その3:ああっ女神さまっ

『なに言ってんの? 女神様』

『人脈を広げ、影響力を行使すればいいのだ。まずは、東條英機を――』

『東條英機ですか?』

 俺、あーゆう、メモを細かくとって、ゴミ箱覗いて、食事チェックするような細かい人合わないと思う。

 ニートで無職で、大雑把な性格だから。

 彼が後世で言われているほど、無能でもないとは思うけど。

 ある意味、責任感はある真面目な官吏だとは思う。だけど、仲よくはなりたくねーな。


 言わんとする趣旨は分からないでもない。大筋では。

 だいたい、後世の歴史じゃ有名な聯合艦隊長官であるが、簡単に行ってしまえば、実戦部隊の長だ。

 そもそも、山本五十六という大物が就任したので、顕職となったという側面もある。 

 彼は「早期講和」を目指してバンバン積極作戦を打ち出す。

 とにかく、早期講和以外ないと思っているのだ。


 でもね…… 

 それ無理なんだよね。

 アメリカは1942年1月1日に26各国の代表をアメリカに集めて「連合国共同宣言」発表する。

 枢軸国とは単独で講和しないという取り決めができるんだよね。

 ああ、あと1か月もねーよ。

 ドイツに対する「講和」という解釈は後世にみられるけどね。

 対日世論は、対ドイツ世論より悪いからね。今の北朝鮮とかイスラム国どころじゃないから。

 絶対にアメリカが短期講和するとかは無い。

 そもそも、戦争開始とほぼ同時に、日本の終戦処理について話し合い始めてるくらいだからね。ドイツを先に負かして、日本はゆっくり仕留めていけばいいよってな感じだったんだ。

 まあ、真珠湾攻撃で内部にドイツ優先に対する反対派は増えたのだけど、大筋は変わらない。

 

 あと知恵だから言えるけど、早期講和はあり得ない。連戦連勝で、ハワイを攻略したって、講和なんかしない。西海岸に上陸しても同じだ。

 そして、そんなことは日本の国力では無理なのだ。


 それを知らずに、早期講和を目指し、前掛かりで無理した挙句が、ミッドウェーで空母4隻全滅だから。

 その後、「ガダルカナル」で坂道転げ落ちた。

 短期決戦以外ないという焦る気持ちは分かるけどね。だって、当時の人は、歴史の先を知らないから。


 ところが、俺は知っている。早期講和は無理だ。

 そして、粘ると国際環境が変わることも知っている。

 米ソ対立の構造だ。こいつを上手く使うしか、生き残る道は無い。

 そのためには、1945年以降も、一定の戦力を維持する必要がある。

 投機的な作戦は絶対にダメだ。

 基本、艦隊保全主義で行く。


 だいたいが、大日本帝国の戦争方針は「長期持久でイギリスか蒋介石の脱落を待つ」というものだ。

 まあ、これが、正しいかどうかは別にして、国内の戦争方針がバラバラというのが始末に負えない。

 俺の理解者を増やして、戦争方針を一本化する。理にかなった話である。

 とにかく、俺がブーゲンビルで戦死したり、戦犯で裁かれないためには。


 俺は確かに未来を知っている。

 でもって、敗因になったと思われることも分かっている。

 資源、生産力の隔絶とか、日本の生産マネージメントの不合理。

 船舶の決定的な不足。

 電子技術の致命的な遅れ。

 暗号ダダ漏れ。

 まだまだ、いっぱいある。


『東條英機は首相だぞ。首相を取り込んで、皇国必勝の体勢を作るのだ! 大東亜共栄圏なのだ!』

 俺の思考を無視して、女神様が脳内で力いっぱい主張する。

『で、どうやって仲よくなるんですか?』

『直接話して、説得すればよかろう』

『無理です』

 俺即答だった。

 理屈は分かるが、出来ることと出来ないことがある。

 俺はニートなのである。無職なのである。

 東條英機と話すのは荷が重い。

 だって、カミソリ東條だよ。


 俺は、コミュ障とまでいかないが、人と話すのは苦手だ。

 東條英機の前とか出たら、まともに話せないからね。

 しかも、俺が山本五十六に重なる人物だとすると、余計にまずい。

 同じ歴史経緯だった場合、同時期に陸海軍の航空行政のトップになっていたはずだ。

 そのときに、山本五十六は、東條英機に「陸軍の飛行機もやっと飛べましたか」とか言ってるからね。すゲェ、毒舌だよ。どんだけ、陸軍嫌いなんだよ。

 東條英機は、メモ魔だから絶対に覚えているよ。言ったの俺じゃないけど。

 多分、この歴史でも言ったことになっているはずだよ。

 東條英機に「実は女神様がいて、この私は未来から来たんだけど……」ってなこと話してみ。

 英機感激するとは思えない。怒るよ。絶対に怒る。

 ハゲ頭ピクピクさせるよ。絶対に――


『うむ~ ちょっと出るか……』

 

 女神様はそう言うと、俺の頭からシュルっと出てきた。

 最初は光の塊だ。徐々に人型となって、美少女が出来あがる。

 考え方は、どうにかして欲しいが、外見だけは、文句なしの美少女だ。


 長い黒髪をでを横の方で丸く止めて、そこからツインテールが伸びる。

 確かに、女神様っぽい髪型だった。

 ヒラヒラとした羽衣みたいなものを肩にかけている。

 服は赤と白を基調とした、着物の原型のようなものだった。

 大きな黒い瞳に、長いまつ毛の典型的な美少女顔だった。


「貴様、仲間を増やさねば、まともな戦争指導できんだろうが! 聯合艦隊だけで勝てるのか!? 総力戦なのだぞ」

「それは分かりますけどね…… うーん」

「なんなら、吾も同席しよう。女神が一緒なら、説得力アップだ!」


 確かにいきなり女神が飛び出てくれば、信じるかもしれんが、ショックもでかすぎる。

 東條英機が錯乱するかもしない。

 さすがに、首相が錯乱するのはまずい。

 ひいては、陸海軍の決定的な対立に向かう可能性すらあった。


「まあ、それなら、まずは聯合艦隊司令部、次は軍令部って感じで、足もとを固めた方が……」

「うむ、それもありか」

 女神は、指を顎に当て思案気にして言った。

 黒く長い髪が揺れる。


 まあ、海軍というところは、水から石油ができるという詐欺師を呼んで、わざわざテストさせるくらいな組織だ。

 それに、骨相学の人を使って搭乗員の選抜を行っているし。こういったオカルトも平気なんじゃないかと思った。

 陸軍ではあまりそう言う話は聞かないので、船乗りは迷信深いのだろう。

 

 俺は聯合艦隊の幕僚とも話すのが苦手だ。そのまんま、史実の山本五十六に近い。

 俺の場合は、怖いからだけど。

 比較的若いのは平気だけど、宇垣参謀長は、本当に顔が怖い。さすが「鉄仮面」と言われただけのことがある。

 ただ彼の書いた日記の「戦藻録」には、長官に話しかけられてうれしいとかあったらしいし、意外にツンデレなのかもしれない。

 ただ、女神の事は書かないように言っておかないとな。


 黒島主席参謀は、風呂入らないので臭いし。

 戦況悪化とともに、キチ〇イ特攻マシーン発明家となるわけだが。

 そんな、歴史をたどらせたくないという思いもある。

 やっぱ、特攻は出来るならやりたくない戦法だ。

 そういった部分でも歴史は変えてみたいとは思う。 


 ちなみに、この二人は史実通りなら仲が悪い。

 ああ、雰囲気の悪い職場は嫌だ。まあ、俺はニートだったけどね。


「第一航空艦隊も月末には本土戻ってくるしなぁ…… 一緒に説明するかな」

「うむ、理解者を増やすのはいいことだ」


 ウェーク島攻略に向かった蒼龍、飛龍も合わせて年末には帰還するはずだ。

 聯合艦隊の主力になるのは、南雲中将率いる第一航空艦隊だ。情報を共有するのは悪くないとは思う。


「しかしなぁ……」

「なにか、気になるか?」


 俺は女神様を見た。見た目は10代後半の美少女。

 これが、女神といって帝国海軍の軍人の前に示してだ。

 どんな反応が帰ってくるんだろうか……

 あまりに、衝撃がでかすぎるだろう。


「やっぱり、人数は絞ろう――」

「ほう、なぜだ?」

「知る人間が多くなって、情報が漏れると、バタフライ効果がでるかもしれない」


 小さな蝶の羽ばたきが、遠くの場所で台風を生み出すかもしれないというカオス理論の考え方の例えだ。 

 ちょっとした変化が未来の結果に影響を与える可能性があるというのは、十分可能性がある。

 やはり、大人数に情報を開示するのは避けた方がいい。


 また、俺としては、ドゥーリトルの東京空襲までは、史実通りでいいかという思いがある。

 4月中旬だったな。

 狙いはホーネットとエンタープライズだ。

 東京爆撃用のB25を搭載しているので、対艦攻撃力は低い。

 このとき、日本には空母の翔鶴、瑞鶴はいたはずだ。

 出動命令がでていたはず。

 この2隻を仕留めれば、政治的にもインパクトは大きい。

 本土には、陸攻だってある。


「となると、大西か……」

 俺の頭に浮かんだ人物は、当時、第十一航空艦隊の参謀長。

 そして、山本五十六人脈の直系ともいえる大西瀧治郎少将だった。

 後の世に、特攻生みの親といわれ、敗戦時に長時間に及ぶ割腹自殺を遂げる軍人だ。


 一方で人命を重視していたというエピソードもある。後世では、日本軍が人命軽視と責められる中、一式陸攻の開発中に、防御力強化を主張した人物だ。俺は、議事録の史料を読んだことがある。

 一般的なイメージとは逆に、防御力を削るように主張したのは技術者側だった。

 彼は、ある種の合理主義者ではないかと思っている。まあ、史料を読んだ知識ではあるが。


 まずは、彼だ。

 彼に打ち明けよう。

 俺は、そう決心したのだった。

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