冬と桜と私の『死体』
鮎川 拓馬
冬と桜と私の『死体』
雪の積もったある朝、私は死のうと思った。
仕事に疲れ、人間関係に疲れ、
ふと、自分は何のために生きているのだろうかと思った。
抗う余地なく、ただただ命令されるがままに行動をし、
或いは、都合の良いように、
自分の意思なく、誰かに動かされ過ごす、忙しない毎日に、
果たして自身は、本当に『生きているのだろうか?』と考えた時、
自分は、もう既に『死んでいるのだ』という事を理解した。
ならば、この動いている―この生きている肉体は、なんなのか。
―ああ、分かった。
――ただ
だから、私は死ぬことにした。
だって、それがせめてもの、私を取り囲む
都合よい『死体』がなくなる事は、
だから、雪の積もったその日の早朝、私は、昨晩枕元に用意しておいたロープを握ると、外へ出た。
外は、まだ日の出前。空は、ただただ厚い雪雲に覆われ、暗かった。
私は、公園へ向かった。
何故、その場所を選んだのか。その答えは至極簡単。私の死体が見つかりやすいからだ。
私を取り巻く
だから、公園を選んだ。ゲームという遊びが遊びの主流となった現代、普段は誰も来ない公園だが、雪の積もった日には子供達が、雪遊びをするために必ず来るのを知っているからだ。
私は、公園の入り口から、入ってすぐの木を選んだ。
まだ夜は、明けていない。目立つ場所で命を絶っても、誰も気づくはずがない。
私は用意した、土台代わりの木箱の上に乗った。縄を枝に掛けるために。
その時、
ふと、
私は、何か白い物が、
街灯だけが頼りの薄暗い景色の中、光っているのが見えた。
私は不思議に思い、木箱から降りると、誘われるかのようにその光の元へと進んだ。
それは、雪をかぶって咲く、桜だった。
それを見て、私は哀れに思った。
きっと、天候の変動で、狂って咲いてしまったのだろう。
こんな季節、きっと虫も訪れまい。
実をつけることなく、消えていくだけの運命の花。
私は思う。
この花は、一体、何の為に生まれてきたのだろうね、と。
生まれたけど、何も為せず、死にゆくだけの運命―。
「……」
ふと、私は、この花の行く先を見届けたいと思った。
何も為せない自分と、同じようになろうとしている、この花の。
だから、私は、
その日、死ぬのを止めた。
そして、私は、毎朝、必ずその公園に行くようになった。
次の日も、そのまた次の日も。
雪がすっかり溶け切っても、その花はそこで、
ただ静かに、
私以外の誰にも気づかれることなく、
咲き続けていた。
「なあ、お前、一体何のために生まれてきたんだ?」
公園に通い始めるようになって、2週間が経ったある日、私はその花に問うていた。
そして、問うた後で、我に返り、人でない相手に自分は一体何をしているのだろうという羞恥に襲われた。
―でも、
私は、青空を見上げ、ふふっと微笑む。
―こいつには、結局、死ぬのを先延ばしにされてしまった。
人ではないのに、口もきけないのに、この花は、私と言う人を、2週間も生かしている。
たかが、花。だけど、この花は、一人の人間を生かすという偉業を成し遂げている。
そう感心の思いを、心の中で呟いた時、
ある言葉が、私の頭の中で、急に花開いた。
―この花は、私の為に咲くために生まれてきたのだ。
たった一度きりの人生。大きな事を成し遂げようなんて思わなくていい。
ただただ、人に良いように動かされる毎日でも、そんな毎日に失望しなくてもいい。
1つの命は、誰か、他の別の1つの命の為に、生きられたら、
それだけで、『幸せ』なのだ。
そして、
それが、
『生』を受けた者の、たった一つの役目なのだ。
私が『生まれてきた』からには、いつか、きっと会えるのだろう。
私が幸せにするべき、誰かという物に。
北風が強く吹いたある日の翌朝、いつものようにその公園に行くと、桜は散り落ちていた。
だが、不思議と私の心は、晴れ晴れとした心地のままだった。
散り落ちた桜の花びらを拾うと、澄みきった青空にかざし、私は思う。
今はまだ、『死体』のままだけれど、
いつかきっと、
私も、
この桜のように誰かの為に咲く花となろう。
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桜って、天候とかが悪いのが続いて受粉さえしなければ、2週間ぐらい咲き続けられるみたいです。
豆知識ですが、桜が受粉したかどうかの見分け方は至極簡単、花粉のついている蕊が赤くなったら、その桜は受粉してて、後は花びらが付け根から赤くなっていき、散るだけになります。
タイトルは、乙一さんの小説をもじったものです。
冬と桜と私の『死体』 鮎川 拓馬 @sieboldii
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