第282話松浦県佐用比売の子が領巾振りし~(1)

憶良誠惶頓首して謹啓す。

憶良聞くならく、方岳と諸侯と都督と刺史と、並びにに典法に依りて、部下を巡行して、その風俗を察ると。意内に多端にして、口外に出し難し。謹みて三首の鄙歌を以て、五蔵の欝結を写かむと欲。その歌に曰はく


松浦県 佐用比売の子が 領巾振し 山の名のみや 聞きつつ居らむ

                               (巻5-868)


憶良、心よりかしこまり、謹んで申し上げます。

憶良の聞くところによりますと、方岳と諸侯、また都督と刺史とは、ともに規定に従い、所管の地域を巡行し、人々の生活の状態を観察したと言われております。

それに対して、私は様々に思うことがあり、口に出して言うことが難しいのであります。

そこで、謹んで三首の拙い歌を詠むことにより、五臓に鬱屈する苦しい思いを、取り除こうと思います。その歌は


松浦の県の佐用比売が領巾を振った山の名前だけを聞き、私は過ごすのでしょうか。


※「誠惶」、「頓首」、「謹啓」:天子、あるいは身分の高い人に奉る啓や書簡の情用語。

※「方岳」、「諸侯」、「都督」、「刺史」:諸国の国司や大宰府の官人の意味。

※松浦佐用比売伝説:松浦には佐用比売が、領巾を振って夫の大伴佐提比古を追いかけて慕った嶺がある。


太宰帥大伴旅人の松浦視察の旅に、同行が出来なかった山上憶良が、残念な気持を詠む。

ほぼ漢詩風に序文を書くのが、いかにも教養人山上憶良らしい。





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