その24:東京空襲! 小笠原沖海戦 8
鉄槌のような一撃を食らい、B-25が速度と高度を落とす。
エンジンから黒煙の尾を引き機体は痙攣しているかのように震えていた。
ガックリと機首を下にして落下していく。
爆撃機は永遠の楽園(シャングリラ)に旅立っていった。
九九式一号20ミリ機銃は炸裂弾を使用できる。
初速が遅く、遠距離の射撃で当てるのは困難であったが200メートル以内に接近すれば、恐るべき威力を発揮する兵器だった。
今、その威力を証明したのだ。
アルミと鉄の塊となったB-25は、カルシウムとタンパク質でできた生き物を乗せて、東京湾に突っ込んだ。
そして、飛沫を上げる。
東京湾には無数の小型舟艇、海軍に徴用された漁船が徘徊している。
すぐに、その墜落現場に船が向かう。
残骸の確認、搭乗員が生きていれば、捕獲するためだ。
東京湾上空では、零戦が乱舞していた。
ドゥーリトル爆撃隊にとって帝都への飛行は、死刑台の階段を上る行為に等しくなっていた。
ドゥーリトル隊は13機が東京を目指し、1機が神戸、2機が名古屋に向け飛んでいた。
現在、東京湾上空を飛んでいるのは7機に減じていた。
すでに戦力は半減していた。爆撃どころではないと判断した機は、爆弾を捨てている。
それでも、帝都空襲を諦めない機体は爆弾を抱えたまま突き進んでいた。
彼らも防御機銃を撃ちまくるが、旋回機銃の命中率は悪い。
しかも、燃料を積み込み、増加した重量を軽減するため後部と下部の12.7ミリ機銃は撤去されている。
後部に突き刺さっているのは、偽装のモップの柄だ。
戦闘機を真後ろに付けさせないおまじない程度の意味しかなかった。
ドゥーリトル隊の不幸は色々あった。
根本的にこの作戦が非常に無理なものであったこと。
そして、日本の特設監視艇に作戦計画よりも300キロ前で発見されるという不測の事態もあった。
史実でもここまでは、日本側に運があったのだ。
しかし、この運は逃げていく。
そもそも、陸上爆撃機を空母に載せてやってくるというのが想定外だった。
飛んできたB-25を味方の九六式中攻と誤認する例もあった。
尾翼が似ていると言えば似ているが、失態であることは確かだ。
空母艦載機による空爆という判断をしたため、この攻撃が完全に奇襲になってしまった。
更に、航空機無線の不備、情報連携の不備。侵入高度の読み違い。
陸軍主力の九七式戦闘機の性能不足。
それは、こちらに傾きかけた運を逃がすには十分なものだった。
しかし、今回はそうはいかなかった。
まず、房総半島沖で、警戒中の水上偵察機が、B-25を発見した。
基地司令部に高度、位置が打電される。さらに追尾を続ける水上偵察機。
彼らにとっての不幸は、日本軍に発見されたからといって、反転し攻撃を中止するという選択肢が無かったことだ。
日本本土に突き進み、日本海に抜け、中国大陸に行く。
これ以外の選択肢が無い。発見されようが、されまいがやることは変わりなかった。
ただ、この不幸の中で幸いだったこと。発見されたのが、九四式水上偵察機であったことだ。
出現当時は、水準以上の性能を持っていた機体であるが、1942年時点では旧式化した機体であった。
最高速度を出してもB-25の巡航速度についていくことができなかった。
次第に離され、追尾を断念する。
しかし――
それでも、各地の監視所からも報告が上がる。
陸軍の基地からも次々と97式戦闘機が上がってきた。
やや陳腐化した機体であったが、1942年前半の時点では数の上ではまだ陸軍の主力機といえた。
B-25は、97式戦闘機の追尾を受けながら、東京湾に抜けた。
97式戦闘機の攻撃によりダメージは受けていたが、7.7ミリ機銃であったことで致命傷を負った機体は無かった。
それでも、B-25の中は負傷者が続出していた。
血と旋回機銃の吐きだす硝煙のにおいが機内に充満していた。
そこには、海軍の零戦が待ち受けていた。
それは、一方的な蹂躙の開始だった。
◇◇◇◇◇◇
陸軍からは97式戦闘機以外の機体も上がっていた。
それは、キ61と呼ばれる機体だった。
後に三式戦闘機「飛燕」と呼ばれることになる陸軍機。
ドイツのダイムラーベッツのDB601液冷エンジンを搭載し、日本機離れしたシルエットを持った機体だ。
空冷エンジンが主流となっている日本の航空機の中では異色の機体と言えた。
1175馬力の出力は当時の日本機としては高出力といえた。
過給機に流体継ぎ手など先進的な構造を持ったエンジンだ。
ただ、日本の生産技術ではクランクシャフトなどの製造に手間取ることになる。
本来使用する必要のあるモリブデンなどが代用材料に置き換わったのも影響した。
ひび割れの続出。それを検査し発見するための手間が異常にかかることになる。
ただ、試作機は本家のエンジンを搭載しており、整備をしっかり行えば、期待通りの性能を発揮した。
1941年に初飛行で時速591キロを記録。
同一エンジンを搭載するドイツ主力機、メッサーシュミットE型に対し、全ての性能で圧倒するという戦闘機だった。
この戦闘機の誕生に、陸軍関係者は「天佑」とまで言ったのであった。
そのキ61は、水戸で機銃の試験をしていた。12.7ミリ機銃を4門搭載する日本陸軍機としては重武装の機体だった。
陸軍飛行実験部実験隊に所属する空中勤務者、荒蒔義次少佐と梅川亮三郎准尉がこのキ61を操っていた。
「あれが米軍機か……」
荒蒔少佐は視界にとらえた機体を見つめてつぶやいた。
双発機だった。既に海軍の戦闘機が、群がっている。
1機が炎の尾を引きながら落ちていくのが見えた。
元々何機いたのかは分からない。しかし、すでに敵機は3機にまで減じていた。
「アメさんも、無茶なことしやがる」
ため息まじりにつぶやく。
海軍筋からの情報では、空母に陸軍機を搭載してやって来たのだという。
最近は米空母の活発に活動しているという情報は海軍の方から流れてきていた。
陸軍機を乗せて、空襲する計画があるという話も聞いた。
どこから出た与太話かと思っていた。
水戸で97戦に追い回されている双発機を見るまではそう思っていた。
彼と梅川准尉は、それを目撃し、キ61で迎撃に上がったのだった。
しかし――
水戸から飛んで着たものの、この状況では自分たちが加わる必要はないのではないかと思った。
海軍の戦闘機は圧倒的だった。
荒蒔少佐は、あれが海軍の新鋭機かと思った。
確かに高性能を確信できる機動をしている。両翼には機関砲を装備しているらしい。
命中弾によって、双発機の構造材がバラバラと飛び散るのが見えた。
以前であれば、陸軍機より上等に見えただろうが、今の彼の乗機も最新鋭機だった。
キ61なら負けない――
ふと、そんなことを思った。
彼はつまらない対抗心が胸の内に生じたことに、苦笑いを浮かべた。
梅川准尉が手信号を送ってきた。
攻撃準備ができていることを伝える物だった。
荒蒔少佐は待機の意味の手信号を送った。
そして、無線を送信する。
「アマ、敵を視認した。海軍機が攻撃中。混戦を避けるため待機する――」
機内通信機で情報を伝える荒蒔少佐。アマは符牒だ。
少佐の機体には無線機が装備されていた。
日本製の無線機は評判が悪いが、基地との通話に関しては、問題が無かったケースが多い。
特に、内地でしっかり整備された機体は問題がなかった。
無線が聞こえなくなるのは、ハードの問題よりも艤装や運用の問題の方が大きかった。
最初から使えない無線を税金を使って買うわけがない。
実際に、キ61の無線はきちんと機能していた。
(まあ、海軍さんのお手並み拝見でいくか)
急に肩の力が抜けた感じがした。
特等席から彼らの活躍を見てやろうと思ったのだ。
零戦が翼を翻し、B-25の頭を抑え込み、機銃弾を叩きこんだ。
上部機銃座が吹っ飛び、機体にミシン目のような穴が開いた。
さらに、翼が巨人の拳で殴られたようにへし折れた。
そのまま、バランスを失い、海面に向かって落ちていく。
もはや、米軍機は全滅を待つだけだった。
ここまで圧倒的すぎると、どこか哀れな感じすらしてきた。
だいたい、奴らはどこに行くんだ?
ソ連にでも逃げる気なのか?
こんな空中勤務者を無駄死にさせるような作戦を立てるアメリカも大概な国だと思った。
突然、3機の零戦がキュンとターンを切って機首をこちらに向けていた。
凄まじい加速で一気に距離が詰まってくる。
機体からあふれでる殺気は濃厚だった。
間違いなくこのキ61を敵機と誤認していた。
B-25が殆ど全滅状態となり、手が空いてしまった零戦がキ61を発見。それを敵機と誤認していた。
荒蒔少佐は慌てて機体をバンクさせた。
それでも零戦は突っ込んできた。完全に殺意をもった機動だった。
「莫迦が! 興奮しているのか!?」
手信号で梅川准尉に退避行動を行うことを伝えた。
そのまま、フットバーを蹴飛ばし、機体をターンさせる。
鋭い弧を描き、キ61が虚空を切り裂いて飛ぶ。
海軍機がこちらを敵機と誤認するのも仕方のない部分があった。
まず、液冷エンジンで鋭角なフォルムを持つキ61は日本機離れしたデザインだ。
後に、米軍の前に現れたときに、「イタリア機のコピー」と思われ、「トニー」というイタリアっぽいコードネームを頂戴している。
しかし、エンジン以外の機体デザインは純日本産ものであった。
下方視界をよくするための、風防デザインはメッサーシュミットを参考にしていたが。
水平飛行で加速するキ61に、零戦が食いついてくる。
カタログ値では、最高速度はキ61の591キロに対し、零式艦上戦闘機21型は533キロだ。
しかし、高度3000メートル付近ではそれほど大きな速度差はなかった。
もう一度バンクを振った。
興奮状態にあるのか、全く気付かないようだった。
(海軍の戦闘機はやっぱり上等だな)
追尾してくる零戦を確認しながら、荒蒔少佐はそんなことを考えた。
このまま逃げるか――
そんなことを思った。
貴重な試作中の機体を同士討ちで傷つけるなど考えられなかった。
不意に背後から感じていた殺気が消えたような気がした。
振り向いた。
3機の零戦がバンクを振っていた。
ようやく、こちらの日の丸を確認できたようだ。
戦場で興奮状態にあったとはいえ、いい迷惑だった。
荒蒔少佐はキ61を零戦と同行する形にもっていった。
風防を開け、拳骨を落とすポーズをした。
零戦の搭乗員が済まそうに頭をペコペコ下げている。
彼は機体をターンさせると、先ほどまでの位置に戻ろうとした。
すでに、敵機は1機だけとなっていた。
よろよろと、浮いていると表現がぴったりのような飛行をしていた。
零戦が取り囲み機銃弾を叩きこんでいたが、先ほどまでの破壊力は無かった。
機首から伸びる曳光弾は細く見えた。
(機関砲は弾切れか?)
荒蒔少佐の推測は当たっていた。
零式艦上戦闘機に搭載している九九式一号二〇ミリ機関銃の弱点の一つに弾数の少なさがあった。
最大で60発搭載であるが、バネ強度の問題から55発程度で運用されていた。
これは、2~3回攻撃すればすぐに弾切れになってしまうことを意味していた。
なぶり殺しのように、7.7ミリ機銃を叩きこまれ、ボロボロになっていくB-25だった。
しかし、それでも米機特有の頑丈さをみせ、踏ん張っていた。
荒蒔少佐は、攻撃開始の意味の手信号を送った。
梅川准尉だけではなく、海軍の零戦にも分かるようにだ。
陸海軍で手信号は違っていたが、この状況であれば何を意味しているかは分かる。
分からなければ、そもそも戦闘機搭乗員になどなれない。
2人の操るキ61は凄まじい加速で、一気に距離を詰めた。
バンクを振った。
弾切れで、B-25を持て余していた零戦の方は、すぐに友軍機であることを確認したようだった。
すっと、B-25から距離を開けた。
狙いはエンジンだった。距離を詰め、12.7ミリ機銃弾をまとめて叩きこむ。
機体が震え、硝煙で風防が曇る。
発射された12.7ミリ弾は、B-25のエンジンに収束していった。
部品とアルミの外装がバラバラと吹っ飛ぶのが見えた。
エンジンから炎が噴き出した。
いかに強靭な米軍機と言え、至近距離からの連打には耐えられなかった。
また、すでに相当の銃弾を食らっていたというのもあったかもしれない。
ガックリと機首を落とし、最後のB-25は東京湾の海面に激突した。
帝都に侵入できた機体は一機もなかった。
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