第599話検税使大伴卿の、筑波山に登りし時の歌

検税使大伴卿の、筑波山に登りし時の歌一首 短歌を并せたり


衣手 常陸の国の 二並ぶ 筑波の山を 見まく欲り

君来ませりと 暑けくに 汗かきなけ 木の根取り

うそぶき登り 峰の上を 君に見すれば

男神も 許したまひ 女神も ちはひたまひて

時となく 雲居雨降る 筑波嶺を さやに照らして

いふかりし 国のまほらを つばらかに 示したまへば 嬉しみと

紐の緒解きて 家のごと 解けてそ遊ぶ 

うちなびく 春見ましゆは 夏草の 繁くはあれど 今日の楽しさ

                       (巻9-1753)

※衣手:「常陸」の枕詞。

反歌

今日の日に いかにか及かむ 筑波嶺に 昔の人の 来けむその日も

                        (巻9-1754)


検税使大伴卿が筑波山に登った時の歌一首と短歌


この常陸の国に、二つに並び立つ筑波の山を見たいと、我が君がお越しになられたので、真夏の暑い日ではありましたが、流れ出る汗を振り払い、木の根を掴んで息を切らしながら登って、山頂を我が君にお見せすると、男神も特別にお許しになられ、女神もその霊験をお示しになり、常に雲が立ち雨が降るこの筑波嶺を、今日はくっきりと照らしていただき、実は心配していた、この筑波の国の最高の景色を見せていただいたのです。

そのうれしさのあまり、着物の紐は解いてしまい、まるで我が家にいるがごとくに、遊ぶ一日となりました。

春の霞がたなびく筑波山を見るよりは、夏草が生い茂っているとはいえ、今日の楽しさは、格別に思うのです。


今日の楽しさには及ばないと思うのです。この筑波嶺で過去の人が来て遊んだその日に比べても。


これも高橋虫麻呂の作。

大伴卿は、厳密には不明であるけれど、ほぼ大伴宿祢旅人。

検税使は、諸国の正倉に収められた穀物量等を検査するために、中央から派遣されて来た人。

時期的には、養老五年から七年の間とされている。

また、筑波の山は、古来坂東諸国の男女が、春の花、秋の紅葉を愛でる大観光地だった。


高橋虫麻呂は、酷暑の中、都から検税に来た大貴族大伴旅人を案内して、汗をかき、夏草の茂る山路を苦労して、筑波山に登り、その希望に応えた。

その苦労が筑波山の男女二神に認められ、普段では見られないような、素晴らしい景色を見せてあげることができた。

確かに、そうなると、今この日が最高。

過去の人がここで楽しんでいたとしても、そんなことは関係ない。

まさに筑波の神に感謝しながら、喜びが爆発したような歌と思う。


タイムスリップができれば、冷えたビールでも差し入れしたくなる。

どんな顔をして、飲み干すか、それを想像するのも、なかなか面白い。

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