その5:零戦とか兵器システムについて考えたわけだが

 1942年1月も半ばを過ぎた。

 そして、聯合艦隊司令長官となった俺は、長門で戦況報告や、上がってきた戦訓などの分析をしている。

 大したものは上がっていない…… と、思う。よー分からん。

 ちなみに、三和作戦参謀も一緒だ。


 とりあえず、3日後には、大西瀧治郎が日本に帰ってくる。

 内々で話をする予定だ。

 書類仕事は早々に片付けたい。


 そして、他にも仲間にしたい人材はいないではない。

 目の前の三和作戦参謀も、優秀な軍人だと思う。彼にもいずれは話そうとは思う。

 ただ、序列はしっかりさせないといかんな。

 外部はともかく、司令部内の「鉄仮面」宇垣参謀長と、黒島先任参謀を飛ばして話すわけにはいかない。

 つーか、この2人は苦手だ。

 宇垣は顔が怖いし、黒島は老け顔で変人オーラを出しまくっている。

 

 とりあえず、大西だ。彼を引きこむのが先だ。

 そして、次は…… 

 源田実かなぁ……

 海軍の主戦力である機動部隊を切り盛りしているのは源田実といってもいいかもしれない。


 第一航空艦隊の司令部の源田実は、大西瀧治郎の直系といってもいい。

 彼にも話を通しておくべきだろう。重要な人物だ。

 

 俺は、源田実のネット画像を思い出す。あの猛禽類のような眼差し。

 人類というより、鷲人間だよ。ブサイクじゃないけど、迫力ありすぎだ。

 3代前くらいに、猛禽の血筋が入ってるんじゃないかと思うよ。


 いや、恐れるな俺。

 俺は、聯合艦隊司令長官だよ。偉いんだよ。海軍の3顕職の一つだよ。

 軍政を担当する海軍大臣。

 軍令を担当する軍令部総長。

 でもって、俺は戦争現場責任者の聯合艦隊司令長官だ。

 つーか、そう考えると、兵器の開発・生産は軍政だし、作戦は軍令だ。

 聯合艦隊司令長官の本来の仕事は、与えられた兵器で、命令された作戦を遂行するというものだ。

 ただ、呆然と軍政と軍令のなすがままに流されていると、俺は死ぬな……。


 南海の空で12.7ミリに撃ちぬかれて死ぬ。もしくは、戦犯で絞首刑。


 あらためて、ヤバいと思う。このまま、職責の範囲内で動いていると、多分、死んでしまうのだ。

 

 そう考えれば、あの刺すような視線の源田実と会うのも我慢できる。

 味方を増やさねばどうにもならん。


 しかし、源田実というのは、戦後誤解されているというか、毀誉褒貶の激しい人だ。

 以前、イキペディアで、彼の記載に関して、更新合戦をしたことを思い出した。

 どうも、一部の軍ヲタから毛嫌いされているのだ。

 とくに、古い軍ヲタだ。

 某日本を代表する左翼軍ヲタのアニメ監督などが典型だ。

 実証主義で有名な軍事ライターさんの出した本の後書き対談に出てきて、源田実をボロクソだった。

 源田のせいで、零戦がダメになったとか、分けの分からんことを言っていたのだ。

 そんな流れで、ネットでもクソ情報が書きこまれるのだ。

 人間爆弾の「桜花」の発案者で、遂行者とか嘘が書かれていたのは何年前だっただろうか?

 まあ、1942年から見ると未来の話だ。

 戦闘機無用論を唱えたのは、彼一人ではない。

 目の前の三和作戦参謀だってそうだ。あれは、世界的な流行だった。源田一人に責任を押し付けるのはおかしな話だ。

 まして、源田実のせいで、戦闘機搭乗員の枠が減ったとか。当時、そんな権限ねーよ彼に。


 でもって、戦後の政治家時代には、ルメイの受勲の話だな。

 日本全土を焼け野原にしたルメイに受勲したのが、源田実のせいになっていた。

 あれは自民党の政策の中で動いただけの話だ。

 

 源田実とは、組織の中で、実直に動いていた秀才だということだ。

 時間を自由に使えるニートの俺は、じっくりと反論して、叩き潰してやったのだ。

 ざまあである。

 その意味では、源田実は、俺に感謝しなければいけないのではないだろうか?

 おお、かなり精神的に優位に立てそうだ。


 源田実が誤解されている原因は、零戦関連の本のせいだと思うのだ。

 日本製の兵器では、戦艦大和と並んで、超有名な物。

 もう、世界的にも有名。英語の辞書に「ZERO」の意味として零戦を指すと書かれているくらい。

 

 この開発のとき、柴田武雄という同期の士官と言い争いしている。

 堀越二郎が、零戦に「なにを優先すべきですか」って質問をした。

 あまりに、要求が厳しいので、優先順位を明確にしてほしいという話だ。

 技術者とすれば当然の話だ。

 柴田氏は「格闘性能は犠牲にしても速度と航続力」と答えた。

 源田氏は「格闘性能を犠牲にできない」と主張したのだ。

 これをもって、柴田氏の方が先見の明があるという主張がされていたのだ。


 しかしだ。

 零戦は艦上戦闘機なのだ。格闘性能。つまり、操縦性を犠牲にして速度を上げるということは、失速速度が上がる。

 つまり、空母という狭い場所に着艦するのに、速度が上がってしまうのだ。

 これ、怖いよ。

 空母に着艦するのは、危険手当がでるくらいで、平時でも事故続出の危険な行為だ。

 そこに、速度優先の機体を持ってきたら、危なくて仕方ない。

 速度性能を上げるということは、着艦速度が上がることを意味している。


 空母での運用において操縦性を重視するという考えは間違っていない。

 米海軍だって、高速機であるF4Uコルセアの艦上機運用で苦労している。

 実際に艦上機の主力になったのは、操縦性優位のF6Fヘルキャットだった。

 ましてや、零戦は基本平時の戦闘機なのだ。

 事変は戦争じゃない。


 柴田氏は「訓練でカバーする」と言っているが、その訓練で死人が出まくるのが、当時の飛行機なんだ。

 柴田氏の主張に理が無いわけじゃない。ある。でも、同じくらい源田氏の主張も理があるのだ。


 ああ、そうだ、零戦か……

 どうすっかななぁ。


「そっか、零戦か……」

 俺は思わず口にしていた。

「長官、零戦がいかがされましたか?」

 三和義勇作戦参謀が言った。書類をめくる手を止めた。

「いや、零戦は優秀だが、それに頼るのはどうかと思ってね」

 いきなりのアドリブ。やべぇ。

 俺のつぶやきに一々反応すんなよ。独り言も言えやしねぇ。


『零戦は世界一! もはや旭日の翼の征くところ、敵はないのだ! 2000馬力にすれば、もっと無敵になるはずなのだ!』

 脳内の女神様が言った。別次元でも零戦はあったんだな。

 まあ、いいけど。そっちの零戦は本当に別次元かも知れないね。


 しかし、2000馬力とか、どこからエンジン持ってくるんですか?

 誉ですか?

 栄と重さが全然違うので、機体バランスがえらいことになりますよ。

 300キログラムは重いですからね。

 どーすんですか? いったい。

 心の中だけで突っ込む俺。


「我が戦闘機隊の威力の前には、米英も形無しですね」 

 三和作戦参謀が言った。心の広い俺は、「キミは戦闘機無用論唱えていたよね」なんていじめない。

「だが、米英もいつまでもやられっぱなしではあるまい」

「はい」


 これで会話は終了した。

 あまり、余計なことを言わないで済んだ。

 つーか、零戦だ。これどうするかだなぁ……

 海軍は、太平洋戦争を殆ど、零戦だけを戦闘機として戦う。


 零式艦上戦闘機。

 伝説級の戦闘機だ。おそらく、未来永劫、日本がこれ以上、世界でメジャーになる戦闘機を作ることは無いと思うくらいだ。

 今は21型が主力となっている。

 1942年時点では、熟練搭乗員との組み合わせでは、おそらく世界最強の戦闘機の一つといってもいいだろう。

 ただ、そのカタログスペックはそんなに飛び抜けていない。 

 性能の指標として持ちだされる最高速度は533?/hだ。もう、世界は600?/h以上の水準になっている。

 上昇力は軽い機体ゆえに、最高水準だが、降下速度は遅い。

 零戦の最大の武器は、軽い機体に備わった、高度維持能力だ。

 特殊機動を行っても、高度が落ちない。

 この能力があるので、機動戦では、優位に戦闘を続けられる。

 相手はどんどん、高度を失っていく。これは、運動エネルギーを失っているのと同じだ。


 欠点はある。

 機銃の弾数の不足。

 それから、機体の脆弱性。

 横転性能の悪さ。

 480km/h以上の速度での補助翼の重さ。


 防弾性能は1000馬力前後の戦闘機では、どうするか悩みどころだ。

 戦闘機の防弾性能なんて、所詮は気休めかもしれない。


 おそらく1945年まで、帝国海軍は零戦で戦わなければならない。

 栄31型の事故は情報を流すことで防げるかもしれない。

 となれば、52型丙は結構使える戦闘機になると思う。

 また、実用化を遅らせた雷電の振動問題は、プロペラ剛性を上げることで回避できる。

 ただ、大戦後半の主力エンジンの「誉」はどうにもならんかもしれん。


 主軸を太くして、全体に余裕を持った設計をすればよかったというのが、設計者だった中川氏のコメントだ。

 ただ、聯合艦隊司令長官がどうやってそれを伝える?

 まあ、出来なくないと思うが、素人の言葉をどうして信じるか?

 それに、誉はもう設計は終わってしまって、試作の組み立てに入っているのだろうな……

 ああ、あのエンジンで、苦労するのか……

 一概に、誉のせいではないという説もあったが。

 

 とにかく、飛行機は飛ばなきゃ、話しにならん。

 でもって、飛ばすためには、膨大な支援体制が必要なんだ。

 零戦単体の性能。戦闘機単体の性能より、滑走路のメンテナンスや整備、部品の供給、搭乗員の教育、休暇などのサイクル。

 そう言った全体のシステムが何よりも重要だ。

 日本が遅れていたのは、機体やエンジンじゃない。

 決定的なのは、運用思想だ。兵器システムの考え方なんだ。

 

 島嶼戦での持久を目指すならば、1945年まで粘るなら。

 航空機運用のシステム全体を変えていかないといかんわけだなぁ。

 となると、土木機械や、飛行場設営の問題がある。

 飛行場には、掩体だって必要だ。剥き出しでは、すぐに戦力が無くなる。


 どこから、その資材や金や人をひねり出すんだ?

 ああ、やはり俺一人じゃ無理だ。

 聯合艦隊司令長官の職域を完全に超えているなぁ。


「三和参謀」

 俺は目の前の参謀に話しかけた。

「なんでしょうか? 長官」

「この、戦…… 厳しい物になるな」

 そう呟く俺を三和作戦参謀は、不思議そうに見つめていた。

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