その10:「源田の剣」じゃなくて続き
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ―ん! 女神様降臨! 崇めよ! 敬え!」
「日本は…… 日本は、本当に神の国だったのか……」
感極まった様子で言葉をもらす源田中佐。
いや、こんなのありがたがるのは止めた方がいいと思うから。
源田実は、戦後毎日仏壇に向かって、戦死した部下に対し祈りを捧げていたらしいからな。名簿を手にしてだったかな。
結構、信心深いのかもしれん。
「そのとーり! 吾がいる限り、神州不滅なのだ! 攘敵の毛唐の鬼畜米英は、全滅のあるのみなのだ! アングロサクソンに鉄槌を! 神国日本は不敗なのだ!」
「おおおぉぉぉ!!」
拝みだしそうになる源田実。
いいから、そんなありがたいものじゃないからね、これは。
「神様、女神様…… あ、お名前は?」
「神の名をみだりに呼ぶなかれなのだ!」
お前は本当に、日本の神か?
とにかく、分かってくれればいいのだ。
もう女神様は戻ってもらおう。
「はいはい、撤収、撤収。分かったところで、話しを進めますよ」
「神の吾に命じるとは不遜なのだ!」
「いや、ほら、あまり煩いと店の人が来ちゃいますから」
「む、そうか……」
ツインテールの女神様は一瞬考えたが、納得してくれたようだ。
光りに包まれ、そして俺の中に消えていった。
どういう仕組みなのかは分からない。なんか、俺が神の憑代なのだろうか。
「とういうことで、俺は、未来から来たわけだ。日本を、負けさせないために」
あえて「勝つ」とは言わなかった。
俺の個人的な「勝利」が大日本帝国の「勝利」と同じかどうか微妙だからだ。
「分かりました。しかし…… 日本は、日本はどうなるのです? 海軍は?」
「負ける」
「負けますか」
「ああ、負ける」
「そうですか。負けますか」
そう言うと源田は黙った。
しばしの沈黙が続く。
「日本はいったい……」
「ああ、日本は――」
「いえ、やはりいいです。聞かせないでください」
源田は俺の話を中断させた。
俺は言葉を止める。
「負けた話はいいです。勝てばいい。勝つために何をすべきか、それだけを教えてください」
強い光を取り戻した猛禽の双眸が俺を射抜くように見つめる。
彼にとっては、自然体なのかもしれないが、存在するだけで圧迫面接である。
「今回の戦争は、制海権の奪い合いとなる」
「はい」
「制海権を失うのは、海戦に負けるからだ。海戦に負けるのは、制空権を失うからだ。制空権を失うのは、空戦に負けるからだ。空戦に負けるのは戦闘機が負けるからだ」
「おお!」
感心した声を上げる源田実。
いや、これ君の言葉だからね。すいません。パクリました。
大戦を生きのこった人は、色々情報も多い。本人の言葉だけに、心に響くだろう。説得力抜群じゃないかと思った。
「空戦で負けないようにする。これが君の役目だ」
史実の大戦末期――
第343海軍航空隊、通称「剣部隊」は有名だ。
水上機の老舗メーカである川西航空機の作った「紫電改」で編成された部隊。
米海軍機動部隊に大損害を与えたとされている。
まあ、最近の調べでは、ほぼ互角というくらいなものであることが分かっているのだが。
しかも、他の零戦中心の部隊もほぼ互角での戦闘を経験したことがあった。
それが、分かりつつあり、一部では評価は微妙になりつつある。
要するに、機材の優劣よりも、本土という基地が整っており、部品供給や整備環境が悪くない状態で戦うということが重要だったということだろう。
機体というのは、戦闘機による戦闘の要素の一つに過ぎない。
戦闘機の性能が重要じゃないというわけではない。
ただ、兵器単体のカタログスペックが全てではないということだ。
支援体制を含めての兵器システムだ。
で、そのあたりの理解について、源田実は分かっているとは思う。
343空の戦い方から思う。
まあ、他にもそういう指揮官はいたのかもしれないが、源田実で悪いというわけじゃない。
そして、日本の航空機、戦闘機の限界も知っていたと思う。
人命軽視と評判の悪い「とにかく軽い戦闘機を作って欲しい」という発言も分からんではない。
日本のエンジン開発力で、アメリカに対抗できるか? ということだ。
エンジンの馬力に劣るのなら、軽くするという考えは間違っていない。
「海軍の戦闘機は負けません」
「今は、そうだね」
「今は?」
「アメリカだって、黙ってやられている訳は無い。対抗策を打ち出す。既存の機体でも対抗可能なようになってくる」
「……」
源田実はただ黙って、俺を見つめた。
今は零戦が圧倒的なように見える。実際は、戦闘機の戦果確認は困難なので、それほどは落としてはいない。
ただ、零戦によって制空権が維持できているというのは事実だ。
日本軍の方が数も優勢であるというのもあるだろうけど。
零戦は良い戦闘機だ。それは確かだ。
実際に日米の損害を一つ一つ検証した研究者のデータでは、F6Fヘルキャット、F4Uコルセアというカタログスペックでは、確実に上回る戦闘機と互角に戦っている。
戦争後半で、零戦が全く通用しなくなったという話は、それほど正確ではない。
防空戦闘になってくると、まだまだ米軍にとって手ごわい相手だった。
ただ、1945年に配備されるF8Fベアキャットあたりだと、どうなるかは分からない。
つーか、性能だけいったら、これに勝てる戦闘機は見当たらない。
まあ、実際に戦ってみたら、カタログスペックでは分からない不具合とかあって、以外に大したことないとかはあるかもしれないが。
戦闘機の性能競争になったら、それについて行くのは難しい。
多分、1945年までがギリギリだ。
こっちが全力でやったとしてだ。
夢のような戦闘機が登場して、バタバタと米軍機を叩き落すとか、あり得ない。
逆に零戦であっても、運用次第で、通用する。
1945年をターゲットにするならば、機体開発にリソースつぎ込んでも無駄だ。
それよりも既存機の量産と、搭乗員の養成。
特に、夜間飛行能力の強化をしたい。
機体開発に金掛けるなら、対空レーダーの強化に金をかけたい。
ただ、どーすりゃいいのか分からん。
これを、源田実と話し合わねばならん。
夜間戦闘中心にシフトして、米海軍が、それに対抗策を打ち出すとする。
時間的に1945年を持ちこたえられるかどうかだ。
あまり早くにシフトしてしまうと、対抗策出されるのも早くなってしまうので注意が必要だ。
アメリカは、こっちのやることにはほぼ、対抗策を打ち出せると考えるべきだろう。
ただ、そのための時間はアメリカでも必要になる。
人の教育だけはどうしたって時間が必要なんだ。
「レーダのことは知っていると思う」
「はい」
源田実はバトル・オブ・ブリテンをイギリス側から観戦していた。
ドイツとイギリスの航空戦だ。イギリス本土に飛来するドイツ機を迎え撃つイギリス機という図式だった。
そこで、戦闘機の勝利がなければ、航空作戦が成立しないこと。
そして、レーダによる早期警戒、戦闘機の誘導というシステムについて理解している。
源田実は、この戦闘はイギリスが勝つことをその時点で見抜いた。
この経験をしているのは大きかった。
「これを早期に実現する。機動部隊にレーダを備え、航空機の管制を行う」
「それは、分かりますが、本邦にレーダは……」
「試作品といっていい物なら、出来る。地上用ならすでにある」
「そうなのですか」
レーダの開発は遅れてはいたが一応物はある。
ミッドウェー海戦前の時点で、試作品は出来あがっていた。
ただ、レーダーだけできても意味は無い。
その情報を生かし、戦闘機を管制できて初めて意味が出る。
そして、次の段階では、機体に搭載するレーダだ。
これで、夜間攻撃を行う。
「レーダ情報を生かすためには、機体の無線機も重要だ」
「確かに、そうでなくては、主導権は握れません」
「そして、一歩進む」
「はい」
「機体へのレーダ搭載だ」
「航空機にですか? そんなものあるんですか?」
「今は無い。作る。用兵者から強い要望がなければ、技術の方だって作りはしない」
実際に機上レーダーが採用されたのが1943年の後半。
まあ、これも当時のメイド・イン・ジャパンらしい性能の不安定さを発揮した。見えているのに反応はないとか。
「それを私に――」
「そうだ」
源田実はすっと小さく呼吸をした。
その高速回転する頭脳が、なにかを思案しているように見えた。
「勝つためにはそれが必要だということですね」
「そうだ。まずは、機動部隊だ。レーダによる航空管制体制を作る」
「はい」
「そして、夜間飛行が可能な訓練を行う」
「夜間飛行ですか。危険ですね」
基本、海軍は夜は飛ばない。
これは、米海軍も同じだ。英海軍だけは飛んだな…… 確か。ヘボな艦上機しかないけど。
「危険だからこそ、だ――」
「分かりました」
夜間攻撃で支援艦隊を襲う。これが、後半戦の基本フォーマットになる。
特攻よりはマシだろう。
「これから、機動部隊は南方支援作戦、そしてインド洋作戦に入る」
「はい」
「5月には、レーダの実機ができる。それからだ」
「はい」
「そして、4月に、米空母はやってくるはずだ」
「空母が? どこにです?」
「日本だよ。東京が空襲される」
「まさか……」
源田はそう言った。
「頼むよ。日本は負けるわけにはいかない。だから、この空襲は絶対に阻止する。そして、敵空母を仕留める」
ここからなんだ。
ここから、始める。
この、圧倒的な絶望に向かって突き進む太平洋戦争を変える。
いや、変えないといけない。
俺は、強い源田の視線を真正面から受け止めた。
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