第311話

冬十二月、大宰帥大伴卿、京に上りし時に、娘子の作りし歌二首


凡ならば かもかもせむを 畏みと 振りたき袖を 忍びてあるかも

                         (巻6-965)

大和道は 雲隠りたり しかれども 我が振る袖を なめしと思ふな

                         (巻6-966)


右は、大宰帥大伴卿、大納言を兼任して京に向ひて上道しき。

この日、馬を水城に駐めて、府家を顧望す。

時に、卿を送る府吏の中に、遊行女婦有り。

其の字を児島と曰ふ。

ここに娘子、この別るることの易きを傷み、かの会ふことの難きを嘆き、涕を拭ひて自ら吟じ、袖を振りし歌なり。



冬12月、太宰帥大伴卿が都に上る時に、娘子が作った歌二首


普通のお方なら、どうとでもできるのでしょうが、貴方様が畏れ多いお方、振りたくなる袖を、懸命にこらえております。


貴方が進む大和への道はすでに雲隠れして見えなくなってしまいました。

そうであっても、私がこらえきれなくて振る袖を無礼と思わないでください。


右は、太宰帥大伴旅人卿が大納言を兼任することになり、都に向かう道についた。

その日、大伴卿は馬を水城にとめて、今まで暮らした大宰府の建物群を振り返り眺めた。

その時、大伴卿を見送る大宰府の官人たちのなかに交じり,遊行女がいた。

その名は児島という。

そこで、その娘が、この別れのあっけなさに悩み、再び会うことの難しさを嘆き、涙を拭いて口ずさみ、袖を振った歌である。



児島は、大宰府到着直後に妻を亡くし、失意の日に逢った旅人を慰めた遊行女だったのだろうか。

身分違いであって、正式には話も出来ないけれど、遊行女として宴席に出てからは、旅人に愛されることになった。

そして、いきなりやってきた永遠の別れ。

大伴卿の一行が雲に隠れて見えなくなってから、愛情のしるしとして、涙を流して袖を振る。

「それくらいは、させてください、とがめないでください」


これも、見送りの名歌と思う。






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