第303話御食向かふ 淡路の島に

敏馬の浦を過りし時に、山部宿祢赤人が作りし歌一首、短歌を幷せたり


御食向ふ 淡路の島に 直向ふ 敏馬の浦の 沖辺には 深海松採り 浦廻には なのりそ刈る 深海松の 見まく欲しけど なのりその 己が名惜しみ 間使も 遣らずて我は 生けるともなし

                               (巻6-946)



※敏馬(みぬめ)の浦:現代の神戸港の東。淡路島の東北。

※深海松(ふかみる):深い海に生える海藻のミル。

※なのりそ:海藻のホンダワラ


淡路の島の真向かいの敏馬の浦の沖辺では、深海松を採り、浦のあたりではなのりそを刈る。

深海松のように見たいと思うけれど、なのりそのように浮名が立つのを惜しみ、使いの者を送ることもなく、こんな状態では私は生きる気力もない。





長歌は、淡路(あわじ)、敏馬(みぬめ)、深海松(ふかみる)、なのりそ等、男女が逢う、見ることに関する詞が多く含まれている。

赤人は、出立時に、妻に対して自分からも、使者を介してさえも、別れの挨拶を充分に尽くせなかったのではないか。

それが、旅に出た今となっては、悔やまれてならないので、自己嫌悪と寂しさで生きている気力も薄れてしまう。



自然や生き物の様子に自らの思いをかぶせ、自分の思いを詠む。

赤人らしい、羇旅の歌であり、妻恋の名歌と思う。

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