第263話子等を思ひし歌一首

子等を思ひし歌一首 序を并せたり


釈迦如来、金口に正しく「等しく衆生を思ふこと、羅候羅の如し」と説きたまひ、また「愛すること子に過ぐることなし」と説きたまひき。

至極の大聖すら、尚し子を愛する心有り。

況むや、世間の蒼生の、誰かは子を愛せざらめや。


瓜食めば 子供思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安眠し寝さぬ

                                (巻5-802)

反歌

しろがねも こがねも玉も 何せむに 優れる宝 子にしかめやも

                                (巻5-803)


子供たちを思う歌 序を併せた。


釈迦如来は、その気高く黄金に輝く口で、まさに「人々のことを全て等しく、我が子の羅候羅と同じように大切に思う」と説かれ、また「我が子への愛に勝るものはない」と、お説きになられた。

至高の大聖人ですら、やはり我が子を愛する心が有ったのである。

ましてや、世間一般の人に、我が子を愛する気持を持たないものがあるのだろうか。



瓜を食べれば、我が子のことを思う。

栗を食べれば、なおさら偲んでしまう。

本当に、どこからやって来たのか。

我が子の顔が目に浮かんで来て、なかなか眠ることができない。


銀であっても黄金であっても、珠玉であっても、それが何であろうか。

どんな宝も我が子には、全く及ばない。



永く日本人に愛されてきた山上憶良の子等を思う歌。


こん素晴らしい歌を詠んでくれた山上憶良に、ただ感謝したい。



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