第23話 きよし、ファッキン感動する
ここはトト王国より遙か北の地。視界を遮る吹雪と凍りついた大地に大きな石造りの建物が立ち並ぶ帝都アヌー。その中央部に一際大きな宮殿が鎮座している。
赤を基調とした豪奢な装飾品に彩られた広いホール、その最奥には黄金に輝く椅子が堂々たる様子で据えられており、そこには一人の肥えた中年男が腰掛けている。
服装もまた豪華絢爛。頭に被った冠には数多の宝石が散りばめられていて、ながめる方向によっては緑色、蒼色、赤色と異なる色に輝いて見える。真紅のマントには大きく家紋のような紋章が金色の刺繍で描かれていた。その堂々たる様子はまさしく玉座の主であった。
彼の目の前で跪くのは五十人以上の騎士団。そのどれもが鍛え抜かれた一品を身にまとっており、選りすぐりの精鋭で構成された集団だということが一目で分かる。
騎士団の一番先頭で頭を垂れる男は、薄紅色の鎧で全身を固めており兜で隠された表情を誰も知ることが出来ない。跪いていてもこの男が人並みならぬ巨体であるということは一目でわかるくらいで、驚くことにその巨体と同じくらいの長さの大剣を背負っている。
男が、低くはっきりとして声で一言目を発する。静まり返ったホールに彼の声が響き渡った。
「陛下、第一遠征団をお預かりしていましたシートン。ただいま帰投いたしました」
しかし玉座の男は深い皺の刻まれた顔をしかめ、どこか苛立ちを隠せない様子で、せわしなく絶えず指先を動かしていた。
「ご苦労であったシートン将軍。では戦況報告を頼む」
「三年前の局地的な開戦で橋を落とされて以来、我が軍もトト王国軍も対岸に陣を敷き拮抗状態を保っています。今回の遠征では新たに橋を架ける計画でしたが、やはり対岸からの魔法砲撃等の妨害工作が激しく、計画は断念せざるを得ない状況です」
「なら今回も“何の”戦果も得られなかったと?」
「大変申し上げにくいことではありますが、恥ずかしながら陛下のお言葉通りでございます」
陛下と呼ばれた男は思いっきり拳を握りしめると、ライオンの彫刻の施された玉座の肘置きにそれを叩きつけ、立ち上がる。
「一体何年そこで二の足を踏んでいるのだッ! このままでは大願を成就する前に、珍の寿命が尽きてしまうわッ!」
「閣下のお力になれなかったこと、大変残念に思います」
将軍と呼ばれる男は一切の感情を飲み込んだ平坦な声で、ただただ頭を垂れる。
「橋を架ける以外に何か手はずがないのか?例えば、西方向の山岳地帯であれば川幅もそれほど広くなかろう?」
「不可能ではありませんが、山岳地帯での戦いはキタキタ山岳兵部隊を擁する、トト王国軍に分があります。また大きく迂回するルートで我が軍の主力を運用したとして、兵站、補給が難しくなります。万が一、トト王国軍が方針転換し占守防衛ではなく、侵攻すらやむを得ない戦略をとってきた場合、補給線を狙われることになりましょう。これは非常にリスクある戦略です」
「チッ」
陛下と呼ばれた男は苛立ちを無理やり鎮めるように玉座に座り直す。
「では何か他に有効な手はずはないのか?」
「問題の要はトト王国の斥候が優秀で、我らが軍が侵攻準備を始めると同時に彼らも新たに陣を敷き、拮抗状態を作り出してくることにありましょう。我らが撤退した後、かの国の援軍も撤退したと報告を受けております」
「まったく煩わしい奴らだ」
玉座に腰掛けた男は綺麗に整えられた顎髭をいじりながら思案する。
「この拙速な対応はトト王国軍が一枚岩であることに起因します。それゆえ、何かトト王国内の混乱を生じさせるような作戦を行うことができれば話は違うでしょう」
「なるほど?では、その策とやらは練ってあるのか?」
「案はありますが、まだ、実行には至っておりません」
「出来るだけ拙速にその案とやらを実行せよ」
「はっ、このシートン、全身全霊をもって陛下の勅命を遂行いたします」
「もう良い下がれ。何か事態が転じたらまた朕に報告せよ」
「ははっ」
大柄の将軍と彼の率いる配下がガチャガチャと鎧のぶつかる音を響かせ、ホールから去ってゆく。そしてそこに残されたのは少数の文官たちと陛下だけ。
「シートンめ、本心ではその策とやらを使う気もなかろうに。白白しいやつだ」
陛下と呼ばれた男は考える。奴はこの場にいないコロン長官派閥の男だ。将軍としての能力は申し分ないが、なにせ部下を大切にしたがる。開戦反対派のコロン長官と同様、実際にトト王国軍と矛を交えたいと思っていないだろう。であれば、奴はいまの拮抗状態を出来るだけ長引かせたいはずだ。
「ご心配には及びません肛帝陛下。私達にも“あれ”がありますからな」
肛帝が左手に侍らせている太った文官がにやりと笑う。全身茶色の服を身にまとった醜い男だった。
「ゲリー国務長官、“あれ”の手はずはどれほど進んでいる?」
「全てが前にお話した計画通りに進んでいますよ。私はコロンの奴と違いますからな」
「ハッハッハ! それは良い、実に楽しみだ」
玉座に座る男――アヌヌヌ帝国初代肛帝ザヌス・イレネバは上機嫌に高笑いした。
「トト王国の逆賊たちよ、今に見ているが良い! お前たちが怯え震え――肛具を奪われ――帝国に屈するのも遠くない未来である!」
「それとゲリー。お前に褒美をとらす。今夜我が私室に来い」
「ハッ、はひぃ!」
肛帝ザヌスにそう言われたゲリーは、頬を真っ赤に染め急に乙女のような顔をする。そしてもじもじと股をくねらせる。
「今夜は何のプレイでも良いぞ。そなたの好きに申せ」
「ああっ、肛帝陛下ッ! なんという!」
◇
「ウェイクアップおめえら! ついにブートキャンプのラスト・デイ! 最後の仕上げと行っちゃおうYO!」
テントの入口がブワッと開かれるとむさ苦しい夏男が侵入してくる。あっ、今日はハイビスカスのシャツは青色で色違いなのね。
俺は眠い目をこすって起き上がる。昨日の夜はエーリカたんのこともあってなかなか寝付けなかった。俺の両隣を見るとパンパンはもう既に外に出ていってるっぽくて、彼女は子猫みたいにまだ眠っていた。
「ほら、エーリ。起きて」
エーリカたんの小さい両肩をゆさゆさと揺する。降ろした髪が手にあたって昨日のことを思い出してしまいそう。邪念撲滅、邪念撲滅、こころの中でそう呟きながらなんとか起こす。
「んぁ……きよしか。おはよ」
俺の袖を掴み、のさのさとゆっくり起き上がると、ふぁーっとあくびをする。はぁ、尊い。
「オルァ、ブラザー! そんなファッキン発情した猿みたいな顔してないでさっさとウェイクアップ!」
俺たち二人は着替えてもいないのに、マックスに首根っこ掴まれてテントの外に放り出されそうになる。
「おい、ちょっとまってくれや兄貴、今準備するから!」
俺はテントの外で、エーリカたんはテントの中で普段の服装に着替え、砂浜に並ぶ。パンパンは朝っぱらから波打ち際でタケノコを出しまくってる。なんだかんだかなり真面目なやつだ。
「あのパンダビースト。ギフトは決して戦闘向きじゃねえが、いいファイターになるぜぇ! お前らも負けてんなYO!」
「「はーい」」
マックスの前に並んだ俺たちの姿に気がついたのか、汗を流したパンパンが小走りでこちらに戻ってくる。とくに鼻先と手足の裏がびしょびしょになってる。犬って汗かかないっていうけど、こいつは汗かくんだな。
「グッッド! 今日はファイナルデイ! 俺様がレクチャーするそのテーマはァ、気と魔力の調和だ!」
マックスはいつも通りにぐるぐるぐるとその場で三回転くらいしてパンパンを指差す。彼の横には新品と思われるサーフボードが置いてある。
「パンダビースト! お前は思わなかったか? 自分が鍛えるのは魔力だけでいいのか、って」
「それは思ったクマ。でもおいらの能力は魔力依存だクマ」
「YEEEEES! だが結論から言えばお前も気をマストで鍛えなければならないッ!」
「それはなぜだ?」
俺はマックスに尋ねる。パンパンの能力で言えば気を鍛える恩恵はほぼゼロに等しいはずだ。
「答えはSOOOOOOOOOOOOOOイージー! なぜなら気を使う相手はその向上した肉体能力でキルユー! かちこんで来るからだッ!」
なるほど、こいつの言い分はより実戦的だ。いかに魔力を鍛えたとしても、懐に入られた時に気を鍛えていなければ一発で倒されてしまうというわけか。近接戦闘の強さはかなり気に依存的な側面を持つ。気を鍛えることはいざという時のリスクマネジメントみたいなものと言うことだ。
「なるほどクマ」
パンパンも納得したみたいで相槌をうっている。
「とくに、おめえらのギフトを使った戦闘は、気と魔力のバランスがスーパー大切、インポータントゥというわけYO! お前らのホモ師匠みたいに気依存ゼロのギフトの場合、気だけを鍛えてりゃ強くなるからベリーイージー。BUUUUT! お前らは違う」
「それはどうやって鍛えるんだ?」
エーリカたんが首をかしげる。特に俺たち三人の中で、彼女のギフトが最もこのバランス能力を必要とするだろう。
「SOOOOO! 俺様が今から手本を見せる、魔力と気の調和は各人の感覚によるところがビッグ!俺様のファッキンクレイジーな超絶技巧を見て、勝手に学びやがれ!」
「勝手に?!」
そんなアホな指導者がいるか? そんな風に思ったが、マックスはシャツを脱ぎ捨てボードを抱えて波打ち際に全力疾走していく。そして彼は叫んだ。
「
彼は海面に向かって大きく飛び上がると、抱えていたボードに絶妙なバランスで飛び乗る。凄まじい高さの飛翔、彼の体で俺らの周りに影が落ち、視界から一瞬太陽が隠れる。そのとき、彼の体が滑らかな気に包まれ、その一方で純白のボードに大きな魔力が込められているのが分かった。
「
今日は五日間で一番風が強く、結構な高さの白波も立っていた。彼は波の最高点に寸分違わず着水すると、最高に絵になる姿勢をキメる。そして、次の瞬間白いボードが眩い光で輝き、一気に滑走・加速する。
凄まじい速度、時速百キロは確実に越えているだろう。波と摩擦するボードから白い飛沫がジェットみたいに吹き出している。一方でマックスの体の方は魔力の籠もったボードに置いていかれないように、体幹を中心として気で大きく強化されている。
少しでもバランスを間違えれば吹き飛ばされる曲芸技に、それが俺の目の前で行われている。
「すげぇ……」
感嘆の言葉しか出てこない、背筋にゾクゾクとした感覚が走る。これこそが気と魔力の調和! 彼の超絶技巧にこいつは本物だと直感本能に訴えかけられる。
マックスがまさに“最高”の波に乗っている刹那、彼の進行方向にぶつかるような大波が、水のうねりから発生する。他の波を吸収してどんどん大きくなるそれは、さながら二十メートル超える水の大壁、津波のような大波だった。
「「マックス!」」
エーリカたんとパンパンが思わず声を上げる。二人共大きな口を手で覆っている。
だが、俺は確信している。あいつなら確実にあの
「ファッキンデンジャラスなお客さんだぜ!」
白波を立てるマックスは大波と垂直方向に爆進する。このままじゃ確実に衝突するか飲み込まれる。
彼はむしろ波に向かってどんどん加速する。彼の体に込められた魔力と気は速度に応じて膨らんでいく。
ついに大波とマックスは寸分の距離にまで迫る。
「お前ら見てろよッ!」
マックスは興奮冷めやらぬ声で絶叫する。
その瞬間マックスの姿が消える。そこにあるのは真っ青な大波だけ。波に飲み込まれた?
いや違う!
彼が衝突したはずの波に大穴が空いている。彼はその身を鋭い槍として、二十メートル以上ある大波をまさに
「最高ッな気分だぜッ!」
彼はそこにいた。大波の最高点。白波で全てを飲み込むバケモンみたいな大波を、いとも容易く飼いならしている。白いボードに黒く焼けた肌が映える。金のアクセが太陽の光を反射してギラギラと輝く。
「最高にかっけえ……!」
まさに魔気一体の絶技。こんなのかっけえ以外の感想も出ねえわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます