その2:どうすれば日本は勝てるのか?

 史実通り日本陸海軍の快進撃は続いていた。

 マレー沖で、イギリスの戦艦、プリンス・オブ・ウェールズとレパルスが沈んだ。

 航空攻撃で、戦艦が沈んだ事例として、このことをもって大艦巨砲主義の終了を象徴するとされているわけだ。

 だけどね、この太平洋戦争中、一式陸攻(いっしきりっこう)が戦艦沈めたのはこの1回だけなんだよね。

 対空砲火に返り討ちってのもあるわけですよ。つーか、ほとんどそう。

 対地攻撃では、そこそこ実績を残しているけど、このマレー沖以外ではあまりパッとした対艦攻撃の戦果を残していない。


 航空機VS戦艦というよりは、単純に数と練度の問題だとはおもうが。


 イギリス海軍は双発の高速雷撃機なんて見たことないわけだし。

 日本を舐めきっていたしな。まあ、その意味じゃザマミロなんであるが。

 複葉の何世代も前の「ソードフィッシュ」なんて雷撃機を使っているイギリス海軍にとっては、陸攻はほとんど技術的奇襲に等しい。


『やったぁぁ! 鬼畜米英は皆殺し! 鎧袖一触! 皇国日本は永遠に不滅!』

 俺の脳内で女神様が大喜びである。


「長官、ビール10ダースいただきます」

 三和義勇作戦参謀だった。

「ああ、もっていけ」

 俺は言った。

 俺は、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスの撃沈について、三和作戦参謀と掛けをしていた。

 史実通りだ。俺は2隻は沈まない方に賭けた。

 俺はなるべく、山本五十六のやった通りに動いているのだ。

 とにかく、太平洋戦争序盤は、何もかも上手くいく。

 バタフライ効果ではないが、余計なことで、歴史の歯車が狂うのは怖かった。


 いいか? 俺だって本当は2艦とも沈むのは知っていたんだよ。

 でも、ビールをあげるんだよ。分かってる? って思いを心の中にしまいこむ。


 司令部は浮かれている。あーあ、まあ大戦果なのは確かだけどね。

 英国首相のチャーチルをして「大戦を通じて最大のショック」と言わしめた大戦果だ。

 悪い気はしないが、自分は浮かれた気分にはなれない。

 

 とにかく、最終的な、この戦争の着地点を見つけないと大変なことになる。

 俺はブーゲンビルで戦死か、戦後、戦犯で死刑だ。

 真珠湾奇襲を成功させた「山本」への復讐をアメリカが忘れるわけないのだ。


「長官、浮かぬ顔ですが――」

 もっと、俺を浮かぬ顔させかねない奴が話しかけてきた。

 特攻兵器発明王になる予定の、黒島亀人首席参謀だ。

 暑苦しい顔で、しかも臭いんだよ。風呂入らないから。


「いや、米英は手ごわい。こんなもんじゃない――」

 俺はそれだけを言った。

「勝って兜の緒を締めろ」という諺がある。

 そう諺があるということは、勝利が組織を蝕む病であると昔の人も知っていたということだ。


『ひゃははっは! 米英何するものぞ! この世界でも我が大日本帝国は勝利あるのみ!』

 女神浮かれまくりであった。兜の緒ゆるみまくり。

 しかし、この女神が来たという別次元の日本はどうやって勝ったんだ?

 不思議だ……


 俺は、司令部を後にして、執務室に戻った。 

 戦艦長門の執務室はそこそこ大きい。

 テーブルの上には太平洋地域の地図が広げられてある。


 俺は、椅子に座った。

 背もたれに身をあずけ、天井をも見上げる。

 この長門も、このままいくと原爆実験で海の藻屑なんだなと思った。


『なあ、女神様』

『なんだ? 長官?」

『いや、長官はよしてくれ、貴様でいいよ』

『そうか』

『聞きたいことがあるんだけどね?』

『ん、なんだ?』

『女神さまのいた世界で、日本はどうやって勝ったの?』

『う~ん、この世界の戦争のはじまり方とはだいぶ違うぞ。参考にならんと思うが』

『それでもいいですよ』

『そうか、戦争はまず、艦隊決戦で始まった。マリアナ沖で戦艦同士の艦隊決戦だ』

『ほう――』


 漸減邀撃作戦を踏襲したのか…… 

 アメリカもオレンジプランってことか……

 要するに、戦前の戦争計画そのまま、戦艦を中心に進撃してくるアメリカ艦隊を日本が迎撃するという形になったということだ。


『それは、引き分けだった。双方が損害をうけ、撤退した』

『なるほど』


 まあ、一方的な展開というのは、確かにありそうもなかった。

 戦後、砲術の権威といわれた黛氏あたりが、日本海軍の命中率はアメリカ海軍の3倍と主張していた。

 しかし、史実では重巡を中心とした砲撃戦では、お互いに弾が当たらないのが普通だった。

 遠距離砲戦は当たらないのだ。


『しかし、再度結集した、アメリカ艦隊に神風襲撃だったのだ。史上最高のハリケーンで太平洋艦隊が人員もろとも全滅した――』

『はあ?』

 マジもんの神風かよ……


『しかも、デトロイトと、サンフランシスコと、シカゴと、ピッツバーグに立て続けに小惑星が落ちてきた』

『はい?』

『アメリカはたまらず白旗を上げた。アメリカが崩れれば、その援助を受けていたイギリス、蒋介石など物の数ではなかったのだ!』


 頭が痛くなってきた。

 架空戦記全盛期の1990年から2000年にかけ、様々な書籍が出たが、こんなふざけた日米戦など聞いたことが無い。

 アホウかといいたかった。


『今や、皇国日本はアメリカに進駐し、ガキどもに、せんべいやまんじゅうを配っているのだ』

『「せんべいちょうだい!」「まんじゅうちょうだい」という言葉をアメリカのガキどもは真っ先に覚えたな』


 この女神様はとんでもない不条理な世界からやってきたようだった。

 全然、参考にならない。

 そもそも、小惑星でアメリカが壊滅したら、日本経済をどう立て直すんだよ?

 どんな、世界なんだ?

 さまざまな、疑問が浮かぶが、もはや参考になりそうもないので、俺は女神さまから話を聞くのを止めた。


 とにかく、この世界での戦争の着地点だ。

 聯合艦隊司令長官という職分で考えるべき内容かどうかとは思うが、考えておかないと死ぬ。

 死ぬのは嫌だ。


 そもそも、日本の戦争終結の方法は、イギリスを脱落させて、アメリカのやる気を無くさせるというものだ。

 そして、講和にもっていく。

 これ、上手くいくとは思えん。


 そもそも、イギリスの脱落がドイツ頼りだ。

 ドイツの攻勢はもう終息している。ソ連との戦争まで開始して、イギリスを屈服させるなんて無理だろう。

 もし、イギリス本土に攻め込んだとしても、王室連れてカナダに亡命でもするんじゃねーか。

 イギリスという国の意思をくじくことはできそうにないのだ。


 ただ、光明が無いかと言えば、なくもないのだ。

 未来から来ている俺は知っている。戦後の米ソ対立だ。


 ドイツが打倒され、米ソの対立が明らかになってくる。

 後の冷戦構造だ。

 その中に、日本を上手くあてはめていく。アメリカに高く日本を売る。

 ソ連の拡張主義が明らかになれば、アメリカにとっての主敵はソ連になるはずだ。

 そのときに、なんとか、うまいことアメリカと講和できないもんかと考える。

 共産主義の楯としての日本の価値を認めさせる。


 となると、なるべく日本は力を持ったまま、ズルズルと戦うことが正しいということになる。

 国際情勢の変化が、日本に有利に働く可能性は高い。それを俺は知っている。


「長期持久作戦か……」

 俺は口の中でこの言葉を転がす。

 言うのは簡単。

 最低でも1945年以降もアメリカが脅威に感じる力を保持していないといけない。


 しかし、1944年以降の質と量の攻勢は想像を絶するものがある。

 そして、核兵器だ。リトルボーイに、ファットマン。

 人類が最初に使った核兵器。

 広島と長崎だ。

 この2発はどうしたって防ぎたい。

 つーか、奴らは何発も原爆を落とす計画でいたのだ。マジ鬼畜米英だよ。


 というか、日本本土に対する空襲は防がなければだめだな。

 爆撃圏内に拠点を作らせるのはまずい。

 やはり絶対国防圏か…… う~ん、気が進まん。


 俺は考えをまとめる。


 ・艦隊、航空戦力の保全

 ・シーレーンの確保

 ・アメリカの進行を抑え込む


 この3点が重要になる。


「ニューギニアか…… ソロモンは捨てるか……」

 

 オーストラリアの蓋のできるニューギニアは重要だ。

 ソロモンは、下手に戦線を伸ばすことはない。

 島を確保できても、完全な輸送ラインの遮断はできそうにない。


 オーストラリア本土進攻なんてのは夢物語だ。

 

 しかし、それでもあの無茶苦茶なアメリカを押しとどめることができるのか?


 国力10倍だよ。

 月刊空母だよ。

 週刊軽空母だよ。

 1945年にはジェット機出てくるよ? 


「あああああ! くそ! ムリゲーだ! ムリゲー!」

 俺は立ちあがって、バンバンと足を踏み鳴らす。

 俺一人、聯合艦隊司令長官がどうやって、日本全体の方向性を決められるのか?

 そもそも、俺は実戦部隊の長にしかすぎないのだ。巨大な組織ではあるが。


『仲間を増やせばよかろう? 共に国のため戦う仲間を――』

 女神様の言葉が俺の脳内に響いた。

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