第335話山を詠みき(1)

鳴る神の 音のみ聞きし 巻向の 檜原の山を 今日見つるかも

                       (巻7-1092)

みもろの その山並に 児らが手を 巻向山は 継ぎのよろしも

                       (巻7-1093)

我が衣 色どり染めむ うまさけの 三室の山は 黄葉しにけり

                       (巻7-1094)


右の三首は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。


噂にだけ聞いていた巻向の檜原の山を、今日はしっかりと見ることが出来ました。


三輪山の、その山並にあり、愛しい人の手を巻くという巻向山は、その連なりがとても素晴らしいのです。


私の衣が美しく染めてしまうほどに、三輪山は美しい紅葉となっています。



柿本人麻呂歌集には、巻向山近辺を詠んだ歌が多いとされている。

定説に近いのは、巻向に妻がいたとのこと。

また当時、巻向の檜原は美しさで著名な地、憧憬の地だったようだ。

第一首目で、人麻呂は、愛する妻の家の近くに来て、今間近に仰いだ感動を詠む。

風光は明媚で、しかも、愛する妻に通い始めの時期、うれしくて仕方がないような歌にも思えて来る。


二首目と三首目は、山を褒めるとともに、のろけのようなもの。

神の三輪山に対して、人間(愛する妻の人肌?)の柔らかさを感じさせる巻向山がしっとりと重なるイメージ。

紅葉に色づいた三輪山を褒めながら、自分の衣も、その美しい色に染まってしまった。

つまり、美しい妻の愛に、自分も染まってしまったと詠うのである。


巻向山を見る宴での歌との説があり、その中で詠まれたのなら、実に大らかな妻褒めのとも取られ、拍手をされたか、うらやまれたのか、なかなか想像すると面白いものがある。





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