新年の信念

電咲響子

新年の信念

△▼1△▼


「おやっさん。二千十九番を一杯」

「あいよ」


 俺はいつも通り、お気に入りの魔酒セイレンを注文する。


「ところでリョウ。顔つきが変わったな。何かあったのか」


 マスターがグラスに酒をぎながらしゃべる。


「とんと姿見せねぇもんだから、どっかでおっんでんじゃないかと心配してたんだぜ」

「へへ…… さ」

「なんだって?」

「隔壁前にでっけぇ廃ビルあんだろ? あそこで修行してたのよ。誰にも気兼ねなく魔法使えっからな」

「山篭りならぬビル篭りか。そいつぁ殊勝なこった」


 マスターがグラスを差し出してくる。


地上ウエじゃ正月の真っ只中ってんで、今年の抱負を語ったりしてんだろ。リョウ、お前はどうなんだ」

「聞いて驚くなよ」


 グラスに注がれた酒をあおり、決意を吐き出した。


「俺の今年の抱負は『カナデの店インストルメントに往く』」

「ほう! 大きく出たな」

「色々あったのさ。今の俺は一味違うぜ」

(ならば試してみるか……?)


 なんだ、突然、脳内に、言葉が。


「試す? 試す、だと?」

「いきなりどうした」

「いや―― なんでもねぇ」


 俺の猟犬ヘルバウンド感知した。カウンター席の一番奥に座っているあいつ。情報屋ドウギョウか?

 ゆっくりと立ち上がる。男もそれに呼応して立ち上がる。


「おやっさん。急用ができた。悪ぃがツケといてくれ」

「あいよ。そして新顔のあんた。酒代は」

「すまんがツケといてくれ」


△▼2△▼


 鉄屑や塵屑や奇妙な物体が散乱した街路を歩く。これからひと悶着するであろう相手と共に街路を歩く。


「てめぇ…… 何モンだ?」

「概ね察しているんじゃないか?」

「まぁな。初めて見るツラ、魔法の特性、俺に用がある―― 地上ウエから来た情報屋ってとこか」

「当たらずとも遠からず、だ」


 俺たちはそれ以降無言のまま歩き続け、建造物の隙間の薄暗い路地に入った。


「……何をろうとしている」

「縄張りだ」


 相対した男が口を開く。


「あんたの人脈が欲しい。情報屋にとって人脈とは生命線。譲ってくれないか?」

「構わんよ。で、いくら出せる?」

「縄張り全部まとめて―― これぐらいかな」


 男は万札一枚をひらりとかざしてみせた。


「ああ、そうかい…… 理解したぜ!」

「悪く思うなよ。これも仕事なんでな」


 俺は後ろへ、奴も後ろへ互いに地を蹴り距離をとる。のお披露目といくか。銃を抜き、構え、てひ、引き鉄――


「がぁっ!」


 を、引き絞った。脳みそを直接殴られたような衝撃の中で。


「ちぃっ!」


 が伏せる。銃口から迸った火焔は奴の身体をかすめて虚空に消えた。


「情報屋の分際でよ。一丁前にハジくたぁどういう了見だ」

「じ、情報収集と、護身。両の魔を、兼ね備えて、こそ、になれる。殺し屋のあんたには、わかんねぇだろ」

「だがネタはバレた。お前の依代は"銃"だ」

「……かもな。ところであんたの依代は?」

(この腕だ)


 眼前の男が俺に向かって腕を伸ばし手を開く。


(たいした精神力だな。を食らいながら反撃するとは)

「…………」

(だがこれで終わりだ。ぜろ!)


 調査不足か、それとも油断したのか。あるいは俺の猟犬ヘルバウンドの成長までは知らなかったのか。こいつの動きが鮮明にえる。

 俺は片膝を折り身を低め、攻撃をわしながら狙いを定めた。


地下街へようこそ。Welcome to Undergroundそしてさようなら」


 俺は引き鉄トリガいた。


 ──ゴオッ!──


 銃口から迸った火焔が奴の身体に絡みつく。声にならない悲鳴をあげ、炎上したコートを脱ぎ捨て路面に転がり消火を試みる男。ややあって肉の焦げた匂いと共に口を開いた。


「ぐ、ごご、この野郎…… よくもこんな」

「誰に頼まれた?」

「しゃ、しゃべるとでも思って」

「思ってねぇよ。てめぇは筋金入りの殺し屋だ。さっさと地上ウエに帰って依頼主に任務失敗の報告でもするんだな」


 俺は踵を返し、その場を立ち去る。


「ま、生きてを抜けられたら、の話だが」


△▼3△▼


「久しぶりだな。心の傷はアルコールで治る」

「時折、自分が何をやっているのかわからなくなることがある」

「答えは出たのか」

「ああ、ある程度は。職人として、そして人間として」

「リョウが言ってたぜ。お前の店に往くのが目標だとよ」

「そうか…… そいつは嬉しいな」

「何があったのかは知らんが、あいつは強くなった」

「私は弱くなった」

「ふん。そりゃ思い込みだ。違うか? くだらん亡霊は酒で消毒しな」

「…………」

「ほれ、新作だ。たっぷり飲みな」

「ありがとう。いただくよ」

「いい飲みっぷりだ。で、どうだ? お味のほうは」

「まるで工業用蒸留酒だな。ヒトガタには悦ばれるだろう」


<了>

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新年の信念 電咲響子 @kyokodenzaki

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