俺に言った。
軍令部が折れた。
最終的には、陸軍が兵力を出すことに協力することになったのが大きかった。
どうも、陸軍内部で重慶攻略は手間暇時間がかかりすぎると判断されたようだ。
その間、海軍に協力するのもいいでしょうという話になったようだ。
また、フィジー、サモアの距離が陸軍内部でも問題になったらしい。
「海軍は孤島に、皇軍兵士をばらまくのか?」と言う意見がでたようだ。
でもって「まだニューギニアの方が近くてマシ」という流れになったらしい。
陸軍は兵站に関しては、海軍よりシビアなんだ。日本軍は補給(ロジスティスク)を軽視していたというが、史実は違う面も見せている。
実態は軽視していたのではなく、戦線が広がりすぎて、大陸での戦闘を想定していた陸軍の兵站が機能不全になったということだ。
100万人の兵隊を大陸に送り込んで、曲がりなりにも戦争していた組織が、兵站軽視していたわけがない。
まあ、それだけじゃないだろうけどね。
簡単に言ってしまえば「海軍に恩を売っておくので、重慶作戦では協力してね」ということだ。
まあ、今後の資材割り当てで、妥協しなければいけない局面がでるかもしれんが。それは、先の話だ。
そもそも、資源地帯と本土のシーレーンが寸断されれば、陸海軍で資材を取り合いしている場合ではなくなる。
ニューギニア完全占領は、それを防ぐための第一歩だ。
「しかし、陸軍に借りができましたな」
宇垣参謀長が言った。あまり機嫌がよくない。陸軍が嫌いなのは海軍上層部のスタンダードだった。
やはり、組織が小さい分、海軍の方が組織防衛の意識が強いのかもしれない。
「まあ、今回はいいじゃないか」
俺は言った。
とにかく、ソロモン方面にズルズルと攻め入るのは勘弁して欲しいのだ。
「長官、しかし軍令部が交換条件に出してきた作戦ですが……」
三和参謀が話に割って入ってきた。
「アリューシャン作戦かね」
史実でもあった作戦だ。ミッドウェー作戦の陽動として、北方からの米軍の侵攻を防ぐという目的で行われた作戦。
そいつが今回も実施される。
『よーし! 次期作戦も決まったのだ! 驕敵、アメリカに、正義の鉄槌を食らわせるのだ! 無敵聯合艦隊なのだ! 東亜の解放なのだぁ!』
戦闘開始を告げる鬨の声のように、女神様の叫びが俺の脳内響いた。
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