第24話 きよし、正直びびってなにもしてない
◇
「いやぁ、兄貴の波乗り、マジですごかったわ」
特訓の五日目も無事に終わり、俺、パンパン、エーリカたんの三人と、マックスを合わせた四人で、斜陽の差したビッグ・シティに戻ってきていた。辺りは既に夕焼け色で、街の白いレンガも空の色に染まっている。でかい祭典の開会前日ということもあり、その準備に携わる人々、商売の機を逃さないとする人々みんなが忙しなく働いている。
今日の特訓が有意義だったかというと、マックスのギフトにただ圧倒されるばかりで、自分達の訓練をあまりできなかった。けれども、彼の言う魔力と気のバランスというのはギフトを使った戦闘で非常に重要だということは理解できた気がする。
「これでも俺様はあれに人生捧げてるからな。グレート凄くなかったら困るってわけYO!」
鍛え抜かれた腹筋を町中でも丸出しにして、全く謙遜しないのはマックス兄貴らしいな。俺の隣を歩くエーリカたんもマックスの美技に感銘を受けたらしく目をキラキラさせている。
「あたしも、いつかマックスみたいにできるかな」
「流石に俺様みたいに波は乗れねえYO。だがな、お前は魔と気のバランスを完璧にコントロールできたらクレイジーなモンスターになれるぜ」
「えー、モンスターはやだなー」
なんとも噛み合ってるか微妙な会話が繰り広げられていて、微笑ましい気持ちになる。パンパンもいつもの奇妙な声で笑ってる。キモいって本人に伝えたら傷つくかね?
真っ直ぐ行くとルアーナの屋敷の方角、右に曲がるとマックスの宿といった路地で俺たちは立ち止まる。なんだかんだ、自分にメリットも無いのにマックス兄貴はかなり懇切丁寧に指導してくれた気がする。最初はヤバイ人かと思ったけど、こんな頼りになる人と偶然知り合いになれたのは本当に幸運なことだ。
「兄貴はあっちか」
「SOだな」
短い間だったけど、ここで別れたらもう敵味方の関係になってしまう。兄貴もそれを感じているのか言葉少なになっている。俺も寂しいし、パンパンやエーリカたんもしおらしくなっている。お礼くらいはきちんと言わないといけないな。
「兄貴、何の縁もゆかりもない俺達を……えっとホモは知り合いだったみたいだけど……、親切心だけでここまで指導していただきありがとうございました」
俺が兄貴にお辞儀するのにつられて残りの二人も「ありがとうございました」と頭を下げる。
「気にすんなブラザー。お前らはもう俺様の
「もちろんだ兄貴。パンパンもエーリもそうだよな?」
俺は二人に目配せすると、二人もそれに応じて、うんうんと頷く。敵味方になるのは試合の中だけで、よく考えてみたらその後はまた別の話だな。明後日は、兄貴の指導に報いるためにも全力で戦う。
負けられないのはイユのことはもちろんあるが、俺の中で別の感情が新たに芽生えていることに気がついた。俺たちを応援してくれる人のために勝つ(今のところごく少数だろうけど)、そんなのも悪くないね。
「それじゃあ兄貴、また……」
俺が別れの挨拶をマックスに告げようとした時、近くの市場の方で荷車が崩れるようなでかい音が鳴り響いた。何かの事故だろうか。音のした方向で人だかりができている。
「行くぞおめえら。ZENは急げだな!」
「「「YES!」」」
四人で事件の方向へと駆け出す。俺たちが到着した人だかり向こうにあった光景は、果物が大量に積まれた台車が崩れ、壊れた車輪の横でうずくまる一人の男、そしてそれを囲む三人の獣人娘だった。
ボロボロのみすぼらしい服を着た若い男はよろよろと起き上がり、台車の主と思われるおばさんに土下座をする。
「すいませんっ、お金は、お金は払いますからぁ!」
「いいんですよ、もともとガタガタしてて弱くなっていたんです」
優しいおばさんは倒れた男をいたわるように近寄るが、二人の間に長身で美形の獣人娘が入り込む。
「すいません。うちのパオンが役立たずで。 今、躾けるんで許してくださいねッ!」
ライオンの獣人なのだろうか、露出の多い原住民のような衣装で抜群のスタイルを持つその娘は、パオンと呼ばれる男の顔を思いっきり踏みにじる。
「あがあああああっ!」
石畳とライオン娘の大きな足の間に頭を挟まれた男は、苦痛の叫び声を上げる。
「あああっ! そんな酷いことをしなくても!」
それを見せつけられたおばさんも顔を青ざめて止めるが、彼女の仕置は留まる気配がない。おばさんのことを全く気にする気配も見せず、むしろ男を痛めつけることに快感を感じているかのように、何度も執拗に踏みつける。
「があああああっ、すみません。すみませんガオン様、すみません!」
これはむごい……。惨状に俺の顔も引きつる。
男は必死に許しを請うが、むしろ攻撃は激しくなる一方だ。みぞおち、股間を蹴りつけ男が苦悶する姿を見て楽しんでいる。そしてパオンと呼ばれる男の髪を肉球のある右手で掴み上げると、残った仲間の獣人二人に命令した。
「ニャオン、ワオン。お前らもパオンに教育してやれ」
「わかりましたにニャン♡」
「りょーかいだワン!」
ニャオンもワオンも、ガオンと呼ばれたライオン娘と似たような露出の高い原住民の服装をしている。しかしどちらも身体は小さめで、スタイルも控えめな少女だった。
違いがあるとすれば、生えている耳と尻尾。名前の通りニャオンは黒い猫耳と尻尾の黒猫獣人で、ワオンは垂れ耳と先の白い尻尾のビーグル犬獣人のようだ。
ガオンに言われるがままに、ニャオンとワオンは男の顔を容赦なく木の棒で打ち続ける。パオンという男は、名前の通り象の獣人……というわけではなく、ただの人間のようだった。棒で打たれた顔は青あざだらけになって腫れており、あまりの酷さに野次馬たちもざわめき、少しずつその場を去っている。
「うがあああっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「反省するッニャン!」
「動物の躾は棒で叩くに限るワン!」
肉を叩く鈍い音が路地に響き渡り、うずくまる男の四肢から力が抜けていく。あちこちから血を流す男は、このままでは最悪死んでしまうかもしれない。それほど酷い痛めつけようだった。
「こりゃひでえな」
野次馬の後ろから眺めていたマックス兄貴が呟く。普通の言葉づかいになっているから、これはガチで引いてるやつだ。
「先に言っとくわ。迷惑かけたらゴメンな」
「兄貴?」
ひいいっ! サングラスの下から一瞬覗く瞳がマジでキレてる。マックス兄貴は俺たちにそう言い残すと、野次馬の人混みを掻き分け、男を痛めつける三人の獣人少女達の前に歩み出る。
「おい、おめぇら。流石にやりすぎなんじゃねぇの?」
「誰だよてめぇ……」
ガオンが鋭い眼光でマックスを睨みつける。それに従うようにニャオンとワオンもムムムと睨みつける。二人にはガオンみたいな凄みはない。
「誰だっていいだろうが。あんまりやるとそいつ死ぬぞ?」
兄貴は倒れて動けなくなっている男に手を伸ばそうとするが、ガオンが兄貴の腕をがしっと掴んだ。兄貴は遂にサングラスを空いた手で外すと凄まじい表情でガンをつける。しかし、ガオンも全くそれに怯むことなく睨みかえす。
俺が兄貴にあんな顔で睨まれたら恐ろしくて確実におしっこ漏らすのに、この女はどんな神経してんだ。
「こいつはオレのパーティメンバーだ。そしてオレがリーダー。部下の落とし前はオレがつける」
「それとこれは別だ。俺様は人殺しをウカウカ見過ごすほど気は長くないんでね」
ガオンは兄貴の手首についた金色の腕輪を見てニヤリと笑う。そして、自分の腕についた白金色の腕輪を見せつけるように言った。
「てめぇも冒険者なら聞いたことあるだろ。トロピカルばんびーずの名をよ。金階級がイキってんじゃねえよ!」
その名を聞いて俺たち三人の体が固まる。トロピカルばんびーず、何回も見た名前だ。マンゴーアイランド代表のギルドバトル参加チームで第四シード。つまり俺らと兄貴が戦って勝ったほうが次に戦う相手だ。ぱっと見では分からなかったが、まさかルアーナと同じ白金階級がいるとは。予想はしていたがかなり困難な相手になりそうだ。
もちろん兄貴もそのことを知っているだろうが、わざとなのかあえて相手を挑発するよう言い返した。
「トロピカルばんびーず? 知らねえなあ。どこぞ島出身だか分からねえが、まさに田舎のお山の大将。芋臭い格好してんなぁ?」
「てめぇ!!」
完全に馬鹿にした兄貴の煽りに、ガオンは顔を真赤にして牙を剥き出しにする。彼女を纏う気が一気に大きく吹き出す。それに応じるかのように、兄貴も殺気の中で魔力と気の両方を練り上げる。
「ガオンさま!ニャオン見たことあります」
「ワオンもあります!」
緊張の糸を断ち切るかのように、癒し系な?ニャオンとワオンがガオンの気を引く。その緩さにガオンも毒気を抜かれたのか、兄貴の腕を離して二人の方に向き直る。
「何をだ」
「その男、シーガルのスカイライダーだニャン」
「大会でワオン達と当たるどっちかの、シーライダーwaveの方だワン」
二人はお手柄だといった雰囲気で言い当てる。よく見ると二人の手首にも金色の腕輪がはまっている。こんな癒し系でも俺よりずっと上の階級なのか……。
「聞いたことあるぜ、お前が風乗りマックスか」
ガオンは値踏みするように兄貴の顔を覗き込む。兄貴は嫌悪感を丸出しにして答えた。にしても風乗りって初めて聞く言葉だ。
「その名は好かねえ。俺様は風乗りなんかじゃねえ。波乗りだ」
ふーんと言った風に、白銀腕輪のガオンは兄貴をまじまじと観察する。そして、何かを思いついたのか急に笑顔になって拳を握りしめた。引き上がった口角から覗く鋭い犬歯は、その残忍さをそのまま表しているようだ。
「んー……ニャオン、ワオン」
二人の仲間に声をかけ、ニタァとまさに邪悪そのものな表情で笑った。
「大会のルールで手加減すんの面倒くさいし、今殺っちゃおうか」
「はいニャ」「了解だワン」
ガオン、ニャオン、ワオンの三人が牙と爪を剥き出しにして、凄まじい量の気で全身を覆う。瞳孔が開き肉食獣が獲物を狙う目に変化する。ガオンの体を包む気は一人のときよりも数倍大きい、もしかして相互作用型のギフトなのだろうか?
「チッ!」
兄貴も気と魔力を練るが、今兄貴のボードは俺たちが預かってるしこれといった水場もない。俺はパンパンとエーリカに手で合図すると、二人ともすぐに頷く。
仕方ない、やりたかねーが兄貴には恩がある。相手は白金、それに大会前。けれども兄貴のため。やるしかねぇ!
そう思って俺が一歩目を踏み出そうとした時、一人の老人が野次馬の中から出てくる。野次馬が大きくざわめく。腰は曲がっているが体格は良い禿頭のお爺ちゃんだ。凄く値段が高そうな木の根っこみたいな杖をついている。彼の手首に光る腕輪は初めて見る色で、赤っぽく透明なのに金属光沢がある不思議なものだった。
「そこまでにするんじゃな。せっかくの祭典を台無しにするつもりか。ガオン」
「チッ、エマ爺か」
その老人に引き続いて中年の男性が顔を出す。穏やかな雰囲気でサイの獣人だろうか。立派な角のそのおっさんの民族衣装のような格好は、どことなくガオンのものと似たような雰囲気がある。
「ガオンちゃん、いつまでもやんちゃしていると、お父さんも悲しみますよ」
「……鈴木」
その姿と父親という言葉に反応したガオンは、兄貴から一歩下がると気を完全に体の中へと収めた。兄貴もそれを見て気と魔力を鎮める。俺たちが兄貴を加勢する必要もなさそうだ。白金冒険者のガオンを言葉だけで止められる爺さんとおっさん、こいつらは何者だ?
「わー、鈴木のおじさん、久しぶりだワン!」
「ニャンの首も撫でてほしいニャン!」
さっきの殺気はどこへ行ってしまったのか、ワオンとニャオンは満面の笑みで、鈴木と呼ばれるサイのおっんのところへ駆け寄る。サイのおっさんも、おーよしよしよし!と二人の少女を激しく撫で回している。なんだこの一見事案っぽい不思議な絵面は。
エマ爺と呼ばれた杖の老人は、倒れた男、パオンのところにゆっくりと歩いていくと。一言一言、詠唱のようなものを呟きはじめる。老人は男の直ぐ横にしゃがみ込むと、打ち傷だらけの頭部に手のひらをかざす。
「恵みの女神よ。我が魔力を介在してそなたの力を分けたまえ。すべての生を慈しみ、愛し、その傷を癒やすべし。私こそが愛の代行者。
セクシャル……!? 空耳だろうか何か不穏なワードが聞こえた気がする。しかしそんな危険ワードに関係なく、老人の手のひらに緑色の優しい光がどんどん集まっていき、それはやがてパオンの全身を抱擁する。すると彼の体のあざや傷はどんどんと癒えていき、意識も清明になっていく。
自分の体を治療している老人の姿に気がついたパオンは、ビクリと全身を震わせて目を真ん丸に開く。
「これは……エマ・ネグラ様ッ。申し訳ありません。私めのために!」
「気にするな。それよりも今は黙っておれ」
老人は治癒のギフト……なのだろうか、それでパオンを治癒する。すごいシリアスなシーンのはずなのに、さっきからセクシャルとかエマ・ネグラとか、ツッコミどころが多すぎるワードが行き交っていて笑いそうになる。
「もう良いぞ」
「ありがとうございます。この御恩一生忘れません」
「受けた施しは、その相手ではなく他の者に返すように励みなさい」
老人はゆっくり立ち上がると、ガオンには何も言わずそのまま立ち去ろうとする。ガオンも苦虫を噛み潰したような表情で拳を握るだけで、何か言ったり、しようとしたりすることもない。
「これで直してください」
鈴木?だっけか、サイのおっさんが壊れた台車の持ち主のおばさんに重そうな小銭袋を手渡す。しかしおばさんは、当事者でない人物からお金を受け取るのがためらわれるのか、おろおろと目を泳がせている。
「でも……」
「私は彼女たちの保護者みたいなものですから」
鈴木はおばさんの手に小銭袋を握らせると、そのままガオンに方に向き直って言った。
「ガオンちゃん。行きますよ、久しぶりに会ったのですからご飯でも食べましょうか」
「……ちゃんづけはやめろっつってんだろ」
ガオンはそう不満を口にすると、後ろの兄貴を一瞥する。
「覚えてろよ風乗り。てめえはオレが直接ボコしてやる! 行くぞワオン、ニャオン、パオン」
ああ、兄貴が勝ち進む前提なのね。まぁ、前評判を考えると仕方ないことだけど。兄貴も俺たちの方をちらりと見て肩をすくめている。
ガオンはサイ獣人の鈴木の横に並ぶと、そのままこの場を去っていく。ニャオン、ワオン、パオンの三人も二人に小走りでついていって、ついに彼らの後ろ姿は人混みに飲まれ、見えなくなった。
………………
…………
……。
「あの爺さんとおっさんは何者だったんだ?」
事件に駆けつける前の路地。別れる間際、俺は兄貴に尋ねてみる。爺さんに至っては見たことのない腕輪をしていたし、ただものでない雰囲気を身にまとっていた。
「おっさんはともかく爺さんの方も知らねえのか? お前はクレイジーファッキンフール。何も知らなすぎだYO!」
兄貴は俺の肩をバシバシ叩き、いつもの口調に戻ってサングラスを決めている。パンパンもエーリカたんも知らないと思うけど、そんなに有名人なのか?
「あのオールドマンは、
「ふざけた呪文を呟いてたから、変態で有名なおじいさんなのかと思ったクマ」
パンパンにもあの呪文は聞こえてたのか。やっぱり俺の空耳ではなかったようだ。
「HAHAHA! ファッキンファニーパンダビースト! あのオールドマンは昔は“性”魔道士なんて呼ばれてたらしいぜ」
「うえー、やっぱり変態爺じゃん!」
エーリカたんが露骨に嫌そうな顔をしている。まあ、あんな老人がエロエロだったら女の子にとっては最悪だな。
「それでもう一人のおっさんは?」
「俺様もうろ覚え。確かチーム鈴木商会のパトロンだったか。ファッキンどうでもいいアンクル!」
「へー、パトロンのいるチームなんてのもあるんだ」
もしかたら、このギルドバトルという大会は大きくお金が動く大会なのかもしれない。今思い出すと、サイのおっさんは確かに金持ちっぽい雰囲気だった。
「まっ、いつ戦うかも分からない相手のこと考えるより、俺様をどうやって倒すかファッキン考えるんだな! HAHAHA!」
兄貴の言うことはそのとおりだった。俺は俺の自由のためにも、兄貴の期待に答えるためにも全力で兄貴とぶつからなければならない。
茜色に染まっていた空は、太陽の反対側から徐々に濃紺色に侵食され始めている。街の明かりもポツポツと灯り、夜の訪れを静かに告げていた。ついに明日はギルドバトル本戦の開会式である。食べ物に気をつけ、うんこをしっかりとためて、万全調子を整えておく必要がある。
「じゃ、兄貴。明後日はよろしくな」
「ファッキン全力で来いよ」
俺達は兄貴と最後の握手をすると、ルアーナの屋敷の方へと歩み出した。これからはじまる騒乱、そして野望の渦巻く狂宴の予感に、武者震えすらしてくるのだった。
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