第25話 きよし、テレビを見る

      ◇


 これは清たちが屋敷に戻る二日前のこと。


 闇夜の街道を巨体の男が疾走する。廃屋がぽつぽつと建ち並ぶ数年前に投棄された地域、街道に沿って植えられた並木は枯れ果てている。周囲に人為的な明かりは一切なく、ただ月明かりだけが道標だった。


 満足に整備されておらず、不揃いな小石が転がった小道を全速力で走り抜ける男。月明かりを反射するのはピンク色の鎧。闇の中だとその色はピンクと言うより濃赤色、まるで人間の血の色のようにも見える。


 夜空を数匹のコウモリが飛び交う。まるでこれから起こる血の惨劇を予告しているかのように、酷く興奮して忙しない鳴き声を上げている。


 男は半壊した廃屋の前で立ち止まると、その二階を見上げた。月光に照らされた二階の窓はひび割れ、穴となっているところには蜘蛛の巣がはっている。人が住めるはずもないほど荒廃した建物だった。


 男は背中に背負った大棍棒を軽々と右手に握り直す。右手首に輝く白銀色の腕輪は荒れ果てた雰囲気に不釣合いだった。逞しい大腿に力を溜め、今度は廃屋の方へ走り出す。


 男の全身を覆っている気が爆発的に増加し、泥でぬかんだ真っ黒な地面を思い切り蹴る。その瞬間、まるで黒鳥のように男の体は宙を舞い、月明かりをその一身に受ける。ピンクの全身鎧が再び輝く。彼の顔もまた月光に照らされるが、彼の瞳に色はなくただその奥にあるのは深い闇だけだった。


 闇夜に翔んだ男は、そのまま肩で廃屋の窓を突き破ると派手な破壊音を立て、その二階に着地する。男の視線の先にあるのは、薄汚れた布を被った二人の野盗たち。彼らの手元には怪しげな木箱と小瓶、そして大量の金貨が置いてあった。

 

 男は埃だらけの床を蹴り、圧倒的な速度で距離を詰める。

 

 闇に飲まれた廃屋の二階で、鋼鉄の棍棒が勢いよく振るわれる。薄汚れた部屋の中はほぼ闇。蜘蛛の巣を吹き飛ばしながら振り下ろされた圧倒的な質量が、野盗風の男の頭部に直撃し鈍い音を立てる。野盗達は声を上げる間もなく、埃まみれの床に力なく倒れる。


 月明かりが割れた窓から一筋の光となって部屋の中を照らす。棍棒を握る右腕にはめられた白金の腕輪が月光を反射する。床には既に動かなくなった二体のむくろ、そしてその頭部から流れる血液は、廃屋の汚れた床に二筋の大河をつくり、合流しやがて湖になる。


 男は野盗が残した木箱や小瓶を漁り、大きくため息をつく。


「外れね」


 男は数枚の書類と残された金貨を懐に回収すると、大棍棒で木箱と小瓶を全て打ち壊した。


「金が動く。闇夜の烏ナイトクロウは必ず現れる」


 男、破壊棍のルアーナはそう呟くと、二階から飛び降り闇の帳の中へと消えていった。


      ◇


「こりゃすげえな」


 俺たちはチーム別の選手控室に案内される。部屋の中には大きなモニター(?)と四人が十分くつろげるようなソファ、ロッカー、更衣スペース、シャワールーム、冷蔵庫(?)が完備されている。照明も明るくかなり近代的に整備されている部屋だ。


「豪華クマ。予選の時とは大違いクマ」


 予選の時はブタ箱みたいにな汚い部屋に参加チームほとんどをぶち込まれてた。それが今度はチームごとに綺麗な個室ときたか。本戦の選手となると、格の高い冒険者も多く待遇が違うのだろう。


 てかこの世界って何気に文明度高いよね。電気は無いみたいだけど、魔法具で代用されてる場合が多い。他の転生者達の知恵がこの世界の文化に大きな影響を及ぼしているのかもしれない。


 大きいモニターをいじくってみると、下の方にボタンがあってだいたいテレビと同じ作りだ。コンセントがなくて変わりに不思議な模様のついた石が裏面にくっついている。見れなくなったら魔力を充填してください、みたいな説明書きが書いてある。


 ボタンを押してみると画面が明るくなり、ウサギ耳の女の子と煮玉子みたいな黒いハゲの男がスタジオに並んで喋っている映像が映し出される。


「もう始まるわね。アタシ達はお呼びがかかるまでまだまだだけど♡」

 

 ホモがソファーでくつろいでグラスに注がれたワインを飲んでる。お前はどうせ第一試合をバックレるだろうし、お気楽で羨ましい限りだぜ。


「あたし達もここで見てようぜー」


 エーリカたんもソファーでゴロゴロしている。今日のエーリカたんは開会式だからか戦闘服ではなくて、ふわふわの白いドレスっぽい衣装で、ファッキンキュートだ。あ、兄貴の口調がうつってきてる。


 エーリカたんが言うのなら仕方ないね。そう思って彼女のすぐ横に座ると、ジト目で睨みつけられる。


「また、スケベなことしようとしてるでしょ」


「ええ? そんなことあるかもしれないけど、多分ないよ?」


「“また”って清、エーリカにえっちなことしたクマ?」


 パンパンも訝しむような視線で、俺のことを見てくる。

 

「ほら! 開会式始まるぞ!」


 気をそらす作戦だ。現に実況解説もすでにはじまっていて、第一シードのチームが入場しようとしているところだった。パンパンは俺の隣にドスリと座る。でかい質量が一気にのっかってソファーがたわんだ。


「気をそらそうとしてるクマ。ギフトだけでなく中身も汚い男クマ」


 やかましいなオイ。おめえも言うようになってきたな、オイ。だが、我慢だ。言い返したら蒸し返されるし、無視して実況に集中する。


『さあ、皆さんお待たせいたしましたッ。第288回ギルドバトル杯 in ビッグ・シティ。トト王国の歴史の中でも最も長く続く伝統の大会でありますッ! 実況は私、うさぴーが予選に引き続いてお送りさせていただきますね!』


 実況のうさ耳少女はなかなかおっぱいがでかくてエッチだ。もしもインタビューを受けたら連絡先を聞いておこう。


『そして解説はこちら、御本人も金階級の冒険家でありながら、ギフト研究家として活躍なさっているレミラスさんです! レミラスさんどうぞよろしくお願いします!』


『ドウモ、よろしくおねがいしマス』


『それでは早速レミラスさんの注目のチームを解説していただきたいのですがよろしいですか?』


『そうデスネ。今回の大会は、王都と開催都市のビッグ・シティからそれぞれ八チーム、要塞都市ユーリン、北方都市キタキタ、海洋都市シーガルからそれぞれ六チーム、マンゴーアイランドから二チームが選抜されてイマス。』


『やはり一番の優勝候補はやはり第一シード、要塞都市ユーリン代表の紅蓮抜刀隊でショウカ。前回大会も優勝していますし、メンバー全員が白金階級以上という強豪チームデス』


 紅蓮抜刀隊っていうと俺がマックス兄貴に会う前に街で見かけた奴らだ。特攻服にぶっとい太刀、話しかけるのもためらわれる位、どっからどう見ても強うそうな奴らだ。


『他のチームはどうですか?』

 

『基本的にシードのチームはどこも優秀デスネ。ポセイドンスピア、王都門球倶楽部は同格で、トロピカルばんびーずが一ランク落ちると考えていいデショウ』


『シードのチームには最低一人は有名冒険者さんが所属されてますよねー! 逆にシード以外でレミラスさんが注目している選手やチームはありますか?』


『前大会も出場されていましたが、ウィルソン・ノアの幽剣のベルモンテなんかは端正なルックスで非常に人気が高いデスネ。北方都市キタキタの選抜チーム、ひまわり幼稚園は神童けんたの力で予選を勝ち上がってきたともっぱら噂になっていましたネ。』


『私が密かに注目しているのは、王都の厳しい予選会を一人で勝ち進んできた田中太郎選手でしょウカ。しかも全ての相手の意識を一瞬で奪って勝利してきたとのことデス』


『なるほど、前回大会の出場歴もありませんし、不気味な選手ですねぇ』


『勝ち進めば王都門球倶楽部と早く当たる組み合わせですから、王都対決が見れるかもしれまセン。楽しみデスネ』


『レミラスさんは今、ビッグ・シティ以外のチームのことをお話されましたが、この都市代表で注目しているのはどのチームでしょうか』


『やはり、ビッグ・シティ守衛団第四部隊ですネ。予選ではイユ選手に精神的なトラブルがあったようで敗北してしまいましたが、内容では完全に圧倒していました』


 エーリカたんがクククとこっちを見て笑ってる。……なんかむかつく。


『あれはまさかの一戦でしたね。私も試合後の荒れ具合についてはっきりと記憶しています!』


 俺たちとイユの試合後、イユのファンが発狂して地面に頭を打ち付けている映像が流れる。こいつ、イユが俺に婚姻関係を迫っていることを知ったら自爆テロでもしてしまうんじゃないだろうか。今後のことを考えると胃が痛くなってくる。


『あと、アナルパンダぶりぶりーず! も悪い意味で注目していまスネ。ルアーナ選手は白金階級で純粋な実力者ですが、御手洗清選手がこのチームの曲者デス。ゴミ階級でありながら類稀な格闘能力を魅せたと思いきや、転じて行う卑怯戦術。生粋の卑怯者デス。本大会を荒らす存在になるかもしれまセンネ』


 グォッグォッグォッっとパンパンが大声で笑う。エーリカに至っては笑いすぎてソファーを転げ回ってる。


「あら、きよしったら。いつの間にか有名人ね」


 うふふとルアーナも笑っている。俺は真面目に勝とうとしてただけなのに、こんなに笑われるのはなんか不本意だ。

 

『あぁ! 今まさに紅蓮抜刀隊の四人が闘技場に入場してきました! その先頭を歩くのは不知火しらぬいムサシ選手。若くして緋透金オリハルコン階級にまで上り詰めた新世代の星ですッ!』


『不知火選手に引き続き、釣瓶火つるべび選手、龍灯りゅうとう選手、狐火きつねび選手が入場します! 四人共余裕の表情、これが前回王者の余裕です!』


黒と真紅がイメージカラーの特攻服は四人の男たちに驚くほど似合っている。特に先頭を歩く不知火とかい言う男の雰囲気はやばい。黒髪のリーゼントに鋭すぎる目つき、画面越しに見ても分かる吹き出すような“気”。前回優勝と言われて何の不思議もない風格だ。


『さて、次々に選手が入場してきます。チーム大物魔法配信者、尊文、ラーメン北島、ジェネシスラボの選手たちですっ』


 背が小さい坊主頭でサングラスの男や、小太りでスーツの男、めっちゃ頑固そうなラーメン屋の親父っぽい男、ガリガリの白衣の研究者四人組と、あんまり強そうじゃない面々が次々に入場してくる。


『ラーメン北島の店主である北島さんは、本当は本戦に出るつもりなんてなかったそうですが、たまたま勝ってしまったらしいデスネ。地元のお店ですから宣伝になってよかったデス』


 テレビの画面にラーメン屋で麺の湯を切っている北島さんの映像が流れる。太麺で背脂がたくさん浮いている系のらーめんだ。ノリと醤油の絡みがうまそうだし今度行ってみよう。


「って、この大会って本当に由緒正しい大会なんだよね? なんでラーメン屋のおっさんが出れてんの?」


「こまかいこと気にすんなよー。あたし細かい男きらーい」


 エーリカたんは寝転がってスナックをボリボリ食ってる。可愛いけどお行儀悪いぞ!


『次に、海洋楽隊ヘルメン、ウィルソン・ノア、ファイアマスク、next stageの皆さんでーす』


『わぁー、海洋学隊ヘルメンの皆さんそれぞれ楽器を持って、さながらマーチングバンドですねえ! ファンサービスは満点です! そしてウィルソン・ノアの幽剣のベルモンテです! イケメンですねー。ああーっ、手を振っています。これには女性ファンも黄色い声援を上げています!』


 なんだこれは。学芸会か何かかな? 高まっていたやる気がどんどん干からびていく気がする。こんなのずっと見ててもお正月のお茶の間みたいじゃん。


 まだ時間あるしちょっと小便でもしてくるか。そう思って俺は待機室を出た。


 

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便器にはまって絶命した俺が、✕✕✕の量で最強にも最弱にもなれるチート能力を引っ提げ異世界に転生!-最弱のときは女騎士に守られて、最強のときは村娘を守るー @mengy

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