その8:矛盾のスパイラル
今、6隻の空母は本土に戻って整備を行っている。
この後は、赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴がラバウル攻略の支援。
飛龍、蒼龍がインドネシアのアンボン攻撃。
そして、6隻そろって、オーストラリアのポートダーウィン攻撃だ。
で、ジャワ方面の支援作戦を行っているときに、加賀が座礁して損傷するはずだ。
その後、4月に入り、残り5隻でインド洋作戦になる。
2月には、インド洋作戦の作戦計画が開始されることになる。
俺は今悩んでいる。
機動部隊を東京空襲に対しどう使うかだ。
インド洋作戦とバッティングしている。
そもそも、インド洋作戦自体は、聯合艦隊が言い出しっぺだったはずだ。
この作戦自体を行わないという選択肢もあるのではないかと考えている。
イギリスのインド洋の戦力はそうたいしたことは無い。
アメリカの空母を潰してから、始末をつけても遅くは無い。
イギリス東洋艦隊の空母は3隻だ。史実通りなら。
インドミタブル、フォーミタブル、ハーミズだな。
R級の旧式戦艦もいるが、戦力的には特に問題にならないだろう。
イギリス側はかなり弱気になっているはずなんだ。
放っておいても、積極的に動く可能性は低い。
ただ、あからさまに史実と違うことをやってしまうのも抵抗がある。
なにもしてこないだろうというのは、予断かも知れない。
イギリス艦隊が太平洋に出てこないように、痛い目に合わせるというのは必要かもしれない。
なにもしなければ、いきなり出てくるかもしれない。
ある程度史実通りの動きが期待できる中で叩いた方がいいだろうか。
やはり、インド洋作戦は実施だ。
イギリスの正規空母は技術的には日米以上の部分もある。船体構造の頑丈さとか。
ただその分、搭載機が少ない。しかも旧式のポンコツ機、陸上機を無理やり改造した機体しかない。
イギリスは航空行政の失敗でまともな艦上機をもっていないはずだ。
複葉機のアルバコアとか、開発意図が狂ってるとか言えないフルマーとか最悪だ。
シーハリケーンもあったが、まあ敵じゃないだろう。航続距離が短すぎる。
空母5隻じゃオーバーキルだ。そもそも、まともに決戦に挑んでこないはずだった。
どうだったか…… インド洋作戦は、必要ない作戦じゃないかってイメージが強いんだよな。
加賀の座礁は痛いが、赤城、蒼龍、飛龍の3隻で負けるとも思えない。
第五航空戦隊の翔鶴、瑞鶴は残そうと思っている。
米空母があっちこっちの島嶼にヒット&ランの攻撃しかけるので、この2隻は1度本土に戻している。
そのまま、本土に置いておくのは難しくないはずだ。
イギリスの空母は、アメリカ空母ほど脅威ではない。
絶対にヤバいのは、アメリカの空母だ。
残すのは練度の面で、第二航空戦隊にしようかとも思ったけど、山口多聞が怖い。「人殺し多聞丸」の異名を持つ存在だよ。
獰猛さでは、日本海軍随一かもしれないといわれている将官だ。
日本に残れとか言ったら、掴みかかってくるかもしれない。やばい。
確か、上官でも容赦しなかったはずだ。
後世の評価では優秀な人材ということになっているが、艦隊保全主義をとる場合、あの性格はどうなんだろうか。
まあ、史料でしか知らない性格だし、実際は上手くやってくれるのかもしれないが。
とりあえずだ。明日には源田実と話をすることになっている。
機動部隊の今後の話はそこですればいいだろう。
しかしだ――
これ、戦力の分散じゃね?
もしかしたら、まずいか?
ただ、イギリスの空母部隊って大したことないしなぁ。これは確かだ。
太平洋戦争中も、日本がダメダメになるまで、ずっと引きこもっていたからな。
よし、念には念をいれよう。
別働隊だった龍驤も一緒に行動させるか……
祥鳳も戦力化されて第4航空戦隊に入っているはず。
2隻あれば60機くらいの機体が運用できる。正規空母1隻分だ。
うん。十分な戦力的優位だ。
そう、史実に引けを取らない戦力になるはずだ。
東京空襲にやってくるエンタープライズとホーネットは、対艦攻撃能力は1隻分だ。
翔鶴、瑞鶴に、陸攻飛ばせば、おつりがくるだろう。
この2隻を仕留めれば、その後の展開は変わる。
サラトガは撃沈という報告が入っているが、これは沈んでいないのは知っている。
ただ、前線に復帰するのは6月以降だ。
ただ、そうなると敵空母の動向が分からなくなる。もう史実の記憶に頼っていられなくなる。
実松譲――
俺の頭の中に、その海軍士官の名前が浮かぶ。
通信諜報と、公開されている株価情報などを使って、統計処理をして、敵の動向をかなり正確に読んだ組織のトップだ。
まあ、部下が戦後書いた本には、本人は意外に諜報のこと分かっていないとか暴露されていたが。
マネージメントしたのは確かだ。
ただ、諜報は軍令部なんだよなぁ……
しかも、史実では効果が上がるのは1944年くらいかだしな。
急がせたとしても、1年繰り上げすらできるかどうか分からん。
少なくとも、今年中に、成果を上げさせることは無理だ。
ただ、早急に軍令部の方には働き掛ける必要があるだろうな。
負けないようにするために、やることが多すぎる。で、聯合艦隊司令長官の職務範囲外なんだよ。そのほとんどが。
ブルドーザーに関しては、黒島先任参謀に話をして、動いてもらっている。
まあ、特攻兵器の発明するよりはいいはずだ。
大事なことなんだと説明したんだけどね。本人はあまり乗り気ではなかったようだった。
レーダーに関しては、研究はしているはずだ。九十九里にでっかいレーダーが開戦前に設置されているはず。
まあ、故障頻発する安定しないレーダーだけど。
開発はやってるんだよなぁ……
結局、問題は真空管とか、基礎的な部品の品質が安定しないということが問題だし。
当然、聯合艦隊司令長官がどうにかできる問題じゃない。
日本の基礎工業力とか、資源の不足の問題だ。
とにかく、今ある物で、早急に運用方法研究をさせることくらいしか思い浮かばない。
レーダーだけあってもどうしようもないからね。
例えば、史実のミッドウェーでもレーダーで敵を探知できたとしてもどうにもならんわけだ。
CAP(上空直援)の零戦を誘導することができない。
そんな、運用の訓練していないし。そもそも、無線機が不安定。
レーダーは距離が分かっても高度が分からん。
仮にミッドウェーの時点で、レーダーがあったとしても、有効には使えなかっただろうなぁ。
米軍にしても、CAPを的確に誘導できるようになったのは、マリアナ海戦くらいからだ。
それまで、誘導ミスしまくっている。いわんや、日本海軍においておやだ――。
とにかく、レーダーの搭載、運用の研究。無線機の改善とかいろいろだ。
全部、源田実に相談だな。
レーダーと無線機との連携が構築できるまでは、多分1年以上かかるだろうなぁ。
「まずは、レーダーの実機だな」
『レーダーなど花魁の簪なのだ! 視力だ! 帝国海軍の見張り兵の視力があれば、レーダーなど恐れる必要ないのだ!』
史上最強のハリケーンという神風と小惑星直撃というミラクルラッキーで、日本がアメリカに勝った次元からやって来た女神様が言った。
宝くじ三連発で当たったようなもんだよ。その世界の大日本帝国は。
戦後の国際環境がどうなっているのかはよく知らんが。
『女神様』
『なんなのだ?』
『そっちの世界の日本って戦争終わった後、どーなってんの?? ソ連とか中国との関係』
『ソ連とは不可侵条約締結なのだな。中国は友好国なのだ! 汪兆銘政府なのだ!』
『そうですか……』
凄まじく、大雑把な世界になっているような気がした。
全然、参考にならないな。
だいたい、どうやって経済を維持しているんだ?
国庫の破産を、強烈なインフレで国民に押し付けて回避するのかな。
どーなんだろうか。
まあ、あんま幸せな図式が思い浮かばないな。
『大東亜共栄圏で、八紘一宇で、日本は東亜の盟主なのだ! キャハハハハ!』
『国民生活はどんな感じですか?』
『贅沢は敵なのだ! 精神の堕落なのだ!』
『そうですか……』
もう、それ以上聞くのは怖かった。
あっちの世界がどうなってるかは知らんが、こっちは大変だ。
海上護衛戦力の構築を急ぎたいって思っていた。
戦後、日本は補給を軽視していたと叩かれまくるわけだからね。
でもね、どうにもならんというか、これヤバいよ。
日本は資源がない。
だから、戦争したわけだ。
で、資源は遠くから運んでくるわけだ。
史実ではこのラインが、やられて日本の商船隊はほぼ壊滅する。
そもそも、その商船隊だって、十分量があるわけではない。
民需と陸海軍で奪い合いだ。
大量に沈む前からだ。
でだ。戦力を充実させるには、商船の数を増やす必要がある。
で、そのためには資源が必要だ。
それをまた護衛しなければいかんわけだ。
史実では月損耗を平均3万トンに抑止するためには、護衛艦360隻、対潜機2000機が必要という見積もりが出ている。
1943年の連絡会議で軍令部から出た話だ。戦史叢書の「海上護衛戦」を読んだときに、これは無理だと思った記憶がある。
そもそも、これでも下算している可能性有だ。
つーか、この戦力をひねり出すということは、正面戦力が削れるということだ。
どこもかしこも戦力充実できるくらい、余裕がある国なら、そもそも戦争なんてしないのだ。
大日本帝国は海上護衛を軽視したんではなく出来ないんじゃないかと思うのだ。正面戦力が削れるということは、制海権を失う可能性も上がる。制海権を失えば、海上護衛戦力なんて意味がない。フィリピンが落ちた後の史実を見れば分かる。
艦隊保全主義をとって、それが成功したとしてだ。
それでも、生産力の格差で1944年以降は決戦を挑むなんて無理ゲーになる可能性が高い。
でだ、こっちが、決戦を避けていると、アメリカが知った場合、どんな対応にでる?
機動部隊も通商破壊に投入できるということになるじゃないか……
機動部隊を細かい任務部隊に分けて商船攻撃されたら悪夢だ。
護衛艦360隻、対潜機2000機もあっという間に消耗すること間違いない。
その場合、細かく分かれた、アメリカ機動部隊を各個撃破できると「思わせる」だけの戦力を維持しなければいけないということだ。
実践力はともかく、張子の虎でもいい。
こっちがどのくらいの脅威をアメリカ海軍に感じさせるかってのが問題だ。
実際に、被害を与えるわけではなく、戦力を分散したらまずいと思わせることが必要になる。
それができないと、島嶼なんか放置して本土封鎖に出てくるはずだ。
島嶼の防衛している内に、本土が飢餓状態になってしまう。
それで、俺は戦犯になって、死刑だ。
潜水艦も脅威だが、1944年以降のアメリカ空母部隊を好き勝手させると、戦力残しながらお手上げになりかねん。
絶対にアメリカが脅威に感じる程度の正面戦力が必要だということになる。
じゃ、海上護衛戦力は? って話だ。
どこに金と資源があるんだ?
船舶量の不足が、原材料の不足を生み、それが、鉄鋼生産を縮小させる。
更に、鉄の不足は、船の生産を縮小させる。戦力も細っていく。
細った戦力は、更に船舶の損失を生み出す。
やがて、損失を埋め合わせることも出来なくなる。
このループだ。矛盾のスパイラルだ。破滅のスパイラルだ。
コイツにはまると、日本は経済的に死ぬ。
つーか、もうハマってるんじゃないのか?
日米戦開始時点から、戦力維持して1945年まで逃げ切る。
これすら、アメリカの出方次第で凄まじく困難な気がしてきた。
こっちは資源輸送という致命的な弱点晒しているのだ。
俺は凄まじい矛盾のスパイラルの中で、解決する方法を考えなければならないつーわけだ。どうすんだよ。軍ヲタニートには荷が重いよ。
海上護衛の専門家……
日本海軍の中にいたか?
まずは、俺が抱え込んでもどうにもならん。
誰かいないのかよ。この問題解決できそうなの。
「新見提督くらいしか、思い浮かばん……」
俺はすがりつくようにその名をつぶやいた。
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