その4:生存のための戦争計劃
1941年が終わり年が明けた。
南方作戦は順調だった。
南方資源地帯の占領、シンガポール攻略は順調だ。
全て、史実の通りだった。
史実通り、フィリピンが手間取っているという印象があるが、それは他が順調すぎるからだ。
今後のことで、大西瀧次郎と連絡を取りたいのだが、彼はフィリピン攻略作戦に従事している。
第十一航空艦隊の参謀長なので簡単には、本土に呼べない。
まあ、今月中には何とかできるように手配を進めればいい。
聯合艦隊司令長官なので、それくらいはできる。
俺は、長門の中で、今後の戦争をどう着地させるかを毎日考えている。
とにかく、問題が山のようにあって、どうすべきか考えあぐねる。
俺は目の前の書類に目を通しながら考える。
戦艦長門の執務室だ。
柱島に停泊中の長門には出番はないが、それでも聯合艦隊司令長官の仕事は多い。
書類の事務仕事だ。ああ、軍隊とは役所なのだなと、実感する。
俺は、ネットでアジ歴の史料を読むのが趣味だったので、結構楽しい。
しかし、聯合艦隊の司令部を戦艦に置くというのはやはりどうなのかと思う。
史実では、太平洋戦争末期に聯合艦隊司令部は陸に上がった。日吉の慶応大学キャンパスだ。
そもそも、司令部が艦の中にある必要はないと思う。
ただ、戦艦大和が就役したら、そっちが旗艦になることになる。
聯合艦隊司令部も移る。
戦艦大和である。
7万トンの巨体に46サンチ砲。
舷側装甲板が41サンチ、水平装甲板が20サンチ~23サンチ。
戦艦という兵器の進化の極致に存在する艦。それが大和だ。
まあ、せっかくなので大和には乗りたい。絶対に乗りたい。
基本的に海軍関係では小艦艇が好きな俺であったが、大和はやはり別格だ。
ああ、早く大和には乗ってみたい。
書類は目を通した。
俺は、伸びをする。
鏡に映った俺の顔は、37歳の無職ニートのままだ。
とりあえず、体の調子は悪くない。健康だ。
俺は、他の人にはどう見えているのかはよく分からん。
山本五十六みたいに見えているのだろうか。
指はちゃんと五本ずつある。山本五十六とは違う。
そもそも、この世界には、山本五十六はいない。
俺がずっと存在していたことになっている。
1942年となったが、今のところアメリカの反撃は無い。
史実では、ギルバート、マーシャルという日本海軍の外郭防衛線に対する奇襲開始が1942年1月30日だったはず。
その後、太平洋上の島嶼に対し、米空母機動部隊が奇襲攻撃を繰り返す。
跳梁するこの機動部隊に対し、有効な手が打てなかったというのが史実だ。
まあ、今回も打てそうにない。
そして、4月の中旬に東京空襲という事態が発生する。
こいつだけは、対策打てないでは許されない。絶対にだ。
軍事的な被害は少ない。ちなみに、小学校が爆撃されて子どもがいっぱい死ぬ。その後の悲劇に比べれば、被害が少ないですむ話かもしれないが。
そして、この作戦は、政治的、戦略的に見れば、アメリカの大勝利だ。
この空襲によって、ミッドウェー作戦を渋っていた陸軍が、賛成に回ってしまったのだ。
まあ、今回は言い出しっぺの山本五十六はいないので、ミッドウェー海戦は起きない予定だ。
つーか、俺はやらん。絶対にやらん。
とにかく、米空母を出来るだけ削る。
米空母とまともに正面から戦えるのは、1943年までだ。
1944年以降は、数も質も圧倒されてしまう。
約3万トン、搭載機100機のエセックス級空母が毎月出てくるのだ。日本海軍の翔鶴型以上の大型空母だ。
数の問題からしても、単純な機動部隊による決戦なんてできっこない。
まあ、それについては腹案は出来つつあるけど。
「フィリピンから逃げる腰抜けマッカーサを俘虜にするのだ。宣伝してやればいいのだ! 腰抜け鬼畜米英!」
女神様が言った。
今は誰もいないので、実体化している。
黒髪、ツインテールの美少女だ。
ただ、発言内容がかなり痛い。
「だから、それ無理ですって」
「なぜ? 魚雷艇で逃げるの分かってるのだろ? 沈めてやればいいのだ。海水をたっぷり飲ませて、俘虜にするのだ!」
「場所も時間も覚えてませんよ……」
手元にネットでもあれば、調べる。
しかし、1942年にはそんなものはない。
俺の記憶だけが頼りなのだ。
コーンパイプのおっさんがいつコレヒドール要塞からトンズラしたか詳しく覚えてない。
確かコレヒドール攻防戦の時期から考えて、1942年3月から4月くらいだったと思うが。
魚雷艇で逃げて、航空機でオーストラリアに逃走したはず。
ただ、この程度の情報では確実に捕まえるなんてできそうにない。
「一応、そういった可能性があることを指示しておきますけどね。多分、網にはかからないと思いますよ」
「貴様、敢闘精神が足らんのではないか? 精神力と軍人精神でなんとかするのだ!」
キッと目を吊り上げて女神様が俺を睨む。可愛らしい顔なのであまり怖くは無い。
だいたい、俺は軍人ではなく無職ニートの軍ヲタにすぎないのだ。
「あの……」
「なんなのだ?」
「女神様なんですよね?」
「そうなのだ!」
「で、マッカーサーの逃走経路と時期について分からんもんですかね? 女神様は」
「分かるわけないだろうが! 吾はこっちの世界は、初めてなのだ。とにかく、皇国日本の負けた世界など初めてなのだ!」
「女神様の世界の、ハリケーンとか小惑星って、女神様がやったの?」
「知るか! やっとらんわ! 鬼畜米英に天罰が下ったのだ!」
力強く言い放った女神様。女神様の担当外の天罰のようだ。
要するに、この女神様は、俺を拉致監禁し、この世界に連れてきて聯合艦隊司令長官にしたが、それ以外の事は出来ないといことらしい。
歴史改変は丸投げである。なんという理不尽。
「しかし、マッカーサーを捕えるというのは、魅力的な案ではありますね……」
この点は認めざるを得ない。
そもそも、コイツを逃がしたせいで、オーストラリアの戦略方針が大きく変わったのだ。
当初、オーストラリアは、本土の北側を捨てて、防衛線を構築することを考えていた。本土決戦を覚悟していたくらいだ。その意味では日本を過大評価していたと言える。
ところが、オーストラリアの、ジョン・カーティン首相は事実上、軍の指揮権をマッカーサに渡してしまう。
その結果、当初の防衛的な方針が破棄され、オーストラリアを起点としての反撃が開始されたのだ。
もし、マッカーサーがいなければ、オーストラリアは本土に引っ込んでいたんじゃないかとも思う。
とにかく、ニューギニアからフィリピンに反攻していった米軍の軍事物資の80%以上がオーストラリアが供給した物なのだ。
日本人は、太平洋戦争を日米戦と捉えることが多い。実際そうなのだが、その戦争を後ろで支えていたオーストラリアの存在はでかいのだ。
「よし! 戦艦を引き連れてフィリピンを封鎖するのだ! 艦砲射撃だ! コレヒドール要塞に40サンチ砲を叩きこむのだ!」
「油が勿体ないです」
「くそ! なぜ油が無いのだ!」
「そんな油があったら、戦争してないです」
戦艦なんて動かすだけで、重油をバカ食いするのだ。
そんなものを動かしてどうするのだ。いずれ、フィリピンは落ちるのだ。
しかも、飛行機で逃げるマッカーサーを戦艦でどうしようというのか。
「とにかく、第十一航空艦隊に方にはそういった可能性がある旨は伝えます。結果は分かりませんけど」
その時の俺はそれほど期待はしてなかった。
そうタイミングよく、マッカーサーを捕えることができるとは思ってなかったからだ。
この俺の命令が意外な方向に歴史を動かしていくことになる。
「次は、ハワイだ! ハワイ攻略だな!」
「無理です。船が足りません。油も無いです」
「貴様! 船より、気合いが足らぬのではないか? 足らぬ足らぬは工夫が足らぬ!」
また無茶を言い出す女神様だった。
どこに、そんな余分な戦力があるんですか?
今ですら、精一杯どころか、国民生活犠牲にして、船舶運用しているんですけど。
「だから、工夫するんですよ。負けないために。こっちは命かかってんですから!」
俺はうんざりし顔で言った。会話するだけで疲れる。
ゲーム感覚で、ハワイ攻略だのオーストラリア攻略など出来るかと。本当に。
絶対にできない。
とにかく、米ソ対立の状況ができるまで、粘る。徹底的に粘るのだ。それしかない。
「では、どうする気だ? アングロサクソンの魔の手から、世界を救い、八紘一宇の世をどうやって達成するのだ?」
「ああ、長期持久戦ですよ。この世界の方針に従います」
「ん、そうか。それで、アングロサクソンを血の海に沈めるのか?」
「まあ、そう考えてもらっていいです――」
とても、女神というか、神を名乗る者の発言とは思えない。
コイツは、もっと禍々しいなにかじゃないかとチラっと思った。
太平洋戦争は島嶼戦の連続だ。
要するに、島嶼防衛線で、時間を稼ぐしかない。
問題はある。
全ての島を硫黄島や、ペリリュー島のような要塞にはできない。
そんな、資材は日本にはない。
また、待ち構えている島は、スルーされる可能性がある。要塞化されたラバウルみたいに。スルーされて、補給路を切られたら、完全に遊兵化してしまう。
ただ、アメリカにとっては、どうしても攻略しなけばいけない。地点がある。
代表的なのは、マリアナ諸島と、フィリピンだ。
島嶼に引きつけておいて、海上戦力で遊撃戦を行い消耗を強いる。
1944年以降は、米機動部隊への直接攻撃なんかしない。
後方支援艦隊を襲うのだ。
史実でも沖縄戦では、地上戦闘で持久し、特攻機で支援艦隊を中心に大ダメージを与えている。
後に公開されたアメリカ側の公文書では「沖縄戦は事実上の敗北」とまで書かれている。
日本にとっても、悲惨な戦いであったが、アメリカにとっても、悲鳴を上げたくなる戦いだったのだ。
侵攻するアメリカ艦隊に対する、補給ラインへの攻撃。
正面切っての艦隊決戦なんか絶対にしない。相手の弱みを徹底的に突いてやる。そのための戦力は残す。
補給ラインの長さは、アメリカにとっても悩みの種だったのだ。
後知恵の恐ろしさを見せてやる。
血だ。
とにかく、空母だ、戦艦だの兵器はどうでもいい。
徹底的なアメリカ兵への攻撃。
つまり、アメリカ市民への出血の強要だけが、日本と俺の生き残る道なんだ。
戦争だ。
これは、戦争だ。
俺は、どんな手段でも使ってでも、日本を負けさせるわけにはいかないのだ。
ブーゲンビルで死にたくないし、戦犯にもなりたくないのだ。
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