その25:勝利で生じる過負荷について
ドゥーリトル隊による東京空襲は阻止した。完ぺきにだ。
俺は全機撃墜の報告を受け肩の力が抜けた。
第五航空戦隊の空母翔鶴、瑞鶴の攻撃隊が、米空母を2隻を仕留めたという情報も入っていた。
柱島の戦艦大和内、聯合艦隊司令部は沸き立っている。
盆と正月が一緒にやってきてカーニバル開催中だった。
アメリカの作戦を完ぺきに粉砕したという結果になったのだから当然だった。
しかし、俺の胸の内にあったのは、喜びよりも安堵だった。
そして、不安だ。
ここで、完ぺきに史実がねじまがった。
戦術レベルの後知恵が通用するのはここまでだと思う。
その最後の局面で失敗しなかったことで、とりあえずホッとしたというのが正直なところだ。
「長官、やりましたな」
鉄仮面が笑っている。やべぇ、怖い。宇垣参謀長が不気味な笑みを浮かべ俺に話しかけてきた。
「さすが、軍神山本長官です!」
史実では軍神を量産する特攻マシーン&作戦を大量に発案する黒島先任参謀が言った。
俺は軍神なんかになりたくないんだけど。
「これに懲りて、アメリカも帝国本土爆撃などというバカな作戦は2度と実行してこないでしょうな。まったく、非人道的な作戦ですな」
「お前が言うな、黒島君」というセリフが喉元まで出るが抑え込む。この黒島参謀はまだ、特攻マシーン発明家ではない。
「そうだな」
軽く相槌する俺。
「それはそうと――」
「なんでしょう、長官」
「米空母は確実に仕留めたのか」
「いくつかの陸上基地からも索敵機を飛ばしております。まず間違いはないでしょう」
三和参謀が俺に説明した。
俺は黙ってうなづいた。
まあ、信じるしかない。
今回は、艦隊側の索敵機だけではなく、陸上基地からも戦果確認の陸攻を飛ばしている。
日本近海だしクロスチェックすれば、ほぼ確証を得られるんじゃないかと言う判断は納得できる。
というか、それ以上の情報は得ようとしても難しい。
史実の日本海軍の戦果確認はちょっと危うい物があった。
戦争末期の過大な戦果報告とは別に、勝ち戦の状況でも戦果は過大になりがちだった。
史実ではサラトガは何度も沈んだことになって、天皇陛下にまで「サラトガは何度も沈むのだな」と皮肉を言われている。
ただ、これは当時のどの国でも同じような問題を持っていたかもしれない。
アメリカだって常に正しい戦果判定をしていたわけではない。
フィリピンで「戦艦ヒラヌマ」撃沈は有名な話だ。そんな戦艦は日本にはない。
沈めた奴は勲章までもらってる。
とにかく、戦果の確認というのは難しいんだよな……
アメリカも報道管制と自主規制で、被害の報告はしてこない。するのは、時期をずらして影響がなくなったころとかだ。
例外は「南太平洋海戦」のホーネットだが。そのときは、ニミッツがルーズベルトに怒りをぶつけ「ぶっ殺してやる」と叫んだそうだ。
アメリカ国民に対しては、今回の作戦は無かったことになるだろう。
「発進地はシャングリラ」というルーズベルトのジョークも、今回の歴史の中では消滅。
日本海軍が、必死にシャングリラという島を探すというアホウなこともなくなった。
シャングリラは「失われた地平」という小説の中に出てくる楽園のことだ。
つーか、ドゥーリトルの東京空襲が「失われた作戦」になってしまったわけだけど。
ただ、国民には知らせなくとも、海軍とアメリカ政府に与えるインパクトは馬鹿でかいと思うのだ。
まず、この作戦はルーズベルト大統領からの「早期に東京空襲しろ」って命令がことの発端だ。
それで、アメリカ海軍は、陸上機を空母に載せて、東京を爆撃するという破天荒な作戦を実施してしまう。
史実では成功して、アメリカの士気を少なからずあげた。
ミッドウェー作戦に反対していた軍令部や陸軍が、作戦承認に動いたという面もある。
まあ、俺はミッドウェー作戦なんてやらないけど。
そしてだ、今回は中途半端な後知恵を使った準備でなんとかかんとか、勝つことができた。
この作戦が失敗したときに、アメリカ国内にどんな影響がでるのか?
俺は、それを考えた。
まず、空母2隻の喪失は相当に痛いはずだ。
まあ、先の流れを知っている方からすれば、焼け石に水のような気もするが、当事者のアメリカからすればそれなりに痛いとは思うのだ。
「今」という時間の中に立っている人間にとって、確かな未来のことなんか誰も分からんのだから。
エンタープライズとホーネットが喪失。
サラトガは6月まで復帰しない。
よって、今米海軍が動かせる空母は、レキシントン、ヨークタウン、ワスプ、レンジャーだ。
史実ではレンジャーは太平洋戦線での使用は耐えられないと判断されて、大西洋方面に投入されている。
大西洋にも空母は必要だ。
そうなると、レキシントン、ヨークタウン、ワスプの3隻。サラトガが復帰すれば4隻ということになる。
日本海軍の方は、空母は赤城が損傷、加賀も座礁で修理中。
翔鶴、瑞鶴、蒼龍、飛龍の4空母に、軽空母の龍驤、祥鳳、瑞鳳がある。
1942年中に隼鷹、飛鷹のほぼ正規空母に準ずる性能を持った商船改造空母も出来る。
とりあえず、1943年中までは空母戦力で優位を保てる目途が立った気がする。
当面、アメリカが空母決戦を避けてくれる状況が生まれたなら、それを利用する。
こっちも艦隊保全主義でいかせてもらうわ。
稼いだ時間で、陸上基地の整備をさせてもらう。
挑んで来たら、対抗せねばならないけどなぁ……
できるなら、やりたくはない。
仮にだ。
1942年中に、開戦前にアメリカの所有していた空母が全滅。
日本側が全て残っているという、パーフェクトゲームが実現したとする。
ご都合主義を超越した、皮算用だ。
このような状況でも、日本の空母戦力の優位は1944年中が限界だろうと思う。
1945年に入れば、戦力は逆転する。
正規空母を月産体制で「量産」してくる相手に数的優位を保つなど無理だ。
1945年にはアメリカ機動部隊はどうにもならないチートになる。
2000機を運用する機動部隊になにをどーすればいいというのだ。
とにかく、今の時点から、空母に空母をぶつけるという贅沢な戦いはなるべく避けたい。
パーフェクトゲームなどできるわけがない。
なんとか、アメリカ機動部隊が自由に動き回りにくい状況を作っていくしかないのだが。
頭が痛い……
◇◇◇◇◇◇
俺は長官の執務室で「ウンウン」唸っていた。
司令部では勝った、勝ったという空気の中、俺もやはり浮かれていたのかもしれない。
俺は、今回の戦いで生じた被害の報告を見て、震えが来た。
「勝ったのは日本なんだよね?」と聞きたくなるような被害状況だ。
まず、陸攻は接敵攻撃した30機がほぼ全滅。
基地まで生還したのは4機。そのうち3機が不時着となって、まともに帰ってきたのは1機だけ。
しかもだ――
魚雷を抱えて、出撃した陸攻。
基地側が「魚雷もったいないので、付けたまま降りろ」と命令。
それで、順番に着陸して8機目が着陸に失敗。爆発炎上で、基地機能が喪失。
空中待機していた陸攻は、魚雷を捨てて、不時着して全損となった。
生還は7機だ。
アホウか……
確かに、史実でもそのような命令はあったことを薄らぼんやり覚えているが……
なんということをしてくれるのだ。
残りも着陸失敗やら、不時着やらで喪失機がでている。
航空機は戦わなくても、損失するという事実を堪能させてもらったよ。マジで。
空母の方も陸攻ほどではないが、被害を受けていた。
九九式艦爆と九七式艦上攻撃機に被害が集中している。
未帰還機が14機だ。
その他、着艦後、被弾が多く廃棄された機体が4機あったようだ。
合計20機近くが失われている。
空母2隻を沈めたにしては少ない被害なのかもしれないが。
余力のない日本海軍にとって、空母同士の決戦は、やるだけ損なんじゃないかと思ってしまう。
かといって、基地航空隊をぶつければ、陸攻のようになるわけだ。
どーすんだよ?
戦争で無傷の勝利はほとんどあり得ないという事実が俺の眼の前に提示された。
予備戦力のない日本にとっては厳しい事実だ。
「どーすんだよ…… 本当に」
俺は、その思いを口に出していた。
誰もいない執務室に俺の言葉が響いた。
◇◇◇◇◇◇
今回の空母撃沈は、大々的に報道された。各地で提灯行列だ。
帝国海軍の行くところ敵は無し!
鎧袖一触! 無敵海軍!
太平洋を浅くするからもっと作れポンコツ米空母!
ルーズベルト真っ青! 立ち上がる事できず!
新聞報道も煽りまくりだよ。
国民熱狂で、止まらんなぁ……
「あ~ あ~」
思わずため息がもれる。
俺は、大和の長官執務室で、新聞を手に取っているわけだ。
この戦争を終わらせるための、最大の障害は、国民の熱気ではないかと思った。
眩暈がしてくる。
この戦争を終わらせるためには……
連合国を納得させ、国民を納得させ、陸海軍の継戦派を納得させないと無理なわけだ。
連合国の納得と国民・軍部の納得は矛盾するだろう。どーすんだ?
頭がこんがらがってきそうだ。
とにかく、今は勝利を積み重ね、「負けない」ということを目指すしかない。
俺は頭を切りかえる。
聯合艦隊として次期作戦案を軍令部には提出している。
こっちは史実のポートモレスビー攻略をベースにしたニューギニアで防衛ラインを作るというものだ。
軍令部は、史実の通りソロモン方面での攻勢を提示してきた。
来るよ…… ガダルカナルが……
ソロモン方面は、ラバウル周辺の島嶼まで進出してそこで終了だ。
ラバウルの制空権の中に基地を作り、柔軟な防御態勢を作ることを提案しているのだが。
史実では積極攻勢の聯合艦隊を慎重な軍令部が押さえようとするイメージだが、軍令部の作戦だって、積極攻勢だよ。
ソロモン方面の消耗戦は避けたい。
まあ、ニューギニアも楽じゃないのは史実からも分かるんだが、ここに連合軍の足場ができると、一気にフィリピンまで迫ってくる。
フィリピンが落ちれば終了だ。
南方との交通路が完全に遮断される。
史実の太平洋戦争が、アメリカに対し4年近く戦えたのは、ニューギニアで陸軍が粘ったという事実がでかいと思う。
確かに、悲惨な戦いで「死んでも帰れぬニューギニア」といわれたくらいだ。
悲劇性ではインパールやガダルカナル以上かもしれない。
それでも、ここは長期戦には不可欠なチョークポイントだと思う。
ニューギニアを地獄の戦場にしないためには、やらねばならないことがたくさんある。
ソロモン方面を突っつく余力はない。
『行け行けドンドン! 米空母撃滅! 万歳なのだ! 万歳! 万歳! 万歳!』
俺の頭が更に痛くなる。
俺を憑代としている女神様が、脳内で万歳三唱を始めた。
久しぶりの登場だった。
『あ~、なにしてたんですか? 今まで』
『この世界の大日本帝国を敗北させた、アホウを封じていたのだ! 吾の作った封印を解こうともがいているのだ! あのアホウが』
『なんですか? それ』
『気にしなくていいのだ。それよりも、これからも勝って、勝って勝ちまくるのだ! 次はハワイ攻略なのだーー!! オーストラリア打通なのだぁぁぁ!!』
俺の脳内で、自称女神が叫ぶ。
俺の眩暈が加速した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます