第241話大伴坂上郎女の娘に賜ひし歌

大伴坂上郎女の、跡見の庄より宅に留まれる女子に賜ひし歌一首

短歌を并せたり



常世にと わが行かなくに 小金門に もの悲しらに 思へりし

わが児の刀自を ぬばたまの 夜昼といはず 思ふにし わが身は痩せせぬ

嘆くにし 袖さへ濡れぬ かくばかり もとなし恋ひば 古郷に この月ごろも ありかつましじ

                              (巻4-723)


反歌  

朝髪の 思ひ乱れて かくばかり なねが恋ふれそ 夢に見えける

                              (巻4-724)



あの世に私が旅立ってしまうわけでもないのに、屋敷の門で悲しげにたたずんでいた、留守番の我が娘を、夜も昼も無くずっと思い出しているので、私は痩せ細ってしまいました。

嘆き続けて袖は濡れてしまいました。

もうこんなに、どうしようもなく悲しく思っていたら、この故郷には、一月の間も留まることはできないでしょう。



思いが乱れて、これほどまでにも貴方が恋しがるので、私の夢に現れたのですね。


※跡見の庄:飛鳥・藤原京付近の大伴氏の所領地。

※宅:佐保の大伴坂上郎女の自宅。


佐保の自宅で、母の坂上郎女の帰りを待っている大嬢からの歌に答える歌としてこの長歌と次のの反歌を贈ったとのこと。


何らかの理由により、坂上郎女は、大伴氏の元々の根拠地である跡見の庄に滞在することになった。

その際に、奈良の佐保の屋敷の門で、娘の大嬢が悲しそうな寂しそうな表情で見送っていた。

その表情が、心に残り、母としても、寂しくて仕方がないし、早く帰りたいと思てしまう。

そして、寂しそうな娘が、夢にまで出て来ると、なおさらになる。



時には難しい関係もあるけれど、愛情深き母と娘、それもなかなか、いいものだと思う。

この大嬢は、やがて大伴家持の妻となる。

万葉集の編纂者である家持としても、この歌を外すことは出来なかったのだと思う。



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