その7:終結のスケープゴート
大西少将は深刻な顔をしていた。
俺の未来情報はやはりショックだったのだろう。
ここで「神風特攻隊の生みの親なるのはキミだからね。でもって、敗戦して責任とって割腹自殺で長時間苦しみながら死にます」とか、絶望的なことは言えない。
そんなこと言わなくても、必死にやってくれる。当たり前だ。
まあ、俺の言ってることを信じてくれたのはありがたいが。
「長官。ああ、長官とお呼びしていいですか?」
「ん? まあ、それでいいけど」
「長官の言っていることは嘘とは思えません」
「嘘じゃないから」
「しかし、やはり証拠が欲しいのです。以前、水から石油ができるという詐欺師に騙されそうになったもので」
「それって、もしかして、俺も当事者だったかな? 俺はこっちに来る前だけど」
「はい。実験するまでは、信じているようでした」
本当かよ。大丈夫か? 海軍兵学校。水の中に炭素はねーよ。
この話は史実でも結構有名なものだ。
確か架空戦記の題材にもなっている。
この実験やっていたら、偶然常温核融合が出来てしまうというネタだったか……
まあ、石油に困っていた海軍は、水から石油ができるという詐欺師にわざわざ実験をさせたのだ。
それも連続3日間。眠くなって、誰も見ていないだろうなという瞬間に、石油ができるのだ。
完全にインチキ。
そもそも、そんな実験やるだけ無駄という技官の言葉に逆らって、実験させたのだ。
とにかく、それだけ石油が欲しくてしょうがなかったのだろう。藁にもすがる思いだったのだとは思う。
実際、戦争末期は「藁」じゃなくて、「松の木」にすがって、松根油作るわけだけど。
「証拠かぁ……」
『吾なのだ! 吾を出すのだ! もはや、これでばっちり信じるのだ! 神州不滅の女神様降臨すれば、一発解決なのだ』
大人しくしていると思っていたら、いきなり女神様が騒ぎ始めた。
『なんですか? 急に……』
『難しい話は嫌いなのだ。とにかく、吾が出れば解決なのだ』
『そうですか、じゃあ、お願いします。ただ、でっかい声で絶叫しないでくださいね』
『うむ、分かったのだ』
ここは個室だ。うるさくしなければ問題ないだろう。
俺の頭から光が出飛び出す。
やがて、人型の形をとって、女神様となっていく。
丸く髪を束ねたところから、ツインテールが伸びる。
黒くて艶のある長い髪の毛。
羽衣みたいなものがフワフワ浮いている。
光りに包まれた美少女が出現した。
ポカーンとする大西瀧治郎。
手に持った箸をポトリと落とした。
日本海軍を屈指の航空戦の権威も、アホウな顔で見るしかなかった。
『吾は女神なり…… 吾を崇めよ……』
陸軍将校の軍服来た、顎の長い魔人のようなセリフを吐く女神様。
本当に、女神なのか、だんだん怪しくなってくる。
もっと、別のなにかではないかという気がしてくる。
「なんだこれはぁぁぁ!!」
耳をつんざく大西絶叫だった。
多分、切腹したときでも、こんな絶叫しなかったと思う。
渾身の絶叫だった。ビリビリと空気が震えた。
「まずい! もどって! 女神様」
さすがに空気を読んでフォトンの粒子となり、俺の中に入っていく女神様。
「なんでしょうか! なにかありましたか?」
店員がすっとんできた。
「いや、なんでもない。なんでもないから」
俺がそう言うと、不思議そうな顔で店員は出て行った。
大西少将は呆けた顔のまま、プルプルと震えている。
かなりの衝撃だったようだ。
もしかしたら、敗戦のときよりショックがでかいのじゃないか。
しかし、危うく、見られるところだった。まずすぎる。
ああ、女神が出てくると予告してから、言うべきだった。
いくら、肝っ玉の据わった帝国海軍の将官でも、こんなものがいきなり出てきたらパニックになる。
俺の、感覚が狂っていた。今後は気を付けないと。
「まあ、ということで、この女神が、未来から俺を連れてきたわけだ」
「あ…… 天照大神……」
いや、多分この女神それじゃないと思うけどね。
『吾をあんな年増と一緒にするな!』
いや、そんなことで怒ってもね。もうどうでもいいから黙ってて。
「とにかく、これで分かったと思う。俺は未来から来たんだ。そして、日本はこのままじゃ負ける。俺はそれを何とかしたい」
「わ、分かりました」
カクカクと頷きながら、大西少将は言った。
これで、だいたい伝えることは伝えたかな。
女神様出現で、大西少将の脳のブレーカが限界寸前まで来ている感じがする。
そろそろ、終わりにするか。
『ほら! マッカーサだ! マッカーサを捕まえるのだ!』
『あ、そうか。コーンパイプのおっさん捕まえる話ね』
『忘れるな! 奴を俘虜にして晒してやるのじゃぁ』
日本が勝った次元からやって来たはずなのに、妙に恨みがましい。
「大西少将」
「なんでしょう、長官」
「マッカーサーがフィリピンを脱出する」
「え?」
「それは、いつ?」
「正確には分からないんだ。俺もよく覚えていない。多分3月から4月の間だと思う」
「そうですか」
明らかにガックリした表情で大西少将は言った。
しょうがないだろう。マッカーサーが脱出した日なんて正確に覚えている日本人なんて何人いるんだよ?
俺だって、相当なヲタだけど、そんなのググらなきゃ分からんよ。
でもって、1942年はグーグル先生は生まれてないからね。
「ただ、脱出方法は分かっている。コレヒドール要塞から魚雷艇だ。それからB-17だったと思う。行き先はオーストラリアだ」
「なるほど」
大西少将は、女神様目撃のショックからはもう立ち直っていた。
さすが帝国海軍の軍人だった。
「B-17がまだ生きてる飛行場が……」
「マッカーサの逃亡を許さないで欲しい。オーストラリアの戦略方針が大きく変わる可能性がある」
「豪州のですか?」
「ああ、オーストラリアは今、欧州戦線に派兵している。本土防衛に裂ける戦力は限られる」
「それで?」
「オーストラリアの基本方針は、本土の北部を切り離す防衛線を計画していた。ずいぶん弱気だと思うけどね」
「ほう」
「それが、マッカーサーがオーストラリアに逃げることで、方針が変わる」
「どうなるのです?」
「積極的な反攻に出てくる。ニューギニアが戦場になる」
「ニューギニアですか」
あまりピンとこない顔をしていた。
確かに、当初の海軍戦略の中ではニューギニアはあまり重視されていない。
というか、島嶼戦を繰り返す、長期戦という発想自体が無い。
いや、個人的にはある人はいるが、組織としては無いと行っていい。
「地球儀を見れば分かるが、ニューギニアが落ちると、一気にフィリピンだ。資源地帯との輸送線が断たれる。これで日本は詰む」
よく日本は英国とオランダだけに宣戦布告すればいいという後知恵丸出しの論評がある。
それを採用した場合、アメリカはその気になれば、いつでもフィリピンから日本の輸送路を断てる。
この場合、実際にするしないではなく、その能力があるということが重要だ。
その能力の裏付けを持って恫喝してきた場合、日本は結局、アメリカと戦端を開かねばならない。
史実よりも不利な条件でだ。
これは、あまりにも楽観的すぎる。
確かに、世論は戦争に反対だったが、世論なんてどう変わるか分かった物ではない。
そもそも、日本が石油資源を手にしたら、それを黙って見ているほど、アメリカが甘ちゃんだとは思えない。
というより、当時の人にそんな甘い判断を強いるのは困難だ。
とにかく、フィリピンだ。
フィリピンが落ちれば、日本は終わり。
この戦争はそういうものだ。
だから、ニューギニアが重要になる。
これについては、色々考えているが。
「分かりました。マッカーサーの件は全力を尽くしてみます」
「頼むよ」
そして、俺と大西少将は別れた。
これで、一歩進んだのか。
それとも蟷螂の斧なのか、それは分からない。
ただ、出来ることは全部やるんだ。死にたくはない。
今日初めて会った、大西少将だけど、彼にだって切腹はさせたくはない。
「どーすっかね」
歩きながら思わずつぶやいた。
長期持久をする。まあ、それはこっちの問題だ。日本側がなんとかすれば、出来ないことではないだろう。
そして、ドイツが負けた場合、史実通りなら、ソ連は参戦してくる可能性が高い。
それには条件があるだろう。
1.アメリカが苦戦していること
2.満州の兵力が弱体化していること
3.原爆が使用できる環境にないこと
島嶼戦を行う場合、どうしたって、満州、中国からの兵力引き抜きは起きる。
ただ、上手く戦えば、史実程は満州は弱体化しない可能性もある。
これは難しい。
満州の防備が固いとみれば、おそらくソ連は攻めてこない。
ノモンハンで日本も痛い目をみたが、ソ連も相当に痛い目をみている。
損害自体はどっこいどっこいだ。
日本が講和するためには、ソ連の侵攻が必要だ。
そして、満州は犠牲となってもらわなければならないだろう。
海上兵力が残っていれば、ソ連は日本に対しては、上陸作戦はできない。
また、無茶もしてこないだろうとは思う。
予断はできないことではあるが。
『なんというか、嫌な考えだ』
『ん、なにが嫌なのだ?』
『戦争に勝つにしても、悪者が必要ってことです』
俺は脳内で女神様の質問に答えた。
この戦争を終わらせる。
ソ連の脅威を利用し、アメリカと取引するということだ。
これ自体も、難しい。
しかも、これをどう国民に納得させるのかって話だ。
マスコミは戦争を煽っている。
日本は戦争とともに、大きくなって列強になっていった。
日本の近代史の中で、戦争は国にとって成長のチャンスだった。
だから、戦争で何を得るのかってのは、国民は重視する。
結局、なにも得ず、講和しましたという結果を受け入れるためには、悪者が必要なんだ。
焼け野原になって、どこから見ても敗戦ですという状況ですら、戦争を終わらせるのは大変だったんだ。
それが、まだ余力を残した状態で講和するってのは、国民が黙っていない。
国民の怒りを向けさせる生贄が必要なんだ。
「結局、陸軍が悪者になってもらうしかねーのか」
誰に言うとも無い俺の言葉は、夜気の中に流れていった。
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