第1118話由縁ある雑歌(8)

夫君を恋ひし歌一首 短歌を併せたり


さ丹つらふ  君がみ言と  玉梓の 使も来ねば

思ひ病む  我が身ひとつぞ  ちはやぶる  神にもな負ほせ

占部据ゑ  亀もな焼きそ  恋ひしくに  痛き我が身ぞ

いちしろく  身にしみ通り  むらきもの  心砕けて 

死なむ命  にはかになりぬ  今さらに 

君か我を呼ぶ  たらちねの  母のみ言か  百足らず  

八十の衢に  夕占にも  占にもぞ問ふ  死ぬべき我がゆゑ

                      (巻16-3811)

※さ丹つらふ:「君」にかかる枕詞。

※むらきもの:「心」にかかる枕詞。

※夕占」夕方の辻を行く人の言葉で、吉凶を判断する。民間の占い。


反歌

占部をも 八十の衢も 占問へど 君を相見む たどき知らずも

                      (巻16-3812)

或る本の反歌に曰く

我が命は 惜しくもあらず さ丹つらふ 君に寄りてぞ 長く欲りせし

                      (巻16-3813)

右は、伝へて云はく、

「ある時娘子有り 。姓は車持氏なり。その夫、久しくせ年を逕れども、徃来をなさず。時に娘子、係恋に心を傷みして、痾疾に沈み臥しぬ。

痩羸すること、日に異にして、たちまちに泉路に臨む。ここに使ひを遣り、其の夫を喚びて来す。すなはち歔欷きて涙を流し、この歌を口号びて、たちまちに逝没りぬ」といふ。


愛しい貴方様からのお手紙を携えた使者も来ることは無く。ただただ、苦しさの中、病の床に、私は一人で賦しております。

でも、神などに、御祈願などなさらないでください。

占い師を読んで、亀の甲を焼くとか、しないでください。

そもそも、(冷たくもお出でになられない)貴方様への恋しさがつのって、病の身になった私なのです。

今となっては、その待ち続けるだけの恋の辛さが、身体全体を痛めつけ、心などはズタズタに壊れ、この無視続けられ弱った私の命も、あとほんの少し残っているだけとなりました。

ところが、こんな今頃になって、貴方様は、私をお呼びになられる。

それは、(貴方様ではなくて)(世間のうわさを気にする)お母様からの命令なのですか?

それと、八十の衢で、辻占いをなさっているとか。

(無駄なことをなさるのですね)どうせ、すぐに死んでしまう私なのに。



占い師を呼ぼうが、八十の衢で夕占をしようとも、(私はもうすぐ死んでしまう身)、貴方様に逢える手立ても、何もないのです。


ある本の反歌では、こうなっている。

私の命など、全く惜しくはありません。

ただ、貴方様にお逢いする日だけのために、少しでも長き生きようと思っていただけなのですから。(それが果たせる見込みもないのですから、生きていても無駄なのです)



右については、次のような伝承がある。

「かつて、一人の娘子がいた。生まれは車持家。(雄略朝期に、乗輿を奉り、姓車持公を賜った。立派な家系の娘らしい)

ところが、その夫君は、一旦結婚をしながらも、長い年月、手紙もよこさなかった。

娘子は、恋しさゆえ、心を苦しめ、重い病気、床に臥す生活となってしまった。

日々、痩せ衰えて、とうとう死が迫って来てしまった。

そこで、娘子の周囲の人が、使いを夫君に送り、夫君を呼び寄せた。

娘子は、ようやくやって来た夫君を見て、激しく嗚咽、この歌を詠んで、たちまち、亡くなってしまったと言われている。



恨み歌として、最上級のもの、と思う。

娘子の、寂しさ、辛さ、諦め、死の予感、そんな魂の叫びが心を撃つ。


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