その9:後知恵頼りのグランド・デザイン

 とにかく、頭が痛い。

 朝から、頭がぼんやりしている。

 つーか、世界の歴史始まって以来の広大な範囲で戦われる戦争なんだよ太平洋戦争は。

 未来の知識が多少あっても、妙案がそう簡単に浮かぶわけがない。

 とにかく、大西瀧治郎のような協力者を増やしていくしかないわけだ。


 今日会う予定の、源田実は多分大丈夫だろう。

 ただ、女神の存在を明かすときには気を付けなけば行けない。

 いや、明かさないで済めばそれでいいけど。


『吾が出れば、スパッと全員納得なのだ! 挙国一致の総力戦になるのだ!』

 俺の脳内で不条理の塊である女神様が言った。

『あまり、無茶なことはしないでください』

『うむ』

 

 で、次だが……

 軍令部あたりで協力者が欲しい。

 山本五十六と近いのは、次長の伊藤整一と部長の福留繁となるのかな。

 早々に働きかけて、通信諜報体制の確立と海上護衛戦力。人員の教育を開始しないといかんなぁ。


 諜報は実松譲でいいだろう。史実でも実績上げている。

 その情報の正確さは、戦後アメリカが自分たちの暗号が解読されているのではないかと疑ったくらいだ。

 情報戦の現場レベルじゃ、日本は決してヘボだったわけじゃないんだ。

 ただ、その情報を生きたものとして使うことができなかった。

 これは、陸軍も同じだ。米軍の作戦を読みまくった堀栄三という存在もいる。

「マッカーサーの参謀」と言われたくらいだ。


 本当は陸軍とも情報交換をしたいが……

 ただ、俺の終戦プランを考えると、気が重い。


 まあいい。順番にやっていくしかない。

 海上護衛に関しては、史実では1943年の終わりくらいに海上護衛総司令部ができる。

 ただ、戦力は乏しいし、海上護衛のノウハウ蓄積もないし、教育もゼロからだった。


 じゃあ、この分野に海軍の中に人材がいないかというとそうじゃない。 

 海上護衛は、新見提督しかいないと思う。

 第一次世界大戦の研究を行い、海上輸送を維持するための対策に関しては、海軍では一番の人材だと思う。

 つーか、他に思い浮かばない。

 戦前に、「防備学校」という海上護衛専門の学校を作ろうとして、井上成美に潰されている。

 新見提督にも意見を聞きたい。俺の持っている情報から、なにか出てくるかもしれない。

 

 1945年になれば、アメリカの機動部隊はえらいことになる。

 運用される艦上機が1500機を超える。

 史実ではなかった本土決戦。米軍の「ダウンフォール作戦」に投入される空母艦載機は2000機に近くなっている。

 戦闘機だけで1000機を超える。

 しかも、月間空母で月単位でどんどん戦力が増える。

 どんな、無理ゲーだよ?


 例えばだ。

 ここまで、日本海軍の正規空母が一隻も沈まず、新たに加わった空母を全部足すとする。

 今ある空母6隻で約400機だ。

 商船改造だが、正規空母クラスの運用力を持つ隼鷹と飛鷹が合わせて約100機。

 大鳳、信濃(改造できるのか?)、雲龍、天城、葛城で、合計300機も運用できるかどうか。

 これで800機だ。

 軽空母を合わせても1000機いくかどうかだ。

 

 しかもアメリカは商船改造空母の艦上機で戦力の喪失をすぐに埋めることができる。戦力の厚み、予備戦力が全く違う。

 そもそも日本は入れ物の空母があっても、艦上機を充足できるかどうかが怪しいのだ。

 ソロモンで航空消耗戦を行わず、島嶼の航空戦力との連携をとる方法を模索するしかない。

 つーか、それでもこの鋼鉄の暴風雨を防げるのかどうか分からない。 


 おそらく1944年くらいから、正面からの空母決戦は挑んでも無駄になる。

 敵の動向を掴んで、支援艦隊を集中的に攻撃するという方法でいくしかない。

 カタパルト備えた護衛空母も手ごわいのだが、正規空母を相手にするよりはマシか。

 後は、夜戦の研究。訓練か。

 分散し配置した戦力の空中集合には無線機の性能を安定させる必要がある。

 

 そして、序盤で徹底的に日本の航空戦力の強力さを叩きこむ。

 うかつに突っ込むと痛い目に合うという「恐れ」というか「躊躇ちゅうちょ」の芽を植え込む必要がある。

 そのためには、早期に空母を叩くこと。

 そして、時間を稼ぐことだ。

 このあたりは、源田実に期待するしかない。

 

 とにかく、ソ連の脅威がでかくなることが分かっているという後知恵頼りのグランド・デザインだ。

 アメリカが「日本と戦争しても損だ」と判断する一線を作り上げる。

 第二次大戦後に生まれる米ソ対立。冷戦環境の中で生き残りを模索していく。

 おそらく、これでも大日本帝国は多くの物を失う。

 そして、そのため国民を納得させるには、国内に然るべき「生贄のヤギ」が必要になってしまう。

 

 ただ、そこまで到達するのすら難易度が高い。

 それはまだ先の話だ。


 とにかく「正面戦力の維持」、「海上輸送ラインの確保」が必須だし、その前提として正確な情報分析が必要になる。

 後知恵の最善手を持ってしても、逃げ切れるかどうか確信が持てない。

 この現実にはセーブポイントが無いのも最悪だ。ミッドウェーのような大失敗したら、即終了だ。


 俺は渡辺安次参謀を執務室に呼んだ。

 軍令部を動かすにしても、計画書が必要だ。

 当時の日本人としてはでかい。

 180センチ以上あるように見える。

 

 海軍式の敬礼をして入ってくる渡辺参謀。


「渡辺君、ちょっとやって欲しい仕事がある」

「はい」

「軍令部を動かしたい」

「はい」

「君にペーパーを作って欲しいんだ」

「それは、どのような」

「海上護衛、資源地帯と本土を結ぶ交通線の守るための準備だ。そのための組織と人員の教育を行う」

「海上護衛ですか」

 表情を変えずに渡辺参謀は言った。

「主力艦隊が全滅に近い状態となった、米軍はどう出ると思うね?」

 俺は質問を投げかけた。

「我が方の海上交通線の遮断ですか……」


 さすがに、聯合艦隊司令部の参謀となるだけに頭の回転が早かった。

 俺は、彼に海上護衛に関する提案書を作るように命じた。

 それをもって、軍令部を動かしていくしかない。

 しかし、実際にどれくらい史実から前倒しできるのか。

 1943年にはそれなりの戦力を揃えた状態でいたい。


 ゲームのように組織が動けば楽なのだがそうはいかねーんだよな。

 命令を聞いた、渡辺参謀が執務室を出て行った。

 とにかく、出来ることをやっていくしかない。

 思い通りに組織が動くかどうかも分からない。

 おそらくは、説得の連続になるだろう。それが、俺の戦争になるんだ。

 ニート無職の俺には荷が重いが、死にたくねーから。

 歴史を変えないと、俺は死んでしまう。

 戦犯になるのも、機上戦死するのもまっぴらごめんだ。


        ◇◇◇◇◇◇


 呉の料亭で俺と源田実は会った。

 源田実は、自信が軍服を着て歩いているような存在だった。

 眼光が鋭い。

 ネットの画像で見たまんまというか、それ以上だ。

 獲物を狙う猛禽類の眼差しだ。

 俺は一応、聯合艦隊司令長官なんだが、獲物じゃないんだけど。

 とにかく、全然臆する態度が見えない。

 いや、臆して欲しいとかは思ってないけど。

 つーか、疲れないのか?

 ずっとこんな顔をして。


「東京空襲ですか?」

 すっと口の端を釣り上げ、源田実は言った。

 いかにもキレ者という感じの笑みだった。

 こりゃ、敵も多くなるなぁと思うよ。

 戦後に柴田武雄に呪詛のこもった薄い本出されるくらいだからね。

 まあ、あの本も大概な内容なんだけど……


 俺は未来から来たことを伏せて、まずは東京空襲の可能性について話した。

 源田実がどの程度の人間か見て見たいというのもあったからだ。


「可能だと思うかね?」

「可能、不可能というならば、可能だと思います」

「ほう」

「我々が真珠湾を攻撃できたのです。敵にそれが出来ないと判断するのは危険でしょう。ただ――」

「ただ?」

「貴重な空母を危険にさらして、我が国に接近する作戦を採用するとは思えないです。もっと有効な使い方があります」

 貴重な空母を危険にさらして、真珠湾を空襲してきた参謀が断言した。

 いや、計画したのはこっちというか、この聯合艦隊司令長官なんだけどね。


「有効な使い方とは?」

「現状、太平洋上の敵空母は3隻とみられます。敵も集中運用を行ってくるでしょう。外郭防衛線への遊撃戦を展開します」

「常識的だね」


 源田は少しムッとした顔をした。

 ただ、現状分析は間違っていない。実際にそう言う戦法をとってくるのだ。

 アメリカが政治的な判断で、東京空襲をしたがっているということまで予測しろというのは無理な話かもしない。


「ただし――」

「?」

「投機的な作戦を許容する政治環境が生まれたならば、それを実行する可能性があるかもしれません。その判断をするには、情報が少なすぎます」

「ほう」


 事実の流れに近い線まで迫ってきた。

 やっぱり、頭の回転は超一流だ。


「君は、空母の集中運用を、ニュースフィルムを見て思いついたのだよね――」

「長官、それは……」

「君の書いた本にそう書いてあったよ。あれは嘘かね?」


 今度は俺が口の端を釣り上げて笑ってやった。

 ちょっと対抗したくなる。


「なにを言っているのですか?」

「俺は未来から来たんだよ」

「……」

 源田は困惑した顔をした。

 そして、顔を赤くして、立ち上がった。

「長官。ふざけるなら、帰らせていただきます。これでも暇ではないのです」

 語気を強め、言い放った。


「いや、ちょっぉぉ! ちょっと待って! 源田君、あのね。本当。これ本当なんだよ。今証明するから、座って、とにかく座って」

 あれ? あの本に書いてあった嘘なのか。

 軍人の書いた戦記を信じ込むのは危険だったか。


『よし! 吾の出番なのだ!』

 俺の脳内では女神がスタンばっている。

 だが、いきなり飛び出させて、相手を絶叫させるのは避けたいのだ。

『まだ、待って下さい。出番が来たら言いますから』

『うむ、いつでも大丈夫なのだ。常在戦場なのだ!』

 

 源田実は、すげぇ冷たい目でこっちを見てゆっくりと座った。

 もう、聯合艦隊司令長官を見る目じゃないからね。それ。

 いや、確かに「ミライ カラ キマシタ」なんて言われたらその反応は当然かもしれないけど。


 すっと源田が深呼吸をした。

 そして、こっちを見つめる。先ほどまでの目つきとは違う。

 なにか、探るような目つきになっている。


「確かに、そのようなことがあったかもしれません。私も、うっすらとですが思い出しました――」

「そうか」

「しかし、これは私を試そうとしているのですか?」

「いや、違う。これは本当だ。証拠が見たいか?」

「はい。証拠があるなら、見たいです」

「いいか、俺は21世紀からやって来た。神だ。女神が俺をこの時代に呼び寄せた」

「はぁ?」


 大丈夫かこの人? という感じで心配そうな顔で俺を見た。

 そうだろう。

 1942年でも、21世紀でもこんなこと言う人間に対する表情としてそれは、正しい。

 しかし、これが本当なんだから、始末に負えない。


『女神様、お願いします』

『よし!』

 

 俺の頭から光が溢れ、そしてその光が人型となる。

 女神様降臨であった。

 フォトンに包まれたツインテールが揺れる。

 非現実と理不尽の権化がここに実体化した。


『吾が女神なのだ! 崇めよ! 敬え!』

 この前とちょっとパターンが違っていた。

 

 源田実はグワッと目を見開き、女神を見つめていた。

 言っていただけに、叫びはしなかった。

 ゴクンと唾を飲み込む音が聞こえた。喉仏が動く。

 

「こ…… これは……」

「証拠だ。これが女神だ」


 源田実は固まったままだった。

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